
なかったことにはできない
確かにそうだったはずだ、という記憶が裏切られる瞬間がある。
その現象はなぜ起きるのか?私は答えを知っている。
それは、世界線を跨いだときに発生する。一種のバグである。
私たちは、日常的に様々な選択をしている。学校や会社選び、恋人との関係といったものから、風呂にするかご飯にするか、なんてことまで。
全て、選択した結果の現在を生きている。
しかし、ここで一つの疑問が浮かばないだろうか。
選択の結果、選ばれなかった道はどうなるのだろうか、と。
多くの人は、そんな道は初めから存在しないと思うだろう。
だが、それは誤りである。道は存在し、続いているのだ。
その道では実に様々なことが起きているだろう。ポケ〇ンに変わり妖怪〇ォッチが人気を博し、成田空港のエントランスにジバニャンが大々的に飾られているかもしれない。
そうした数多のifがこの世界の裏側には存在している。
そして、私たちは時々、その裏世界の影響を受ける。
それが記憶違いの正体である。
つまり、記憶そのものに誤りはなく、異なる世界の記憶を持ってしまうことがあるということだ。
記憶が確信と呼べるほど強いものなのも納得がいく。
元々、単に事実を憶えていたに過ぎないのだから。
私も過去に体験している。イタリアの首都をパリと言ったり、『銀河鉄道の夜』の作者を夏目漱石と言ったり。まったく、世界のバグには困ったものである。
いや、本当に、困ったものだ。