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第十八話 『変わらない世界の片隅で』

    男は町を歩いていた。

    風がそよぐ。

    木の葉が揺れる。

    鳥のさえずりが聴こえる。

    パンを焼く香りが流れてくる。

    以前にもあった景色だった。

    何一つ変わっていない。

    それなのに、

    世界は前よりも、ずっと鮮やかだった。

    男は行き交う人たちを見た。

    大きな荷車を押す人。

    小さな荷車を押す人。

    急いでいる人。

    立ち止まる人。

    その人たちを見ても、

    もう荷物だけが目に入ることはなかった。

    この人は、

    どんなことに夢中になっていたのだろう。

    どんな経験をして、

    心を動かしたのだろう。

    どんな宝物を、

    箱の中にしまっているのだろう。

    そんなことを考えるようになっていた。

    あの人にもある。

    みんな持っている。

    その人にとって大切な、

    小さな箱を。

    忘れてしまった人もいる。

    まだ開けていない人もいる。

    それでも、

    誰の荷車にも、

    箱は載っている気がした。

    男は空を見上げた。

    雲がゆっくり流れていた。

    子どもたちが笑っている。

    その一つひとつが、

    以前よりも、はっきりと心に入ってきた。

    世界は変わっていなかった。

    自分が変わっただけだった。

    自分の見方が。


    以前なら通り過ぎていた公園に入った。

    木陰のベンチに座る。

    風が心地よかった。

    ふと向かいに花壇があるのに気づいた。

    チューリップがきれいに咲いていた。

    誰かが大切に育てているのだろう。

    花を眺めていると、

    小さな女の子が近づいてきて、

    荷車の上の小さな箱を指さして言った。

    「ねえ、それなあに?」

    男は箱を見た。

    そして女の子に、嬉しそうに言った。

    「ぼくの大切な宝箱だよ。」

    子どもは目を丸くした。

    「宝箱?」

    男はうなずいた。

    子どもは箱をじっと見つめ、

    目を輝かせて言った。

    「いーなー。」

    男は思わず笑った。

    笑っただけだった。

    何も言わなかった。

    その子にも、

    きっと、

    箱はある。

    走り去る女の子の背中を見つめながら、

    男は微笑んだ。

    ≪ 完 ≫



     
     
    「それ、本当に絶対なの?」を起点に、 当たり前の裏にある仕組みを観察しています。 子育て、教育、地域、組織、AI、そして人間。 「そういうものだから」で終わらせず、なぜそうなっているのかを考える。 そんな視点から、日常で見つけた違和感や構造を文章にしています。

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