
このごろ
ずっと、うっすらと、死にたい。
死にたい、というと言葉が強い。死にたいというより人生が終わればいいのに、と思う。ふっと、なんの痛みもなく。
ずっと思っていることがある。余命が知りたい。というか余命残り数ヶ月の時に教えてほしい。そしたらやりたいことをすべてやってしまえるから。
以前どこかでこんな言葉を読んだ。『明日あなたが死ぬと言われた時、やりたいと思い浮かべたことは何か。それこそがあなたが本当にやりたいことだ。』細かい部分は違うと思うがだいたいこんなことだった。そしてその「本当にやりたいこと」をやって人生を送るべきだと。言いたいことは分かる。でもやりたいことを全てやってしまうとなるとその後の生活に支障が生じることが多いと思うのだ。私がやりたいこととして思い浮かべるのは旅行であるが、その後の人生があるなら資金のことや日程を考えて調整しなければならない。だが、さすがに明日は無理があるが数ヶ月で人生が終わるとするならば、資金のことも仕事や学校もお構いなしに旅行に行くだろう。
だから思う。人生が終わってしまえばいいのに、と。そしたら何も考えずやりたいことをやるのに
、と。不謹慎であることは重々承知であるし私自身まだ若輩者であるからこそこんなことを思うのかもしれない。だけどそれを甘えているとか言って叱らないでほしい。こんな考え方が気に食わない人がいるのは当然なので、なんか戯言を述べてるわ、くらいに無視していただきたい。
まあ言ってしまえば、やらないといけないことから逃げて楽しいことだけして生きていたい、ということになってしまうのだろう。こんな言葉もある。『明日死ぬつもりで生き、永遠に生きるつもりで学べ』。素晴らしい言葉だと思う。しかしこの両立は不可能に近いのではないか。少なくとも私を含む、克己的に生きることを負担に感じてしまう多くの人々にとっては。
やりたいことがあるけれどそれに伴う面倒を言い訳にズルズル伸ばす自分もうっすらと嫌いだ。やらない理由を正当化することだけ覚えてしまったようである。どん底にいるような絶望はしていないが光もない。薄暗い道を目的も見えずにずっと歩いているような感覚である。そして時に、強い不安に襲われる。こんな薄暗い人生があと何年続くのだろうかと。
あー。楽しく生きたいなあ。