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【小説 約一万文字】ルッキズムな私

    「綺麗ってなんだっけ、可愛いってなんだっけ」
    そう思うようになった時のことを書こう。
    私は今井サリネ。18歳、商業高校、普通科に通う高校生、女。
    え、スリーサイズ?そんなの恥ずかしくて言えません。これから話すのは私の見聞録だ。

    世相が反映されたものだと思って読んでみてくれたら嬉しいな。
    単刀直入に言おう。私は幼い頃から可愛くて有名だった。っていうのは、媚びず目立たない神秘的な可愛さなのだ。
    日向のひまわりじゃなくて、
    影で咲く霞草のように。
    アイドルになれるとか、愛嬌があるとかそういう話じゃない。
    見立てが良いのである。
    立てば芍薬座れば牡丹。そう、その体言化された人物だった。
    子供ながらに大人びた顔をした私は、首から下の小さな体が不釣り合いだった。
    その不釣り合いさから小さいおばさんなんていうあだ名がつけられていたくらい。

    しかし中学、高校になるにつれてさらに身長が伸びてちょうど全身のバランスが丁度良くなっていった。
    そのころには廊下を歩いていただけでも二度見されたり、下駄箱にラブレターが入っているなどして私への好意が向けられていることをひしひしと感じるようになった。周りがチヤホヤしてくれたから私は心の中で調子に乗った。
    それは人の顔を採点することである。
    初対面の人に対しても友達に関しても先生に関してするようになった。
    この人ははだがあれてるから45点、この人は目が左右非対称だから56点と言った具合で。それに加えて同性の女の子を見る時この子は私より可愛い可愛くないを決めて、高校1年生になる頃には友達を顔で選んでいた。
    私の手足はスラッしていたから同姓には羨ましがられた。陰口をたたかれるかとおもいきや持ち前の明るさがあったから、人間関係は円滑だったように思う。
    でも人を顔で決めつける人間だった。小さめの中高一貫校だったから、井の中の蛙みたいだったと思う。体育のドッヂボールでは周りの友達がサリネに傷がついちゃったら大変だからといってボールが決して当たらないように守ってくれる子も数人いた。
    どうやら私は儚い美人としていつの間にか扱われるようになった。誰1人として私を可愛くて綺麗だから恨めしいみたいに怨念ぶちかましてくる人はいなかったと信じたい。



    高校2年生の夏だった。そこで私は夢を見たのである。サーキット場のような場所でバイクを運転していた。それも猛スピードで。
    力一杯にハンドルを握りブレーキをかけているのに全く効かなくて、場外にポーンと跳ね飛ばされたのだ。

    ぐにゃり、これが第一音声だ。

    自分の肉体が破壊する音だった。

    バイクは体からか離れた場所にあるのが見えた。脳しんとうなのかなんなのかわからないけど、体は熱気に満ちてジンジンと悲鳴をあげている。

    助けて…その一言を振り絞るように言いたいのに、喉が使えて言葉が出ない。うっ苦しい…そう思いながら、
    目を覚まして見えたのは病院の天井だった。

    「サリネさん、聞こえますか。見えますか。」と看護師に声をかけられた。

    そこで突然の尿意に襲われ、「トイレに行きたいです」と言って看護師の方を借りてゆっくりと歩を進めたのだった。

    トイレが終わった後、鏡を見ながら手を洗った。
    衝撃だった。顔がぐちゃぐちゃだったのだ。
    もう一度言うがこれは夢の話である。

    リアルでとても胸糞が悪かった。
    鼻を触るとぐにゃりと筋が曲がっていて、
    目は半分目玉が飛び出したように片側が歪だった。
    反対側の綺麗な目が対照的すぎて逆に私の心を蝕ませた。
    突出して綺麗な形だった顎は顎は削れ縫った後のような糸が見受けられハロウィーンに登場するフランケンシュタインのような顔になっていた。
    頬はを肉がつぎはぎになったように、まるで下手くそなハンバーグのようにパッチワークのようであった。
    「最善は尽くしました」そう看護師はサリネに言った。



    私はそこで起きた。

    衝撃的すぎて私はこの顔が脳裏に焼き付いてしまったのだ。
    この夢を見た以降、私は自分の顔が受け入れられなくなってしまった。
    可愛い、綺麗と鏡を見るたびに悦に入っていた自分はどこかに行ってしまった。

    戻りたいそう心の中で叫んでも、あの夢で見た地獄絵図が私を離さないのだ。
    鏡に映る私は以前と同じままなはずなのに、もしかしたら、いつかあれは正夢になってしまうのではないかという恐怖に恐れ慄いた。
    前までは余裕に鏡の自分に向かってスマイルできたのに今の私は怯えているからか眉毛がへの字型になって訝しげな顔をしていて造形が崩れてしまっている。
    あの霞草が周りに浮かんでくるようなすんとした美しい表情はもう戻ってこない。今私を作っているのは、本当にあの顔になってしまってない自分の顔をセーフだったと言えることくらいだ。
    この夢体験が私の概念をくつがえてしまった。
    それからというもの友達や好きな人、先生、親を姿形の見てくれだけで考えないようにしようと決意したのだった。
    ちょっとでもブサイクな人にだって優しくしようと決めた。
    だってサリネの整った顔と体はお母さんとお父さんが作ってくれた物だから。
    自分で綺麗な形を選んでこれなかった人たちに優しくしようと決めた。
    私だっていつあんな顔になるかもわからない。その原動力は恐怖だった。
    それからというもの私はずっと憂鬱だった。ふとした拍子にあの恐ろしい顔が私に被ってきて背中がゾッとするような悪寒を走らせた。



    ある体育の授業だった。季節は夏で、水泳が行われた。天気は薄曇り、乗り気がしない。私の学校は、プールが屋内にあった。
    私立高校らしい唯一の特徴だった。
    チャイムの音と同時に私は友達と更衣室に向かった。
    唯一クラス内で気を許している友達、宮野ニイナだ。確かに友達は他にもいる。でも私の外面だけで判断せず中身までえぐってくるような名探偵さは私の社交辞令でも通らないほどだ。

    ニイナの瞳はまっすぐ私へと突き抜けてしまう。そんな爽快感がある彼女だった。
    彼女は知的な上に洞察力が半端じゃなかった。だから私は安心して彼女のそばにいられた。
    だって嘘をつく余裕すら与えてこないから、一周回って彼女といることが気楽だった。

    更衣室に着いた。べちゃくちゃと担任の悪口とかクラスの誰それがかっこいいだとか私たちの喋ることは本当にたわいもなかった。

    ニイナとの最初はこうだ。
    高校2年生になった春のことだった。
    クラスで居残り授業があったのだった。
    私は新年度早々風邪をひいて学校を休んだのだった。その皺寄せで放課後に授業を受けることになったのだった。
    暖かくて、でも澄んだ風が吹き渡る穏やかな昼下がりだった。平常授業は午前中で終わったため、みんなはそそくさと帰っていった。
    私はこの日のためにわざわざお弁当を作り、この居残りに参加することとなった。教室を見渡すと、まるで幽霊部員ならぬ幽霊生徒のような子がちらほらと見受けられた。
    普段見たこともないような生徒が2、3人いて初めましての顔並びだった。
    ぼつぼつと空いた席順は先生の指導によって規律正しく席順を正すように言われ前へつめた。こうして居残り授業が開始された。

    キーンコーンカーンコーン。授業の終わりの合図だ。
    「はーぁ、疲れた。」
    私はぼやっと呟いて、机の上にある教科書やノートを閉じてカバンの中にしまった。
    自分へのご褒美にイチゴオレでも飲もうかと売店に向かうことにした。
    親戚のお姉さんからもらった使い古した財布を手に私は軽く走った。
    だるい放課後の授業も終わったし、外は桜が満開に近くて、それでいて空は快晴だ。
    「なんていい心地なんだろう」
    そう思いながら駆けた。
    ゴトン。
    150円入れただけでこんなに美味しい飲み物が飲めるなんて。
    そうして教室に帰って、窓際でゆっくり飲むことにした。

    カキーン。外から声が聞こえ、目の前には陸上部と野球部の頑張っている姿が広がる。

    サラリ。ピシャン。風が吹いて、カーテンが揺らぎ、私の長い髪の毛がフワッと宙を舞う。

    トットットット。

    軽い足音で何か近づいてくる。


    教室外の廊下からガシャっと激しく扉を開ける音がした。

    何者かと振り返ってみたらそこにいたのがニイナだった。
    「サリネ…だよね?ずっと話してみたいって思ったんだ。友達になろう!」
    なんてストレートなのだろう。
    わたしはそのまっすぐな瞳にやられてしまった。
    ニイナは陸上部だった。キラキラと額に汗を浮かべいた。
    小顔でシュッとした顔をしたニイナからは不潔感とは違いむしろ爽快感を感じさせた。
    そう声をかけたあとえーとえーと…と言いながら自分の机横にかけているカバンの中身をゴソゴソとしていた。「どうしたの?」と声をかけたらどうやらタオルを教室に忘れていってしまったらしい。

    こんな嵐を待っていた。

    わたしは心の底から嬉しかった。せかせかとしているニイナに電話番号を書いた紙を渡そうと思ってそそくさとノートの端に書いてビリッとちぎった。

    「宮野さん…だよね。声かけてくれて嬉しいよ。よろしくね。」そう言ってわたしはそのかけらを渡した。



    それからだった。
    家でもラインのやり取りをして、
    宿題のここを教えて欲しいといった関わり合い方から、
    気になる人がいるとか誰それの噂をしたりとかする仲になった。

    まさか人を見た目で判断する性格の悪いわたしがここまで友達づきあいできるのかと驚くほどだった。

    彼女はわたしの性格の悪さをまだしらない。気立てもよく人気者のニイナはそれからわたしを色々な人と近づけてくれた。
    勉強ができる天才集団とか恋バナが大好きな女子のグループ、芸能人の噂が大好きなニッチなグループまで、色々な人とお昼ご飯を食べることとなったのだ。
    基本は2人だけど相手グループから誘われた時だけ一緒に食べていた。
    「今井さんって案外話しやすいんだね!」
    そう言われることが大方だった。やっぱり。見た目の綺麗さ、可愛さから浮世だった人物に見られていてもおかしくないと自負していたのだ。
    この事実もまだニイナは知らない。

    わたしは怖かった。

    高一だって流石にグループに属していたものの私は喋らなかった。自分の意見を言わずただ周りに合わせて頷いたり笑ったりしてその場過ごしていた私は、もういなかった。

    ニイナが私を変えてくれたのだ。

    私は怖かった。

    ニイナに人を見た目で判断していると知られてしまうことが。
    ニイナはもちろん可愛かった。私の万国問わない可愛さとは違ってこけしのようなまるで日本人形のような雰囲気で艶やかとした陶器肌、ちょこんとした口びる、小さながらもぱっちりしたお目目、どれも私の友達の基準を遥か上に超えていた。最近私はその事で気に病んでいた。
    そんな自慢の友達、いや親友にまでなってしまった彼女に、無意識で嘘をついているような感覚に陥ってしまうことが増えたのだ。
    あとはいつ彼女に言うかだ。



    私は今日ニイナに打ち明けることにした。
    とても怖かった。
    もし私が人を見た目で判断していること。
    人をランクづけしていること。ニイナは私のことをおとなしくていい子だと思っているに違いない。
    私の秘密を知られてしまったら、私たちの仲良しさがと遠く離れてしまうかもしれない。ニイナが私の元からさるように他の友達と仲良くなってしまうかもしれない。
    どの想像もいいものではなかった。
    でももしかしたらこの時の私はこれを打ち明けることによってもっと仲良くなれるかもしれないという一縷の期待があったからなのかもしれない。

    不安だった。



    蝉がうるさい日だった。今日は終業式だ。蒸し暑い体育館の中私たちはゾロゾロと並んだ。扇風機のファンが頑張っているのが遠目に見える。適当に効果を歌い、好調の長い話を聞く。あとはあゆみという成績表をもらって下校になる。すでにニイナから今日は陸上部の練習がないことを聞いていたので格好の日だった。ちなみに夏休みはニイナとプール開放と夏祭りに行く予定がある。それに一緒に行くには今日という日を乗り越えなければならないのだ。
    「えー。ではみなさん夏休み中は気をつけて過ごしてくださいね。それではまた始業式に。」担任の先生がそれらしきことを言い解散となった。
    「ニイナ!」私は動きの早いニイナを止めようと大きい声を出した。
    まんまる目をしたニイナが振り返った。
    「一緒に帰ろう…!」常に私と帰るのを誘ってくれるが、今日は私から言うんだと決めていた。なんだか自分が不器用な気がする。
    「うん、いい…けど?そんな血相掻いてどうしたの?」と笑うニイナは毒気がなくていつも通り晴れやかで可愛かった。
    それから私たちは駐輪場へ向かった。ニイナは自転車登校だからだ。カラカラと自転車を引きながら熱いアスファルトの上を歩く。カゲロウが立っていた。
    「ニイナ、あのね、」
    「え、なに?」
    あつくるしそうに彼女はシャツの襟をパタパタとしている。
    首筋の汗がきらりと光った。
    「私実はさ、友達とか人を見た目で判断しているの。みんなのこと顔をランクづけしてるんだ。実はニイナのことも…」
    「え?」
    ニイナの目の奥が黒目がちになった。
    「…ははっ。あははっ」
    ニイナは一瞬止まったようなそぶりをして笑い出した。
    私は気が抜けた。やっぱり軽く爽やかに受け止めてくれる気がしていたから。でも問題はここじゃない、これからニイナが私の元から離れてしまうのではないかという恐怖も持ち合わせていたからだ。
    「なーに、そんなこと!みんなやってる人もいるんじゃない?だって人間だし」
    眩しかった。ニイナの存在が。私は日陰のキノコのような存在に自分が思えてきた。
    「だから帰り不自然に私に声をかけたんだね。それくらいのことじゃ私はサリネのことを嫌いになんてならないよ!打ち明けてくれてありがとね。」
    やっぱり眩しい。私は救われた思いがした。
    「ちなみに私のランクはどれくらいなの?」興味の目に満ちたニイナが私を覗き込んでくる。
    「す…スーパーランクだよ!だってこんなこと打ち明けたの実はニイナが初めてなんだ。」
    ニイナはまた笑った。
    「最初が私かぁ。どうせならサリネが恋した相手の方が良かったんじゃない?まぁ減るものでもないことだしいっか」
    彼女はびくともしなかった。
    そうして私たちは夏休みに突入した。
    今日はプール開放の初日だ。ニイナもくると言っていたから私も行くことにした。
    知られざる告白をしてから10日ほど経過していた。ニイナはあいも変わらず今日の〇〇のテレビは面白かったとかラインしてくるし、陸上部で忙しいはずなのに私とは連絡をとってくれていた。
    外は暑い。
    セミのシャワーを浴びて、お気に入りのタオル片手に学校の前の坂を登った。ニイナとは更衣室の前で待ち合わせをしている。
    学校に着いた。
    「やっほー」
    ニイナは天真爛漫にプールバッグを片手でグルングルンと振り回している。
    「危ないって」
    いつものニイナの奇人な行動は私を笑わせる。
    プールの端っこのアスファルトから、わーきゃーする声が聞こえる。
    私たちはどうでもいいことを話しながら着替えた。あの日以来私たちは何も変わっていない。そう思って安心した。
    着替え終わってプールの前で軽く準備運動をした。
    「2人ともプールが似合ってるねぇ。沢山気の済むまでまで泳げよー。」
    ニイナと仲の良い若い女性の体育教師が見張り役だった。
    私たちは、せーのでプールに入った。
    ごぼごぼ。耳に水が入ってくる音がする。カルキの匂いがして泡たちで目が開けられなかった。
    ぷはあっ。ゴーグル越しにはニイナがいた。
    「ピーッ!!」
    合図がした。一旦上がり私たちはもしもの時に備えてバディーを組まなきゃいけないようだ。
    「2列に並んでー」
    私はニイナの隣に並びたいはずだったのに、よくも知らない誰かの方に押され後ろに並ぶことになってしまった。2列になった時、私の隣にいたのは佐野イト子だった。
    私は彼女の容姿がとてもじゃないけど受け入れられなかった。
    「バディー、オーっ」
    みんなが一斉に隣の人と手を組んで上に振り上げる。
    私は驚いてしまった。佐野イト子の手に。
    なんでもないような顔をして私のことに見向きもしないイト子をよそにその手をずっと眺めてしまったのだ。
    汚い手だった。茶色くて歪でまるで爬虫類みたいなその手に。
    できることならこんなやつとバディーなんて組みたくないそう心から思ったのだ。顔はまるで埴輪みたいな土偶のようか、どちらかわからないけどいつも硬い表情をしていてなにを考えているのかさっぱりわからなかった。
    「あっ。」
    気づいた時には私は彼女の手を振り払っていた。
    フラッシュバックが起こったのだ。私は夢の中で事故をした。顔も体もグチャゃぐちゃになり、ひどい容姿をした塊となったことを。それからは自分が醜いと思う相手でも本意でそうなっているわけではないのだから優しく接しようと決めたはずなのだ。
    毒素が自分の体全体を回っているかのようだ。実験で失敗した紫色のへどのようなものが身体中を張り目ぐり、手足の末端まで届き麻痺を起こしているかのような感覚になった。本当だったら嫌いなその手を私は優しさで受け入れなければならないのかと思うと、身体中が嫌悪感でいっぱいだった。「綺麗ってなんだっけ、可愛いってなんだっけ」私の頭をぐるぐると渦巻いた。ルッキズムの私にとって辛い思い出となってしまった。
    私はこれをニイナに話してみることにした。前の告白はすんなり受け入れてくれたから、これをいうのには緊張すら何も要らなかった。ただニイナに私の性質をわかってもらいたい。私はイト子に向かって嫌悪感を感じたけれどニイナはどうなのか意見を知りたかった。まだ夏休みは始まったばかりだ。LINEでは伝えにくいことだから、次のプール解放の日に言おうと思った。



    「うっ…。」
    むさ苦しさでおきてしまった。
    その日は熱帯夜だった。
    間違えて冷房のタイマーを3時間にしてしまったものだから夜中に目が覚めてしまった。私の部屋はむさ苦しく、カーテンをピシャリと開けすぐに網戸にした。
    私は階段を降り台所へ向かった。
    冷蔵庫をガバァっと開けコップに冷えた麦茶を注いだ。私はビールのようにグビグビと飲み干した。
    昨日のプール開放ではイト子のことがあってかグッと疲れてしまった。私の価値観が奥底からぐらっと揺らいでしまうような衝撃的な体験だった。だから私は家に帰ってきてからすぐに寝てしまった。



    起きたのはもう夜10時になってからのことだった。
    冷蔵庫の奥にスイカが切り分けたのがあった。
    ちょうどいい。私はリビングの椅子に座ってひたすらむしゃむしゃ食べた。
    お腹が空いていたのだった。家族はすでに寝ていた。起きているのは私だけだった。
    スイカだけでは足りない腹が次のものをよこせとばかりに、お腹がなる。
    そうだ、冷やし中華を作ろう。鍋でお湯を沸かして麺を茹でることにした。我慢できないお腹がはやくはやくと責め立てる。私は鍋の中に入った麺をくるくると菜箸で回しながら昨日のことを考えていた。
    確か佐野イト子はニイナと同じ地区に住んでいる。それぐらいの情報しか彼女について知らなかった。しかし彼女のその強烈な違和感のある見た目は、裏で学年でも有名だった。
    私はあの容姿が苦手だ。ひなびた雑草のようで後味が悪い。
    前にも言ったが何を考えているかわからず、いつも1人で行動をしている様子だった。移動教室の際にちらっとすれ違うぐらいで、プール解放の初日にあんなまじまじとみてしまったのは初めてだった。

    と、こんなことを考えていたら目の前の麺が泡ぶくをたてていた。急いでコンロの火を切った。

    麺が茹で終わった。ざるに麺をあげて、野菜室の中にあったトマトときゅうりを適当に切り分けた。
    私は自分で言うのもなんだが綺麗なものが好きだ。母が器好きなのでこの家には多種多様ないろんな皿がある。私はその中から冷涼感のある透明のガラスの器を手に取った。そこにザルにあげた麺をトングで器用に盛り付ける。切ったきゅうりとトマトをバランスよく載せたら、既製品のスープをかける。わずか20分くらいで完成した。

    ずるる、とすすりすぐに完食してしまった。暇な夜は長い。宿題はあるけれど、私は後半戦になってからやるタイプだから、まだ手をつけることはしなかった。


    「ピピっ」
    目覚まし時計の音だ。
    プール開放二日目がきた。私はダル重な体を起こしつつ、リビングへ向かった。毎日のように母が焼いてくれるトーストを口にしながらぼんやりとニュースを眺めていた。
    「あれ?」ニュース左上にある時間はすでに8時を回っていた。
    私はプールバックを片手に家を飛び出した。水着とゴーグルだけなはずなのに、ぼーっとし過ぎていたせいで、そうこうするうちに時間が過ぎてしまったのだ。
    初回のプール開放では関わった佐野イト子をその後では見ることがなかった。
    後味の悪い夢がずっと続いているようだった。一方私は佐野イト子に対する興味が沸々と湧き上がっていた。
    一つ得られたことがある。ニイナに佐野イト子に対しての嫌悪感がすると伝えたところ彼女はこういった。
    「イト子はね、小さい時に両親を亡くしているみたいよ。母親が家を出て行っちゃって、それでいてお父さんは漁師でどこか遠い国へ出かけただとか…お婆さんに育てられたみたい。」と。
    私はもっともだと思った。イト子は苦労なしの顔ではないと雰囲気から感じ取ったからだ。私やニイナが可愛く綺麗でいられることは両親の苦労あってのものなのかと悟った。私は当時感じた嫌悪感が夏休みの日数が経つにつれ佐野イト子への興味に変わっていくのが不思議でたまらず、なんならもう一度会って私の感情がどう動くのかを確かめたかった。
    そうして迎えた登校日初日。あいも変わらず日照りは熱いままだった。
    宿題は昨日ギリギリに終わらせた。手八丁口八丁というが、できた風に見せるのが私の得意技だった。
    汗がダラダラなまま学校に到着した。HRが始まるまで私はニイナとトイレで小話していた。チャイムがなって私たちは教室に戻った。皆が席につくなり担任が「席替えするぞー。」と言った。
    黒板の前に置いてある箱から1人ずつ順にくじを引いていく。
    「やったー!」「まじかよ…」「きゃー!嬉しい!よろしく!」
    さっきまでセミがメインだった教室の音が一気に彩られていく。
    隣の席は苗字だけわかるサッカー部の男子だった。
    軽く会釈して席に着く。
    「あっ。」
    なんと斜向かいがイト子だったのだ。
    私は驚きを隠せなかった。
    彼女はツンとした表情で無言で席を移動させ、座った。
    この席になってから1ヶ月が経とうとしていた。その間私は彼女のことを観察していた。そしていくつかわかったことがある。
    彼女の字は綺麗だったこと。椅子に座る動作が丁寧で、さらりとスカートの端を避けるのが美しかったこと、それでいて授業には毎回自分独自のメモ帳を持ってきて筆まめであること…
    私は彼女をどう捉えたらいいのかわからなくなってしまった。
    彼女の見た目に対する嫌悪感は持ってはいたはずが、それらが魅力として私の目に映るようになったのだった。




    10月の半ばだった。
    「ノート見せてよ」
    私はついに彼女に対する興味が抑えきれなくなってそう声をかけた。
    いじめっ子といじめられっ子がなかよくなるよくあるストーリーを思い出した。
    彼女はすっと無言でこちらにノートを差し出した。確か数学だった。
    私はとても数学が苦手だったのに、彼女のノートには隙がなくて、情報量は多いものの丁寧に解説された文章が載っていてとてもわかりやすかった。
    私は完全に彼女のファンになってしまった。
    嫌なはずなのにそそられてしまう。
    私はこのマヒした感覚を受け入れるのに、夏休み分とちょっとかかったのだった。



    それ以降私とニイナとイト子で一緒にご飯を食べることになった。ぶっきらぼうだった彼女の顔の緩んだところを見ることができたり、食べ方の所作が美しかったりと意外性で詰まった彼女のことが一層好きになってしまった。虫ケラ如く佐野イト子を思っていた私はなんだったのか。まるで動かなかった絵画が、動き始めたように思えた。彼女は思ったより躍動感があった。
    私の美しい、可愛いと思う価値観が変わった一件だった。表面で見た人形的な見方ではなく、じっと観察しているとわかること、細部にまで宿る機微が見せる美しさ。
    それは関わってみないと分からないものだった。
    そうして生きづらそうにしていた彼女は、私たちと関わることで、より個性を出し始めたように思う。周りとも連携が取れ始めて、こうしてニイナをはじめとした輪が出来上がっていった。



    そうこうする内に私たちは高校3年生になり、進路を考え始めるようになった。
    その頃にはもう自分の容姿がぐちゃぐちゃになった過去も、佐野イト子対して持っていた嫌悪感さえも全て消化できるようになっていてルッキズムも多少おさまっていた。
    私は看護師を目指すことにした。
    きっと患者はいろいろな容姿をしているだろう。
    けどこの佐野イト子の件を思い出せば難なく乗り越えられるだろうと私には自負があった。
    元ルッキズムとして新しい回路を見つけたようだった。








     
     

    麻里

     
     
    頭の中のあれこれを、形にしたいと思って 始めました。 日常×詩を主に取り扱っています。 お仕事依頼はこちらまで。 maaa328riii@gmail.com 第43回メトロ文学館 入賞 統合失調症、障害者手帳3級です。 なにがし専業主婦やってます。

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