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Photo byエマヌエル・ロイツェ / メトロポリタン美術館

屁が臭すぎて窒息しかけ、生きたいことを実感した

    吾輩は女である。名前はまだない。
    婚期はとうに逃し、ミドルサーティーも終わりかけのシングルで、猫と同居している。
    日々飄々と生きていて、それ故に人生にも生命にも執着はなかった。
    思った通りには行かなかった人生。叶わなかった夢。色んなものを握りしめては溢れ落としていく毎日で、幸か不幸か、全てがどんどんどうでも良くなっていった。
    30代前半は周りからの目線や世間が自分をどう見ているかも気になって、人並みに悩んだりもがいたりしていたが、後半に差し掛かった今、どうでも良くなった。
    「いつ死んでもいいっす」と思っていたし、周りにも言い回っていたが、ある日、本能が「まだ死ねない」と訴えていることを実感した。


    私は毎日お風呂に入る。
    いつ死んでもOKとか言ってる割に綺麗好きで、お風呂に入らなければ眠れない。お風呂に入らなかった日はない。どんな日も体を綺麗にしなければ1日を終えられないのだ。この行動がすでに発言と矛盾している。

    いつも通り、シャワーを浴びていたら、屁をこいた。
    別に屁はこく。どんな時もこく。湯船に浸っていたってこく。
    「プゥーーー!!」と威勢よく肛門から飛び出してきた空気砲は、湿度マックスの密閉された空間にあっという間に広がっていった。
    屁をこいた直後は(あー、今日パスタ大盛り食べたしなぁ)と呑気に反省していたのだが、すぐさま異臭が鼻を抜け、一気に吐き気がした。
    (くっっさ!!)
    そう思った時には頭がフラフラし、気分も悪く、シャワーの刺激も相まって、ぶっ倒れそうになっていた。
    冷静に一度呼吸を整えようと息を吸ったのだが、賞味期限切れの温泉卵のような異臭が充満していたため、息を吸ったところでさらに吐き気が増し、眩暈が襲う。
    (やばい、死ぬ!!!)
    その日、生きた証でもある屁が、瞬時に毒ガスへと変化し、宿主を殺そうとしてくる。
    シャワーも止めずにお風呂場のドアに手をかけ、開いたドアの隙間から無我夢中で首を出し、ゼーハー言いながら30秒ほど無心で新鮮な(?)空気を吸った。生き返るような気持ちだった。
    心配して猫が駆けつけ・・ることもなく、テンションが下がり切った私は最終的に濡れた体で静かに脱衣所に転がり、シャワーの音を聞きながら2分ほど天井を見つめていた。もちろん猫は来なかった。

    髪の毛を乾かしながら、思った。
    「私、死にたくないじゃん」
    人生どうでもいいと思っていた。心から諦めていた。
    美貌も胸もない、貯金もない、大金を稼いでいるわけでもないこの私の人生なんて高が知れていると思っていた。
    けど、自分の屁の異臭で死にかけたあの出来事を通して、私はまだ人生を諦めきれないことを実感した。

    ・・・いや、死因が自分の屁なのが嫌だっただけなのだろうか。
    だって猫さえ駆けつけてくれない人生。放屁で死んだ私が発見されるのっていつだよって話。あの時はダイイングメッセージを残す気力もなかったしさ。そうなると、発見時にただ裸体で倒れていて、死因不明で終わるの?無念すぎるだろ。
    というか、今までこの世に自分の屁が臭すぎて亡くなった人っているのだろうか。3人くらいはいそう。

    待って、なにこの記事。初めての記事がこれってなに。
    まぁいいか。笑ってくれる人がいれば。
    私は精一杯生きると決めたのだ。
    どこかの誰かがクスッと笑える情けない日々を綴っていく。
    命尽きるその日まで。


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    その日の風呂上がり。心配しろよ!!

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     

    みあ

     
     
    都内在住の30代独身限界OLです 生まれたてで名前はまだありません 猫と一緒に住んでいます

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