
ロジスティクス・バグ ――「なかったことにしちゃえば」―― 第一章
あらすじ
物流企画室へ異動した遠藤は、初めての査察先である東北RDCで、不自然な夜間の在庫移動ログを発見する。調査を進める中で明らかになる、返品処理の隠蔽、数字を守るための現場の苦悩、そして廃棄品置き場に隠された大量の新品医薬品。
「なかったことにしちゃえば、すっきりするんだもん」
息子の何気ない一言が、数字を優先する組織の論理と重なっていく。現場を守るための嘘は、誰かの正義なのか。それとも、より大きな歪みを生み出すバグなのか。
過去の事故の記憶、家族への想い、地域経済への影響――それでも遠藤は問い続ける。
誠実であることは、誰も傷つけないことなのか。
物流の最前線で、「正しさ」の代償を問う企業サスペンス。
プロローグ
「......なんだ......これは......」
やっとのことでたどり着いた廃棄品置き場であったが、その雑然とした状況を前に遠藤は言葉をなくした。
倉庫の奥、それも他の製品をどかさないとたどり着けないエリアに廃棄品置き場があった。照明も少なく薄暗い。外は暖かいのに、肌寒さを感じる。商品の墓場としてはちょうどいいかもしれないが、廃棄品置き場に保管されていても在庫である。このような管理が適切であるはずがない。その隙間からは不自然なほど白いプラスチックフィルムで厳重に梱包された在庫もある。そっと触れると異様な冷たさを感じる。
この倉庫の廃棄品置き場の管理は一体どうなっているんだ......。そして何より、そこにあるはずの在庫、遠藤が廃棄品置き場に探しに来た在庫はどこにも見当たらない。
数字を守るために作られた歪んだシステムの存在を、遠藤はまだ知らない。
第一話
「物流企画室に異動になったよ。」
遠藤は理系学部を卒業後、中堅の日用品・医薬品商社である株式会社みらいに就職し物流部に配属された。物流部物流センター課で物流センター勤務を8年経験し、輸入担当を経て、この4月から物流企画室勤務となったのだ。
「よかったね。また倉庫関係やりたいって言ってたもんね。」
妻の加奈はいつも通り前向きにとらえてくれた。
「そういえば、物流企画室って田中さんが課長さんじゃなかった?」
「よく覚えてたね。新卒の時以来だから10年ぶりくらいに同じチームになったよ。今回の異動も田中さんが推薦してくれたみたいで。」
「あの時も田中さんと同じチームだったよね......」
「そうだったね......」
喉の奥が、急に砂を噛んだように乾いた。自分のせいでフォークリフトによる人身事故を起こしてしまった、あの瞬間だけは絶対に忘れられない。
田中さんの名前が出ればこの話になるとは思っていた。それでもこの後に言葉を続ける準備ができていなかった。
「倉庫関係っていうのも、上司が田中さんってのもやりやすそうなんだ。ただ、これまでと比べると出張が増えるみたいで......全国の倉庫の管理をする立場なんで......」
「お土産よろしくね。」
先の話題を無視したにも関わらず、冗談で返してくれた。ありがたい。
「・・・また余計なことしないでね。」
つぶやくように加奈が言った。
「おとうさん!みてみて!」
4月で小学2年生になった長男が、同じく年長になる次男と一緒に笑い転げながら話しかけてきた。妻と二人で長い時間話をするのは、子供たちが起きている間は難しい。
「これおもしろいよ!」
「みてみて!おもしろーいよ!」
子供たちは近頃ゲームのマインクラフト、マイクラに夢中だ。敵を倒すサバイバルモードではなく、好きなものを作るクリエイティブモードでいろいろな機構や建築を行っている。
今度は自動収穫機付き畑を作ったようだ。YouTubeを参考にしながら自分たちでどんどん新しいものを作っていく。
小麦畑から小麦を収穫し、ディスペンサーに一度入れてから、その小麦をマグマで燃やす仕組みを笑いながら説明した。
「せっかく収穫したのに何で燃やしちゃうんだよ」
遠藤が苦笑すると長男は画面を見ながら答えた。
「だって、いっぱいになっちゃうし、もやしてなかったことにしちゃえばすっきりするんだもん」
よく見ると小麦畑もところどころ抜けがあるし、隣の建物も壁に穴が開いてる。にもかかわらず、建物に入るのには天井から入らないといけない。
「壁の穴をふさいで、ドアもつけたほうがかっこよくない?」
「おとうさんはすぐちゃんとしようとするよね!これでいいんだよ。ぼくたちの秘密基地!」
何が楽しいかわからないが、子供たちが楽しいならまあいいか。遠藤は賑やかな家の中を見ながらビールの蓋を開けた。
遠藤は東北RDC(Regional Distribution Center:地域物流センター)へ向かう新幹線の中で、改めて東北RDCの作業ログを確認していた。異動後最初の仕事として、まずは東北RDCへの3泊4日の出張を命じられたのだ。現地に赴き、全社標準に準じているかの確認、課題のヒアリングなどを通じて、改善すべきは改善として、平均以上の点はGood Practiceとして他RDCへ共有する。課題についても全社として取り組むべき課題か精査の上対応をする。このレポートまでを4日で行うことになる。要するに査察だ。手を抜けば簡単に済む仕事でもあるが、一方で全社の物流を改善することもできる、やりがいのある仕事だ。
ふと画面の在庫移動ログが気になった。正確には違和感を覚えただけだったのだが、そうなると追求したくなるのが遠藤の性分だ。改めて移動ログをよく見ていく。東北RDCは日中のみの稼働のため、通常であれば作業を行っていない夜中の2時30分から40分の時間に移動ログがあることがわかった。返品置き場から廃棄品置き場への移動ログだ。さらに移動ログの詳細を確認すると妙な処理がされている。
通常の在庫移動は、まず事務所担当者がシステム上で移動予定を立て、次に現場作業者が実物を移動しハンディターミナルで完了処理を行うことで、システム上も実物も移動が完了する。そのため、移動予定立案から移動完了までそれなりに時間がかかるのが普通だ。ましてや夜中の2時であれば何かの理由で作業を行うとしても現場作業員がいないため、事務所と現場の往復の時間も必要となる。短く見積もっても10分はかかるはずである。実際に、日中の作業時には移動予定立案から移動完了まで、最短でも5分だった。それが夜中2時半の移動ログについては移動予定を立てて1分でシステム上の移動も完了している。
「なかったことにしちゃえばすっきりする」
なぜか長男とのマイクラでの会話を思い出した。
これは何かRDC内で無理な作業が発生しているのか、それともシステムのバグなのか……データを見ているだけではわからないが、何かしらの改善レポートの大きな種になりそうだ。出張レポートのひな形に夜中の在庫移動の項目をメモしていると新花巻駅到着のアナウンスが聞こえてきた。
10年前のあの事故以来、車いす生活を送りながらもシステム部で異彩を放つ、後輩の山本の顔が浮かんだ。彼なら、このシステムの裏側にもアクセスできるはずだ。急いでメールを送ると、身支度を整え新幹線から降りた。
5月に入り東京では暑い日が続いていたが、岩手の山の中は心地よい気候だ。
新花巻駅で早目の昼食を取り、タクシーでRDCに着いたのは13時ちょうどだった。本当ならローカル線を楽しむべく釜石線に乗りたかったが、ちょうどいい時間の電車がなかった。
タクシーに乗り込み東北RDCと行き先を告げると、短い距離にも関わらずドライバーが喜びながら話をしてくれた。
「みらいさんのおかげでここいらの仕事は助かってます。中で働いてるものもたくさんいるし、直接じゃなくても今日みたいにタクシー使ってくれたり、ホテルも市内でしょ?小さな街なんで本当に多くの人間がかかわってます。」
このような話を聞くと、うれしいのと同時に身が引き締まる。会社としては物流戦略で設置したRDCではあるが、現地ではただの物流センターではなく地域を支えているのだ。もっとも、その効果も含めて自治体からの補助が出ていることを考えると、少々複雑な気持ちにもなるが。
滞在中にまたタクシーが必要になるだろうと考え、この個人タクシーのドライバーの連絡先ももらった。
第二話
RDCに着くと、センター長の山岸と実質のRDC内業務を担っている業務委託先のリーダーの渡辺が出迎えてくれた。
二人とも10年以上この東北RDCで勤務しているベテランだ。
「遠藤さん、東京から長旅お疲れでしょう。今日から3日間よろしくお願いします。」
山岸が穏やかな雰囲気で話し始めた。
「今日はRDCの説明と簡単な庫内ツアーです。夜は懇親会を予定していますので。こんな街ですがおいしい料理とお酒を出してくれる店があるんです。
明日は事前にご依頼いただいていた資料や現場の方へのインタビューですね。3日目はレポート作成とそれまでのフォローアップという事ですので、追加の書類やインタビューなど、なんでも仰ってください。4日目は朝にはもう出発されるとのことでしたので、実質2.5日という事になりますね。」
丁寧な対応が聞けて安心した。遠藤のような査察に、初めから敵対心や猜疑心を隠さない対応も珍しくない。
「ありがとうございます。ご協力いただけ助かります。この東北RDCはもちろん、全社をよくするためにご協力をよろしくお願いいたします。」
まずは会議室で、ひとしきり山岸からRDCの説明や、課題点を聞いた。会議室とは言えRDCの一部のため遠くからフォークリフトの走行時の警告音や、トラックの走行音、商品を搬送するコンベアや行き先別仕分け用ソーターの駆動音がひっきりなしに聞こえる。
課題点について、その改善案や他RDCへの影響などを議論しているうちに、すでに出張レポートを書くのに十分な要素がそろっていた。むしろレポートを書きやすいように準備されていたようにも思える。ベテランセンター長は、物流企画室の対応も慣れたものだった。
ただ遠藤は頭のどこかで山岸と渡辺の話を聞き流しながら、あの夜間ログの数字を考え続けていた。
「どうですか?ちょっとしゃべりすぎたかもしれないですね。何か他のご質問はありますか?」
時計は16時を回っていた。
「それでは......」
遠藤は新幹線で見つけた不自然な移動ログ、夜中の移動かつ短時間の完了した履歴、を示した。
「返品置き場から廃棄品置き場への移動ログは他と比べて不自然に見えるのですが、何か背景ご存じですか?」
一瞬目が泳いだようにも見えたが、すぐに笑顔を作って答えた。ただその頬の筋肉はわずかに引きつっていた。
「確かに、遠藤さんのおっしゃる通りちょっと変ですね。何なんでしょう......渡辺さん、わかります?」
「いやあ、私もちょっとわからないです......事務所と現場のIDは誰になっていますか?」
事前に調べておいたIDを示す。
「IDは他にも使われているものですね。こちらお預けいただけますか?原因調べてみますので......時間がかかるかもしれませんが......本社からいろいろ言われて忙しいんです。」
本当に知らないのか、それともごまかしているのかわからないが、調べると言われているのにこれ以上追及するのも難しいと考え、移動ログの調査は渡辺に任せることにした。
すでに時計は17時を回っていたが、どうしても廃棄品置き場だけでも見たく、渋る山岸と渡辺に頼み込み、予定通り現場ツアーに向かった。
倉庫に入ると多くの音が聞こえてくる。会議室でも聞こえたフォークリフトやソータなどの倉庫内の音が、コンクリートに囲われた高い天井に響いている。段ボールの独特な匂いやフォークリフトのタイヤが床とこすれて発生するゴムのにおいもする。近くに洗濯洗剤などを保管するエリアがあるのか、柔軟剤のようなにおいも感じられた。
南関東RDC勤務時代を思い出し懐かしさを感じると同時に、あの事故の事も鮮明に脳裏に映し出される。
ツアーはトラックが到着する入荷バースから始まり、在庫保管場所や出荷の流れの説明を丁寧にしてもらった。
「お疲れ様です。」
現場の作業員の方は、全員が気持ちのいい挨拶をしてくれる。ここには正社員だけでなく、パート従業員や障がい者雇用も行っているが、みんながこの東北RDCで前向きに働いていることが伝わってくる。
「いい雰囲気ですね。」
ここまで全員が同じように対応できるのは簡単ではない。心の底からの関心を伝えたかった。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると本当にうれしいです。」
渡辺が誇らしく答えた。
「うちはRDC自体も古いし規模も大きくない。本社の投資は埼玉RDCみたいな基幹RDCにしかいきません。どうしたってハードではそんな最先端RDCには勝てませんよ。ソフト面でできることを精一杯です。」
確かに古いRDCではあるが、清掃も行き届いていて清潔感は申し分なかった。どうしても消しきれないフォークリフトの走行跡はその歴史を刻んでいる。
「ネステナー(積み重ね式で移動可能な保管ラック)を重量棚の代わりにされているんですね。」
通常なら重量棚でいいところもネステナーを使用していたことに気が付いた遠藤が聞いた。
「そうなんです。それこそ埼玉RDCのように投資してもらえないので、ありものでどうにか運用しています。」
渡辺が答えた。本社からの扱いの違いについては不満が溜まっているようだ。
「バンドで固定されているネステナーと固定されていないネステナーの違いは何でしょうか」
「特に意味はないです。これも現場の工夫なので。」
「ありがとうございます。地震対策など考えると固定したいですね。本当は重量棚を入れられたらいいですが。こちらは本社にあげてみますね。」
「はい......お願いします......」
期待していないという事か、何やら歯切れが悪い言葉が返ってきた。
主に作業が多い場所を案内されているのだろう。人もフォークリフトも多くすれ違った。ただ一か所、倉庫の奥に続くフォークリフトの走行跡を見つけたが、いかに保管効率を向上させているかの説明が続いていて奥に行くことはなかった。
ツアーが終盤に差し掛かっても、不自然な移動ログの移動先である廃棄品置き場は案内されなかった。この時点ですでに19時になっている。
「さすがに懇親会の会場にも悪いので......」
地元のお店に無理はさせられない。廃棄品置き場は翌日に見ることにして、渡辺の提案通りツアーを切り上げ懇親会会場に向かうことにした。
懇親会はさらに和やかな雰囲気だった。地元の居酒屋だったが、確かに山岸の言う通り、料理もお酒もおいしかった。お酒も増えてきた中、これまでの経歴の話になった。
「新卒で南関東RDCに配属されたんです。そこで今の上司の田中さんと一緒に仕事してました。」
「だから現場の事よくご存じなんですね!本社の頭でっかちじゃなくてよかったです!」
お酒が入ったことで、渡辺の口も多少悪く、なめらかになっている。
「田中さんもえらくなりましたからね。それこそ10年くらい前に、今の遠藤さんみたいに東北RDCに査察に来られましたね。」
「そしたら遠藤さんも10年後は室長ですか!」
若手オペレーターの大島が茶々を入れてきた。業務委託先の渡辺の部下で、いわゆるコミュ強の若者だ。話を聞くと元々警察官志望だったらしくガタイもよい。
盛り上がっている中、山岸が声を潜めて話しかけてきた。
「田中さんも、例の時は大変でしたもんね......。」
地酒で潤っていた喉の奥が一気に乾いていく、どうにか唾を飲み込み平静を装って答えた。
「そうですね......。」
「一報を聞いたときは、背筋が凍りましたよ。自分のRDCでなくてよかった......あ、その時、遠藤さんも田中さんと同じお仕事でしたね。失礼しました。」
「いえ......今でも忘れないですし、戒めにしないといけないと思ってます。」
「そうですね。我々RDC勤務者も含めて、繰り返さないようにしましょう」
「遠藤さーん!お酒が入ってないですよ!この地酒、友達がやってるんですが絶対うまいんで飲んでください!」
大島が空気を読まずに割って入ってきて助かった。
「大島にマージン入るんだもんな!遠藤さんにも還元しなきゃ!」
「ばれました?勉強させてもらいますよ!」
冗談を言いながら注がれた地酒を飲んだが、すっきりしたのど越しで確かにおいしい。大島へのマージンへ貢献するために自宅への土産にしようかと考えながら夜は更けていった。
第三話
査察2日目は予定通り、朝から資料の確認や現場作業者のインタビューを行い、昼食を挟んで15時までにどうにか予定の内容を完了することができた。内容についても十二分なものだった。課題もGood Practiceも理解が進み、レポートにまとめることで全社への貢献につながりそうだ。ただ、初めてのレポートにしてはうまく行きすぎているような、何とも言えない不安を覚えた。あとはあの不自然な移動ログについて調べるために時間を使える。
改めて現場ツアーをお願いしようとしたが、途中から山岸も渡辺も姿が見えなくなっていた。仕方なく事務員に、二人が戻ってきたら現場に向かった旨を伝えてもらえるよう言付け、一人で現場へ向かった。
前日と似たような時間にも関わらず何かが違うような雰囲気を感じる。
庫内をいくら見て回っても廃棄品置き場にたどりつけず困っていると、たまたま大島が通りかかった。
「大島君!昨日はありがとう」
声をかけると、少々バツが悪そうに答えた。前日の懇親会の席で無礼講が過ぎたと気にしているのだろうか。
「お疲れ様です。こちらこそありがとうございました。」
前日とは打って変わって丁寧な対応に、少々驚くも、早速本題に入っていく。
「昨日から廃棄品置き場を見たいんだけど、なかなかたどり着けなくて、案内してもらう事できるかな?」
「あ~......廃棄品置き場ですか......えっと......」
「どうした」
大島は一度うつむき大きく深呼吸をした。何を考えているようだったが、意を決したように答えた。
「昨日の懇親会で、遠藤さん至誠至幸って言葉をおっしゃってましたよね。誠に至り、幸せに至る。誠実さを突き詰めることで幸せになる、幸せにするという言葉だって。この幸せというのが、自分、家族はもちろん、同僚や社会まで広げられたらいいなって思ってるって。」
酔ってはいたが確かに言ったことを覚えている。至誠至幸は遠藤が前々から指針にしている言葉だった。
「うん、そうだね。僕の好きな言葉だよ。」
大島がこの話をしている真意は分からない。ただ、その表情は見ればこちらも真剣に答えるほかない。
「......俺、昨日も言った通り元々警察官になりたかったんです。世の中を支える仕事をしたいって気持ちは、今も捨ててなくて。至誠至幸って言葉を聞いて、それが正しかったと思えてうれしかったんです。」
また大きな深呼吸をしている。何を考えているのだろうか。
「警察官の件、実は親父のせいでダメになったんです。いや、今は全然恨んでもいないですよ。
ご存じかもしれませんが、警察官の採用の時って身辺調査があるんですよね。それに引っかかっちゃいまして。
親父が昔トラックドライバーやってた時に、道で倒れてた人を助けて病院まで連れて行ったことがあったんですよ。俺もその話は覚えてます。ただ、、それがいわゆる反社の人で......もちろん親父はそんなの知らずに人助けをしただけです。でも俺の採用試験の時に警察に言われました。反社とのかかわりが疑われる人間を採用することはできない。反社接点0件を守ることが必達なんだって。
でもそれだけはっきり原因を言われたんですっきりはしました。人助けをしたくて警察官になりたかったんですが、目の前に困っている人を助けることもできない、それがたとえ反社の人かもしれなくても、ならそんな警察入りたくないなって。」
「大島君はお父さんのことを尊敬してるんだね。」
自分も息子たちにそう思われる父親になりたいと考えながら遠藤は言った。
少し時間をおいて、大島が続けた......
「遠藤さん、市内のホテルですよね。一度ホテルに戻ってもらって、夜の23時ころ、RDCに誰もいなくなったら連絡しますんで、またRDCに来てもらえますか?廃棄品置き場にご案内します。」
遠藤は大島の声に混じる震えを聞きとり、この男は正義感で動いていると確信した。
「それは至誠至幸のためになるってことだね。」
「......はい。連絡します。」
大島はそう言って業務に戻っていった。
事務所に戻ると山岸と渡辺もいた。
「遠藤さん、今日も現場回られたんですね。やっぱり現場が一番ですよね。何か新しい気付きはありましたか?」
表情も話し方も明るいが、どこか探るような気配を感じる。
「いえ、昨日今日で教えていただいたことの復習という感じでしたね。そういえば......」
昨日渡辺が確認すると言っていた不自然な移動ログについて、聞こうとしたが、大島の態度を思い出してとどまった。
「みなさんよく業務を理解されていますし、自分の業務に真摯に取り組まれていることがよくわかりました。」
「そういっていただけると嬉しいです。今日も飲みに行きますか!」
「ありがとうございます。ただ、そろそろレポートを書き始めないといけなくて、有用な内容を多くいただいていますので分量も多くなりそうでして。」
「なるほど。レポート楽しみにしてます。できたら見せてくださいね。そしたらホテルまでお送りいたします。」
「ありがとうございます。大変助かります。」
まだ、時間はある。今は殊勝な態度で余計な詮索を受けないようにするべきだろう。
ホテルに戻り、初日に乗った個人タクシーに予約を入れた。23時という遅い時間の予約にも関わらず、嫌な反応一つせずに快諾してくれた。
山岸達と話した通りレポートを進めていると、22時半に電話がなった。
「遠藤さん、準備できました。今からRDCに来てください。」
すぐにタクシーに連絡し、RDCに向かった。
「遅い時間に大変ですね。」
ドライバーは自分も仕事をしているにもかかわらずねぎらってくれる。
RDCに到着するまで、またしてもいかにRDCの存在が地域にとって助かっているかを聞くことができた。
「本当にみらいさんには足を向けて眠れないですよ。うちの息子もね、みらいさんで使ってもらってて。おかげで街に住み続けてます。いや、息子の人生なんで都会に出てもいいんですけど、やっぱり親としてはうれしいものです。若い人が出てっちゃうと街としては終わっていっちゃいますし。」
バックミラー越しに見える目を見れば、この言葉が本心からのものであることに疑いの余地はない。
――至誠至幸
昼間、大島相手に語った言葉、これまでも人生の指針にしてきた言葉である。でも......もし自分が東北RDCの不正を暴くことになってしまったら、従業員の雇用を奪い、地域へ広く影響してしまったら......それは至誠至幸と言えるのか......従業員、タクシードライバー、飲食店、ホテル......たった二日しか滞在していないが、多くの人の顔を思い浮かべることができる。
一方で自分が見えているものが全てでもないはずだとも思う。目に見える範囲の幸せだけを考え行動することで、別の場所に不幸を生んでしまう事にもなるんじゃないか。至誠至幸――誠に至り、幸せに至る――今、自分が正義を貫くことで、このタクシードライバーの息子の雇用を奪うかもしれない。俺が「誠」を貫くことでこの街の「幸せ」を壊すのか?
答えが出ないまま、驚くほど静まり返ったRDCに到着した。明かりはほとんどなく、トラックやフォークリフトの機械音も聞こえない。暗闇の中のRDCは昼間よりも存在感を増し、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。
丁重に礼を言いタクシーを降りた遠藤は、重い足取りで玄関に向かっていった
第四話
玄関で大島が待っていた。
「お待たせ」
葛藤を悟られないよう、明るく努めながら声をかけた。
「遅い時間にありがとうございます。こちらへどうぞ。廃棄品置き場にご案内します。」
「こんな時間にロック解除したりして大丈夫なのか?」
「はい、たまたまですが、今日は俺が夜間の見回り兼最終施錠担当なんです。」
大島は慣れた手つきでロックを解除しながら保管エリアの奥へ進んでいった。
昼間のRDCとは打って変わって、不気味なほど何の音もしない。遠藤と大島が歩く音が響き渡り、衣擦れまでが鮮明に聞こえる。
このあたりのエリアは初日のツアーでも今日の昼間も通ったが、特に目立つものはなかった。どこに連れて行かれるんだろう。実は大島も含めてRDCの反感を買っていて、痛い目にあわされるんじゃないか。そんなことを考えていると、奥まったスペースに到着した。ツアー中にも遠くからは見ていたが、ただ在庫が置いてあるだけに見えていたため、わざわざそこまでは来ていなかった。ただ、フォークリフトの走行跡は不自然に多い。
現場ツアーの際に渡辺と話したように、重量棚の代わりにネステナーを使用して保管している場所の一つだ。特に意味はないと言っていた、バンドで固定されていないネステナーだ。
「こちらで少々お待ちください。」
大島はそう言うとフォークリフトに乗り込み、ネステナーを動かし始めた。
流れるような動きで両手を動かしフォークリフトを操作しつつ、体全体を動かして周囲の状況把握、指差し確認も抜かりない。少し見ただけで優秀なオペレーターであることが分かった。
すぐに横3列、高さ2段、奥行き2列分のネステナーをどかし、その奥のスペースが明らかになった。
隠されていた廃棄品置き場に、やっとたどり着くことができた。
「こんな廃棄品置き場っておかしいですよね。俺、他の現場とか知らないですけど、廃棄品だからってわざわざ隠すようにする意味が分からなくて。」
「ありがとう。どんな結果になっても大島君には迷惑が掛からないようにすることは約束する。」
強く決意をしながらあたりを見回した。倉庫内の照明をつけてもこのエリアは薄暗く、一番奥までははっきり見えなかった。5月なのに、コンクリートの床から這いあがってくる、足の底がじんわりと冷えるような底冷え、自分の息遣いがうるさいほど聞こえるほどの重い静寂。ただ、この肌寒さの原因は、気温や湿度だけではないはずだ。
商品の墓場を体現したような雰囲気の中、一部の在庫は厳重にプラスチックフィルムで梱包されている。
「この在庫があるはずなんだ。探せるかな?」
PCの画面を示しながら聞くと、大島は驚いた顔をして答えた。
「なんですかこのログ、明らかにおかしいです。この量の在庫はどうみてもここにはないです。ちょっと待ってください。俺にもデータを確認させてください。」
大島は自分のPCを操作して在庫の移動ログを検索している。
「これ、今日......もう終わりますけど、に廃棄出庫したことになってますね。在庫がここにないことは辻褄あいますが、そもそも今日廃棄出庫する予定なんてあったかな。廃棄の予定なんかも調べますね。ちょっと待っててください。」
データの確認は大島に任せ、遠藤は廃棄品置き場を見て回った。倉庫内で作業中に発生させてしまったのだろうか、ぐちゃぐちゃになった在庫があったり、顧客から返品された際の送り状が貼付されたままの在庫があった。これらは廃棄品置き場としてあるべきものだろう。だがその奥には、厳重に梱包された在庫も保管されている。これらについても後でデータも含めて確認しないと......そう考えているうちに大島から声がかかった。
「ありました。やっぱり今日廃棄車両が来て、引き取っているみたいですね。」
山岸と渡辺が事務所を不在にしていた時間だ。
「夕方の出発でこの廃棄場なら、廃棄場に到着するのは明日の朝早い時間のはずですね。」
「という事は?」
「まだトラックに乗ってるはずです。その在庫があれば、ですが。」
「行くか。」
「はい、写真だけでも抑えましょう。あとマニフェスト(廃棄物が適切に処理されたことを証明するための伝票)の番号も確認できます。」
廃棄場までは車で3時間ほどだという。事務所で少しだけ仮眠を取り、大島の車で暗い山道を廃棄場へ向かった。
廃棄場の入り口に到着したころには、空が白んできていた。5月とは言え、岩手の山中で迎える明け方はかなり肌寒い。
「ここで待ってて、トラックが来たら声を掛けましょう。」
大島は事務所で廃棄引取の車両のナンバープレートを控えてきていたのだ。抜かりはない。
外が完全に明るくなって、少しずつ気温も上がってきたように感じた頃、廃棄品を積んだトラックが廃棄場に向かってきた。
すかさず大島が飛び出した。
「すみません!!!」
運転手は驚いてトラックを止めた。
「本当に急にすみません。東北RDCの大島と言います。こちら東北RDCからの廃棄ですよね?廃棄してはいけないものを間違って載せてしまったかもしれなく......中身確認させてください。もし間違ってたら首が飛ぶだけじゃすまない話で......」
優秀なオペレーターは俳優としても優秀なようだ。
「私からもお願いいたします。本社から来ている遠藤と言います。」
出遅れたが、名刺を渡しつつ重ねて懇願した。
名刺の効果もあったのか、会社名をマニフェストとも確認した後に、トラックのウイングを開けて荷台に載せてくれた。
「遠藤さん、やっぱりおかしいです。データ上の廃棄量とこの物量は合ってないです。」
「という事は、廃棄品置き場に来る前から在庫として存在していなかったのか。」
「もしくは途中で抜いた人がいたか......ですね。考えたくないですが。」
トラックドライバーには、探していたものは見つからなかった事、協力への感謝を伝え、事務所から持ってきた飲み物数本をお礼として渡して業務に戻ってもらった。
「さて、どうするか」
その時一通のメールに気が付いた。
第五話
RDCに戻るとすでに12時を過ぎていた。山岸がすぐに駆け寄ってきた。
「今日は遅かったですね。ずいぶんお疲れのようですが......」
「レポートの作成に時間がかかってしまい、ホテルに籠っていましたよ。」
もちろん嘘だが、明らかに睡眠不足の顔で寝坊という言い訳も使えない。それでも大島が気を利かせてホテルに寄ってきたので身なりはすっきりしていた。
「今回のラップアップを行いたいので、山岸さんと渡辺さん、予定通り13時から会議室でお願いできますか。」
「もちろんです。どのようなレポートになるか、これは毎回緊張しますね。お手柔らかにお願いします。」
大急ぎで要点だけをまとめた資料を用意する。昨日からずっと悩み続けていた。不正の可能性について、どこまで追求すべきか......この話が大きくなれば、地元の方々への影響がある可能性もある。
その時、会議室まで届く現場の音、フォークリフトやソーター、トラックの音、を聞くうちに、あの事故の瞬間が頭の中を駆け巡った。
10年近く経つ今でも鮮明な南関東RDCでの記憶......本社から課せられた無茶なKPIを守るために、いや、大島が現場に守らせるために、昼も夜もなく稼働した倉庫に響き渡った衝撃音、同時に聞こえる悲鳴。現場に駆け付けるも目の前で鳴り続けたフォークリフトの警告音。充満する血の匂いと、なぜかはっきりと聞こえるけが人の浅い呼吸音......救急車が到着するまでの無力感までもが、ありありと思い出される。この事故のせいで、大島のような優秀なオペレーターだった若者を下半身不随にしてしまった。
作られた数字が、どこか別の歪みを生むという苦い経験をしたじゃないか。大きく深呼吸をして動悸を鎮めながら、遠藤は心に決めた。今はよくてもどこかで取り返しのつかない結果になるかもしれない。一時的な痛みを伴うとしても追求しないわけにはいかないと心に決めた。
会議室の椅子に腰かけた遠藤の体は、ほぼ徹夜で動き続けた疲労と寝不足による鈍い頭痛で悲鳴を上げていた。だが、山岸と渡辺が部屋に入ってきた瞬間、その痛みが嘘のように消え去った。これから始まるのは、単なる出張の報告会ではない。
「それでは13時になりましたので、ラップアップを始めさせていただきます。まずは長時間のご対応、誠にありがとうございました。皆様のご協力のおかげで非常にスムーズに査察を行う事ができました。まずは所感として、全RDCの中においても上位のオペレーションをされている印象を受けていることをお伝えさせていただきます。
今回の査察でGood Practiceを5件、SOP(Standard Operation Procedure : 標準作業手順書)から逸脱があった要改善項目を3件、全社への改善提案を2件とさせていただく予定です。最終のレポートは追って送付いたします。それでは各項目について、一つずつ簡単にご説明します。」
Good Practiceは何の質問も出ずに説明が終わり、要改善項目に差し掛かった。
「2点の軽微な逸脱はこの通りでした。こちらはSOP準拠の作業に変えていただくことですぐに改善できるかと思います。残りの1件は重大な逸脱だと考えています。大切なポイントになるので、時間を取ってご説明させていただきます。」
「遠藤さんも人が悪い。この二日間そんな逸脱を見つけたそぶりも見せなかったじゃないですか。」
山岸は不満を隠さずに言った。
「すみません。最後までどう扱うか決め切れてなかったもので。本題に入る前に、一昨日預かるとされていた不自然な夜間移動ログについて、その後ご確認はどうですか?渡辺さん」
「いやあ、遠藤さん、報告が遅くなって申し訳ございませんでした。」
渡辺は余裕を見せながら説明を続けた。
「遅い時間になってしまったこともあって、データ処理だけ先にしてしまっただけでしたよ。SOPとはずれてしまってますが、朝には実際の在庫も移動しているし、そんな問題にはならないと思ってましたよ。」
「実物の移動もしたんですね?」
「はい、そういってるじゃないですか。」
「ではこちらの花巻商事さんのお話はどういう事でしょうか。――今朝、私は花巻商事にお邪魔してきたんです。」
明け方に廃棄場でほぼ空のトラックを確認し、手掛かりがなくなった時、ふと携帯を見ると、メールが届いていた。こんな時間にメールを送ってくるのは山本かもしれない。
思った通り、新幹線からメールした不自然な移動ログを深掘りした調査結果だった。
「送っていただいた移動ログの在庫、履歴をたどってみると、多くの在庫が一つの取引先、花巻商事からの返品の可能性が高そうです。お役に立てれば幸いです。」
移動ログの後ろ、廃棄のプロセスでは明確な証拠は見つからなかった。だとすると移動ログの前の返品のプロセスに何があったかを調べるしかない。
「ここまで来たら、行くしかないかな?」
「はい。花巻商事でしたら、よく知った先なので、納品に行ったりすることもあるんで、直接行っても全然大丈夫だと思います。教えてほしいことがあるから聞きに来ちゃいましたって言えば。でも......花巻さんが悪いことに関わってるってのはちょっと考えたくないですが......」
遠藤が大島に言った至誠至幸が、大島も苦しめているのかもしれない。
「まずは話を聞いてみよう。関わっていないとか、悪気がないとかかもしれない。案ずるより産むが易しって言うしね。」
遠藤は自分にも言い聞かせるように言い、大島の車に乗り込んだ。
花巻商事には10時過ぎに着いた。ナビを使わずにまっすぐ向かった大島を見て、地元民であることを再認識させられた。
大島は慣れた雰囲気で駐車場に車を止めると、躊躇なく事務所に入っていった。
「おはようございます!」
「おはようございます!!!」
事務員がすぐに挨拶を返してくれる。それだけでいい会社だとわかる。
「すみません。小川課長さんいらっしゃいますか?」
事務員が確認する前に、奥から体の大きな作業服姿の男性が姿を現した。
「おう、こんな早くから仕事サボってどうした?」
「すみません。今本社からこの遠藤さんが来てて、教えてほしいことがあったんで直接来ちゃいました。遠藤さん忙しくて明日には帰らなきゃなんで。」
明日帰る予定なのは確かだが、延長できないわけではない。ただ、普段いない人間のせいにするのはうまいテクニックだ。遠藤は名刺を渡しながら言った。
「初めまして。みらいの物流企画室の遠藤です。いきなり押しかけてしまって申し訳ございません。」
「いえいえ、大丈夫です。どうせ遠藤が止めるのも聞かずに来たんでしょうから。花巻商事で物流課長をしている小川です。私でよければなんでも答えますよ。いつも御社にはお世話になってますから。」
「ありがとうございます。早速ですが、返品について、いえ、返品が悪いという話ではなく、流れについて教えていただきたいと思いまして......」
「早速痛いところを......」
半分苦い顔をしながらも、答えてくれた。
「いえね、うちの販売予測がまあ当たらないんですよ。どうにかしなきゃいけないんですけど、でもうちも欠品させちゃうとほんと怒られちゃうんで......わかってくれますよね。」
「はい、在庫を切らさない中では増やさないわけにはいかないですね」
今は話を合わせたほうがよさそうだ。
「そうなんです。で、どうしても余っちゃうことがあって、そういう時には返品を取ってもらってるんで多くなってしまうことがあるんですよ。」
「なるほど、例えば先月の返品の履歴って見せてもらえますか?こういう内容だったかと思うんですが。」
「はいはい、ちょっと待ってください。」
事務員に頼んで、分厚いファイルから返品伝票を取り出してくれた。確かに内容は合致している。ただ返品伝票にあるはずのサインが見当たらない。
「この伝票、うちの東北RDCのサインがないようですが......」
「それはそうです。あれ、ご存じないですか?」
ここが核心かもしれない。遠藤も大島も身を構えた。
「いえね、返品した商品は基本的に廃棄されると聞いてます。それならわざわざ御社まで持ってって、また廃棄場に持っていくよりも、うちから直接廃棄場に持ってった方が効率的じゃないですか。なんで、返品伝票は入れた上で、実際にはこちらから廃棄してるんですよ。この分の廃棄伝票は......こちらですね。」
大島に確認したところ、重量など概ね合致しているようだ。確かに廃棄したことになっている。伝票処理のみで済ませていることのコンプライアンスは別にして、話の筋は通り、書類もそれを裏付けている。ただ、それならばなぜ山岸と渡辺はこの運用を即答しなかったのか。
「ご説明ありがとうございます。そうだったんですね。それは存じなく失礼いたしました。確かに返品伝票と廃棄伝票の内容も合致していそうですし、こちらで大丈夫です。あ、書類の写真だけ取らせていただけますか。」
「もちろんです。お役に立ててよかったです。」
丁重に礼を言い、花巻商事を後にした。
スマートフォンの画面をトントンと指でたたく。その冷たい音が、静まり返った東北RDCの会議室に小さく響いた。倉庫のソーターの駆動音が規則的な音をたてて会議室内に聞こえている。遠藤は山岸と渡辺をまっすぐに見据えて言った。
「どうですか?お話に齟齬があるようですが、ご説明いただけますか?花巻商事さんが廃棄をしていると言っているにも関わらず、返品処理、在庫移動処理、廃棄出庫処理もしているのはどういう事でしょうか。わざわざ空の廃棄トラックまで手配をして、何を隠しているんですか。」
逃げ道を完全にふさがれた渡辺の顔が苦虫を嚙み潰したような表情になり、絞り出すように言った。
「......生意気いうな、本社の若造が。現場の血のにじむようなやりくりを、どこまでわかってるって言うんだ。俺たちは本社が叩きつけてくるKPIを、この古い倉庫で死に物狂いで守ってるだけだ。」
徐々にヒートアップしながら続ける。
「慣習で実際の返品がないせいでも、棚卸で在庫差異が出ればKPIが未達になる。そうしたらここぞとばかりに評価を下げてくるだろうが。だったらその差異をなかったことにするのが、この街の、現場の仕事を守ることなんだよ。誰にも迷惑なんてかけてない!」
「それなら花巻商事さんからちゃんと現物も引き取ればいいじゃないですか。」
「そんな提案したに決まってるだろうが。コストもつらくなるけど、それなら頑張ろうとしたさ。でも、大手取引先の花巻商事さんの機嫌を損ねたらどうするんだって、本社から言われて何もできなかったんだよ!」
本社から......ルール違反してでも数字を優先しているのは東北RDCだけの都合ではないのか......数字を作るための歪んだシステムだ。でもまだ納得できていない点がある。
「KPIや本社のプレッシャーはわかりました。でもあのネステナーの奥に置かれた大量の新品の医薬品在庫は何なんですか?データ上廃棄にして、実はプールしておいて横領でもしてるんじゃないですか!?」
渡辺は虚を突かれたように、急に静かになった。
「横領?何を言ってるんだ?あれはただ棚卸時に使用するためのダミーパレットだろ?」
「ダミー・・・・?」
ここまで黙って聞いていた山岸が渡辺に続けて説明した。
「そうですよ遠藤さん。花巻商事さんの件のように、返品データはあるけど現物がこないと棚卸の時に在庫差異になってしまうじゃないですか。データ上廃棄待ちとしているはずのボリュームに合わせるためとして、本社から送られてきたものですよ。渡辺さんは言われたとおりに置いてるだけです。中身は簿外の廃棄待ち商品でも詰めてあるんじゃないですか?」
「あなたたち......中身を見ていないんですか?」
予想外の反応に驚きつつ、遠藤は手に持ったままのスマートフォンを操作し昨夜撮影した写真を二人に突き付けた。仮眠前に一部を開梱していたのだ。
白いプラスチックフィルムの隙間から、廃棄置き場にあるはずのない医薬品の梱包の端が見えた。違和感を覚えた遠藤は、大島がデータを見ている隙にカッターで少しフィルムを切り裂くと、厳重な遮光袋に包まれた麻薬成分も含む医薬品が現れた。大量に入手できるなら大金を払うという話も聞く製品だ。
渡辺が明らかに狼狽しながら反論を続けた。
「見るわけねえだろ!......なんだよこれ......本社から触るなって言われているし、そもそも日々のオペレーションで忙しくてそんな時間なんてねえよ!何でKPIだなんだのためによくわからない仕事をしないといけないんだよ!しかもここで中身を見たって言ったら、指示を守らなかったって言ってどんな扱いを受けるかわかったもんじゃねえ。お前も回し者なんじゃねえのか。」
山岸は驚いて言葉が出ないようだった。
二人の反応は演技とは感じられなかった。本当に中身を知らなかったのだ。これ以上の詮索は二人にとっても得にならなさそうだ。
「本当に知らなかったようですね。また、背景はよくわかりました。先ほどは言葉が過ぎました。お詫び申し上げます。こちらの中身については、あくまでも本社側の都合という事で今回のレポートでは触れないこととします。本件は私も本社に帰ってから調べるようにいたします。その際ご協力をいただくかももしれません。よろしくお願いいたします。」
二人の姿を見ながら遠藤の背中には、岩手の山中で感じたものとは違う、ねっとりとした冷や汗が流れていた。
山岸達現場の人間は横領犯ではなかった。ただ、自分たちの生活を守るために、必死にデータを合わせていただけだ。
山岸と渡辺は不満はありながら、落としどころとしては納得しているだろうか。
現場の必死な隠ぺいを隠れ蓑に、中身の詰まった爆弾を潜り込ませたやつが本社のどこかに確実にいる。
第6話
お互いに煮え切らない思いを抱えたまま、形ばかりのあいさつを済ませた。
遠藤はホテルに戻ってすぐ、上司の田中に電話をかけた。出張の報告を、特に廃棄品置き場の医薬品在庫について指示を仰ごうとしたのだ。
「…という事で、特に返品処理については比較的重大な違反だと考えましたが、取引先との関係も考え軽微な違反という扱いとしようと思います。本社からのKPIの過剰なプレッシャーがその背景にあるようで、数字のために現場に負担をかけていること自体から改善する必要があります。」
「報告ありがとう。よくそこまで調べられたな。想定以上だよ。妙なデータ処理があることまで気が付ければ合格だと思っていたが、正直そこまで明らかにするとは思わなかった。」
「田中さん......ご存じだったんですか!?」
遠藤は想定外の返答にすぐに言葉が出なかった。
「いやいや、はっきり知っていたのは夜間のデータ処理までだよ。でもあのデータ、ただ処理しているとしたらおかしいから何かしらの理由があるんじゃないかって当てはつけてたけどな。」
一瞬だけでも田中が新品在庫を送り込んだ本社の人間だったのでは疑ってしまった自分が恥ずかしくなった。
「田中さん、実は......」
遠藤は報告すべきか躊躇したが、この人になら打ち明けても大丈夫だと心に決めた。
「廃棄品置き場に、本社からダミー在庫だとして送られてきたパレットが複数ありました。ただ、その中は一見白箱で確かにダミー在庫に見えますが、中を開けていくと新品の医薬品在庫が入っていました。」
「遠藤」
「何ですか田中さん」
「悪いことは言わない。聞かなかったことにする。お前も見なかったことにしろ。これ以上今は話せない。東京に戻ってからにしよう。」
電話越しのためわかりにくいが田中の声がわずかに震えているようだった。
「田中さん、それって......」
「この話は終わりだ。明日新幹線で帰るんだろ。土産に地酒を買ってきてくれ。」
「田中さん!」
「終わりだといっただろ……お前は家族がいるんだぞ。」
・・・通話が切れた。
遠藤には訳が分からなかった。返品プロセスの話まではいつも通りの田中だったのに、明らかにそれよりも悪質な違反、場合によっては法律違反の可能性もあるダミー在庫をなぜ見逃すのか。いや。見逃すどころではなく、話題にする事すら許されなかった。
「田中さんはあの事故の後、一番苦しんだはずなのに......」
遠藤の頭には最悪の可能性が頭をかすめたが、信じたくない自分との葛藤の中、考えをまとめることができなかった。
第7話
「お父さん。お疲れ様。出張中ごめんね。」
後ろから長男が泣き叫ぶ声が聞こえる。はっきりとは聞き取れないが、マイクラで作った装置がうまく動かないようだ。
「お父さんに聞くって言って話を聞かなくて」
「大丈夫だよ。そしたら電話変わって」
長男が泣きながらテレビ電話に出てきた。そんな泣き顔も日常を感じられほっとすることができた。
「おとうさん、自動回収マシン作ったんだけど、チェストに入ったはずなのにどこにもないんだ。」
確かに見た目はチェストに入れられているにも関わらず、システム上は入っていないのかチェストを開けても空になっている。
「多分バグかなこれ。これはどうにもならないよ。もう一回作ってごらん、きっと今度は大丈夫だから。」
「えー......せっかく作ったのに......なかったことにしなきゃだめなの?」
「今回はしょうがないよ。でもなかったことになるわけではないよ。でも面白いもので、同じものをもう一回作ると、短い時間でいいものができたりするんだよ。」
「ふーん......まあやってみるよ。」
通話も切らずに画面から消えていった。
「助かったわ。ありがとう......。お父さんどうしたの?難しい顔して。もしかして、また危ないことしてるんじゃないでしょうね。」
「ん?いや、何でもないよ。明日はお土産買って帰るから。」
「楽しみにしてるね。気をつけて帰ってきて。それじゃまた明日。」
「聞かなかったことにする。お前も見なかったことにしろ。」「なかったことにしなきゃダメなの」
田中の言葉と長男の言葉の不思議な一致が遠藤の心をざわつかせた。
田中が不正に関わっているかもしれないという事実を認めたくはない自分はいるものの、やはり頭から離れない。
チェストに入れたはずのアイテムが入っていない。ゲームならその在庫の行方は不明だが、現実は違う。おそらく花巻商事は知らず知らずのうちに「書類だけで現物を動かさない返品スタイル」を隠れ蓑にされていたんだ。田中に言われただけに明日は東京に帰るとしても、この件を闇に葬るわけにはいかない。遠藤は心に決めて、最後の夜を過ごした。
翌朝、不本意ながら東京へ向かう新幹線に乗った遠藤の手には、大島の友達が作っているという地酒が握りしめられていた。大島により朝一にホテルに届けられていたのだ。マージンどころか損をしてるじゃないかと思いつつ、その好意をありがたく受け取ることにした。
新幹線の中でレポートの仕上げをしている中、山本からメールが届いた。
「遠藤さん、共有ありがとうございました。そんなデータ処理がされていたんですね。このWMSの自動確定の仕組み、もちろん東北RDCだけで作れるものではなく、全社共通のものでした。他のRDCでも同様のことをしていないか調べてみたら、やっぱり他でも夜間の自動確定がされていました。特に最大規模の埼玉RDCが、24時間稼働なのでわかりにくいですが、回数、数量、金額とも飛びぬけてます。システムが勝手に自己増殖しているような、不気味なログです。さらに深堀してみますが、取り急ぎ。くれぐれも無理はしないでください。」
あの事故で下半身不随になり、今はシステム部にいる山本からのメールだった。あれ以来、会社をよくしたいという同じ思いを持つ者同士、お互いに助け合ってきていたのだ。
遠藤はすぐにでも新幹線を降り、埼玉RDCへ向かおうとした、とほぼ同時に、家族が待つ暖かいリビング、子供たちのうるさいくらいの元気な声が途切れることの無いあの空間が、心の底から恋しいことにも気が付いた。
「まもなく、大宮、大宮です。お出口は左側です――」
車内に無機質なアナウンスが流れる。
上司である田中に言えば、埼玉RDC行きは間違いなく止められる。むしろ手を回されて証拠も何も隠ぺいされるかもしれない。田中に嘘をついて、業務ではなく向かわないといけない。スマホの画面に映るわが子たちの笑顔......去年のハワイ旅行の時の写真だ。このまま東京に帰ればすぐにでも抱きしめられる。ビールを飲んで笑っていられる。わざわざ厄介事に首を突っ込んで出世を棒に振る......家族を不幸にすることになるんじゃないか。誰の幸せのために何が誠なんだ......。家族を守るためにそれが正しいのだろうか。
プシューという音を立てて、新幹線のドアが開く。ホームへ降りていく乗客たちの背中。
でもここで引き下がれば、かつて自分が現場の人間を追い詰めてしまった、本社の無茶な要求により現場の人間が苦しむというトラウマを繰り返すことになる。家族の顔が浮かぶ。だが、自分の信じる正義は......
――至誠至幸――誠に至り幸せに至る。
誠実とは誰も傷つけないことではなく、必要な痛みから逃げないことなんだ。
遠藤ははじかれたように席を立った。
発車メロディが鳴りやむ。
プシューと音を立ててドアが閉まりだす。
その隙間をすり抜け、大宮駅のホームへ飛び降りた。
スマホの画面を暗転させ、ポケットに深くしまい込む。家族を愛しているからこそ、作られた数字で現場が殺されるシステムを、ここで止めなければならない。
走り去る新幹線が巻き起こす熱風にジャケットを揺らされながら、遠藤は強い足取りで歩きだした。背中に走る冷汗は、もう止まっていた。
目指すは国内最大級の要塞、埼玉RDCだ。