
自分史⑦ 渡辺英語研究所
画像はイメージのため、ケンタッキーのおじさんを使いました。
多摩川を渡った隣町の府中本町駅から歩くこと十五分、当時口コミで
有名な渡辺英語研究所という英語塾があった。
そこに通えば英語は間違いなく「いい点が取れる」という。
ネットなどない時代、母親たちはどこからともなく情報を得て、
受付の日に朝五時から並んで入塾の手続きをしたそうだ。
先生は蝶ネクタイ、ダブルの背広、真ん中デブ。KFCのカーネルおじさんにパッと見は似ているけどにこやかではなく、目と声がとっても怖い初老の人だった。
一番人を伸ばすのは恐怖かもしれない。格好をつけたい時期の中学生にとって一番の恐怖とは友達の前で恥をかくこと。
質問されて手を上げないでいると、なんで手を上げない、立ってろ!と言われる。
答えを間違えたらもちろん立たされる。
二回目も間違えると通路に出ろ、次は前まで来い、と言われ先生の前まで行き、おでこを二本指で小突かれるのだ。デコピンという。
同じ中学から何人も通っていたし、その中にはM君もいたのでおでこを突かれた日には消えてしまいたいくらい恥ずかしかった。
もう決して間違えないように学校の勉強より必死で予習するようになった。もちろんほかの皆もそうだ。授業の三十分前、早めに塾の外に集まる生徒たちは思いつめた表情で教科書を暗記していた。
しかし、そんな緊迫した授業の中でも笑いの種は転がっているものだ。
まだ最初の頃だったある日、先生が英語で何と言うか、と問題を出した。
「一つのリンゴ!」
さされた人が「ア アップル」と言ったが「間違い!ほかにわかる者!」
母音の前のアはアンになるというのをまだよく知らず、次の人も間違えた。次にさされたのは友達のKくんだ。同じことを言っても仕方ないと思ったのか、苦しまぎれに
「ア リンゴ」
と言った。もう英語ですらない。
知り合いだったせいもあり、つい笑ってしまい、
「友達を笑うとはなにごとか!今笑った者出てこい!」と言われ、
一発でデコピンを食らってしまった。
またあるとき友達のN岡君がさされて間違えて、その次にI井さんがさされた。I井さんがN岡君に片思いしているのはまあまあみんな知っている。
よりによってなぜか同じ間違いをしたら、先生が
「I井はN岡に騙された!」
と言うので私を含む二三人が吹き出してしまった。すると
「今笑った者立て!仲間の間違いを笑うとはなにごとだ!」
先生が事情を知らないのに面白いことを言うので可笑しかっただけなのに。また一発でデコピンを食らった。
そんなこんなで三年間、ビシバシしごかれたおかげでその後英語のテストに困ることはなかった。そんな私でもいまだに少ししか英会話はできない。
日本の英語教育はどこかおかしい。あの時間を簡単な英会話に使ってくれたらよかったのに。