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【ショートショート】春の庭から

    詩人原始人

    シャボン玉を吹きながら、さくらが春の光に満ちた庭ではしゃいでいる。
    第一志望の大学に合格したそうだ。来月からのキャンパスライフに胸を躍らせている。
    「韓国はどうだったの」
    縁側に座る浩二が問うた。
    「楽しかったよ。海鮮も美味しくて」
    「友達と行ったの?」
    「うん」
    「お金はどうしたの」
    「貯金崩した」
    いつの間にそんな貯金があったとは。
    前までは心配症の浩二がさくらの金銭も管理していたが、奔放な彼女が煙たがるようになってからは、この庭で訊くに留めている。
    「大学のお金は?」
    大学は入学金だけでなく、授業料も高いと聞く。
    「成績が良い子はタダになるんだよ」
    吹き棒をシャボン液に浸しながら、事もなげに言った。だが、最近彼女が夜まで机に齧り付いていたことを、浩二は知っていた。

    若いな、と浩二は思った。
    シャボン玉はもっと子どもが吹くんだよ、という考えも馬鹿らしく思えてくる。
    対して自分はどうだろう。四十三歳になり、肩や腰に老いを感じ始め、半ば活力まで失い始めていた。気付くと管理する側の役職を強いられ、社会の規範であることに気疲れしだしている。

    「ねえ」
    さくらが振り返る。
    「なんでそんなに若いの」
    ポーズを決めて茶化す。

    「母さんはなんでそんなに若いの」

    伊東さくら。浩二の母、今年で七十歳。趣味は旅行とスイミング。
    足腰の強さをいいことに、先週は格安航空で韓国へ飛び、来月からは大学へ通う。

    「大丈夫?ヤなことあったの?」
    庭にたなびくシャボン玉は光を湛えていた。まるで彼女が光を吹き込んだようだった。
    「もういいよ。それ貸して」
    シャボン液の付いた小さなバトンが、浩二より老いた手から渡される。

    しわがれて小さくなった手を見ると、やはり母さんの方が先に死ぬのだろうと感じる。でも分かってるよ、母さん。体は老いても、心は老いないって言うんだろ。

    柔らかな陽光の降る、決して広いとは言えない伊東家の庭。さくらは何か悟ったように微笑んで、息子を見守っている。
    浩二は何十年か忘れていた吹き棒に液をつけると、息を強く吹き込んだ。


    こちらは以下の企画へ参加した作品です。
    文頭を「シャボン玉」で始めています。

     
     
     
    20代エンジニア。短編を書く。 どんでん返し、頭を使う話が好き。

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