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早く人間になりたい

    葉月


    今、目の前に

    1. 掃除するべき床

    2. 洗濯するべき洋服

    3. 返却期限の迫った本

    4. 提出期限の迫った仕事

    5. スマホ

    …があるとする。こういう場合、あなたならまず何を手に取るだろうか。



    お察しの通り、私は「5.スマホ」を手に取った。



    1.と2.に関しては、取りあえず今日やらなくても問題ない。

    3.は仕事のために借りた本で、できれば全部読みたいところではあったが、必要な部分は読めたので、今回はいったん返すことにする。

    4.は、やらないわけにはいかないんだけども、どうにも今ひとつ、いや今ふたつ気分が乗らない。なんか座っているとお尻が痛い。身体が休息を求めている気がする。







    こういう日はたびたび訪れる。もうなんっにもやる気にならない日。仕事の期限が迫っているというのに、パソコンはスイッチ入れただけで放置。メールすら開いていない。



    でもこう見えて、私は締切に遅れたことは一度もない。どんなに途中だらけていたとしても、最後は気力が湧いてきて、すごい集中力を発揮して仕事を片付けてきた。今は、その気力が湧いてくるのを待っているのだ。気力の間欠泉は非常に気まぐれなため、いつ噴き出すのかは持ち主にも不明。
    (若干、不安になっている。)



    思えば子どもの頃から、こういうことはちょくちょくあった。勉強に限らず、たとえば趣味の読書とか、お絵描きとか、ゲームとか、「やり始めたら夢中になって時間がワープする」んだけど、その「やり始めの一歩」を踏み出すまでに時間がかかるのだ。



    何にもせずにリビングの床でゴロゴロぐにゃぐにゃしている私を見て、父は「まだあれだな、葉月は人間になりきれてないんだよな?」と言い、それに対して私が「早く人間になりたーーい!」と答えるのが定番のやり取りだった。ちなみにこのセリフは「妖怪人間ベム」のセリフらしいが、私は世代じゃない。父に仕込まれたのである。



    そんな妖怪以上人間未満の私を、母は非常に鬱陶しがっていた。パートに家事に育児にと、毎日分刻みで行動している母にとって、この家の一番の金食い虫が何にもせずにゴロゴロしていたら、そりゃイライラもするだろう。「何にもしないなら自分の部屋行ってて!」と、暗に「目障りだからあっち行け」と言われていた。



    でも自分の部屋は散らかっているからゴロゴロできないのだ。部屋の散らかりに関しても、父と母両方から口うるさく注意されていた。「そんなんじゃ恥ずかしくて嫁に出せない」だの、「親が死んだらどうするんだ」だの、「突然変異(両親はきれい好き)か橋の下か」だのと言われていた。
    (今の若い人に『橋の下』って通じるんだろうか。)



    無事に嫁に行った今言わせてもらうと、世の中「恥ずかしくて嫁に出せないレベルの娘」よりも、「恥ずかしくてお嫁さんをもらえない息子」のほうが圧倒的に多いんじゃないかと思う。私と昔の夫の片付けレベルをくらべたら、夫のほうがよっぽど恥ずかしい。それでも結婚できたんだと思えば、女の子がちょっと自分の部屋を散らかすくらい、どうってことない。大目に見てほしい。







    よく、やる気なんて自然と出てくるもんじゃなく、自分で手を動かしながら作るもんだ。と言われる。うんわかってる。凪いだ海で大波を待っていてもしょうがないのだ。



    でも、自分で波をおこすって超しんどい。取りあえずなんでもいいから取りかかろう!と思って立ち上がっても、その一歩目を踏み出すハードルの高さにくじけてしまう。すぐに「今日はちょっと無理〜」となって妖怪寸前に戻ること数日。いよいよ本格的にヤバくなってからどうにか人間に進化する。というのをくり返す人生だった。夏休みの宿題なんて、その典型的な例である。







    今も、まあまあ本格的にヤバいところまで来ている。おかしいな、そろそろ間欠泉が噴き出してもいい頃なんだが。大人というのはいつまでも妖怪ではいられないのだ。時には自分で自分のお尻に火をつけて飛び上がらなければ、どんどん社会から取り残されてしまう。



    ああ、早くちゃんとした人間になりたい。




     
     
     

    葉月

     
     
    連載小説は一気読み派です。

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