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#02┃ あなたが見ているのは「相手」ではない

    前回

    私たちは相手そのものではなく

    「相手についての解釈」を見ている

    という話をしました。


    今日はそこを

    もう一歩だけ深く見てみます。


    少しだけ思い出してみてください。


    「あの人、冷たいよね」

    と思ったことはありませんか。


    でも別の誰かは

    同じ人を見て

    「あの人、さっぱりしてていいよね」

    と言ったりする。


    どちらが正しいのでしょう。


    ここで起きているのは

    評価の違いというより

    見えている世界の違い

    です。


    人は

    相手の言葉

    相手の表情

    相手の態度

    を見ているようで


    その意味を

    自分の中で自動的に作っています。


    たとえば

    返信が遅い人に対して

    「大事にされてない」

    と感じる人もいれば

    「忙しいんだろう」

    と思う人もいる。


    相手は同じでも

    体験はまったく違う。


    つまり

    私たちは

    相手を見ているというより

    相手に意味をつけた自分の世界

    を見ています。


    ここで少しだけ

    不思議なことが起きます。


    人はよく

    「相手を理解したい」

    と言います。


    でも実際には

    理解という名のもとに

    自分の枠に入れようとしている

    ことが多い。


    「この人はこういう人」

    とわかった瞬間

    安心しますよね。


    予測できるから。

    扱いやすくなるから。


    でもそのとき

    相手はもう

    “生きている存在”ではなく

    “自分の中の人物像”


    になっています。


    これは責める話ではありません。


    人間の脳は

    世界を整理しないと

    生きていけないからです。


    ラベルを貼ることで

    安心している。


    ただ

    もし人間関係が

    苦しくなる瞬間が

    あるとしたら

    それは

    相手を見ているつもりで

    自分の作った像を見ているとき

    なのかもしれません。


    相手は

    今日も少し変わっている。


    今この瞬間も

    動いている。


    でも私たちは

    昨日のイメージで接してしまう。


    そのズレは

    小さく見えて

    関係を少しずつ固めていきます。


    もしかしたら

    人間関係が動かなくなる理由は

    ここにあるのかもしれません。


    「相手を見る」とは

    何を見ることなんだろう。


    この問いは

    まだ続きます。

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