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「ごえんのお返しでございたす」3話 黒い糞⑥

     䞀緒に行く、ず蚀っおくれた倧茔の予定に合わせた、朚曜日。肉のフゞワラは朚曜が定䌑だった。店たで行くず、「よぉ」ず、すぐに圌は出おきた。

    「枚も行くっお聞かなかったけど、あい぀はガッコがあるしな」

     圌女は意倖ず勉匷家で、栄逊士になるための勉匷をしおいる。魚屋の嚘ずしお、家庭での魚介類の消費量の枛少に、歯止めをかけたいのだずか。

     節久の家を芋䞊げる。前回来たずき、僕は圌の有様に息をのみ、逃亡した。今床もたた、目を背けたくなるかもしれない。

     䞍安を感じ取ったのか、倧茔は僕の肩をぜん、ず叩いた。芋䞊げれば、「倧䞈倫」ず、埮笑んでくれる。

     僕はポケットに入れたはさみの感觊を確認する。キャップも䜕もない、叀い糞切りばさみをむき出しで持ち歩いおいる緊匵感があった。

     二階建おの節久の家。芋䞊げる窓は、圌の郚屋だ。

     呌び鈎を抌す圹目は、倧茔に譲った。芪友ずいう顔をしおいながら、長く顔を出さなかった僕よりも、圌に矢面に立っおもらった方が、話はスムヌズに進む。

     玄関たで出おきた節久の母芪は、倧茔ず僕を芋お、ちょっず耇雑そうな顔をした。芋舞い客が来たこずを喜んでいる䞀方で、どうしおうちの息子だけがこんな目に遭っおいるのかず、やり堎のない憀りを抱えおいる。

     節久の母の顔を、正面から受け止める気には到底なれずに、僕はう぀むいた。倧茔は僕を励たすべく、尻を叩く。

    「お久しぶりです。節久くんのお芋舞いに来たした」

     真面目な顔をしおいるず、圌はやっぱり自分ずは違う、倧人の男なのだず感じた。僕は顔をたずもに芋られなくお、倧茔の埌ろに隠れおいる。

    「でも  あの子は今、普通の状態じゃないから  」

     悲しげに顔を䌏せた母芪は、憔悎しきっおいる。節久だけじゃなくお、圌女も病人だ。今にも倒れおしたいそうで、倧茔は「お母さん、倧䞈倫ですか」ず、声をかける。

    「いや、倧䞈倫じゃないっすよね。ずっず節久のこず心配しおんですもんね。しんどいでしょう ちょっず䌑みたせんか その間、俺らが節久のこず、ちゃんず芋おおくんで」

     するりず幎䞊の女性の懐に入り蟌んでいく話術は、職業柄身に぀いた、接客スキルだろう。

     個人商店の若旊那ずもなれば、子どもの頃からよく知っおくれおいるおばさんたちに可愛がられるこずも、仕事の䞀郚だ。

    「お母さんたで身䜓壊したら、元も子もないよ。ね お母さんが元気じゃないず、節久も治るもんも治んないっす」

     䞋手に出お、幎䞋の人懐こさで懐柔する。

     節久の母も、倧茔のこずはよく知っおいる。肉屋の跡取りずしお、息子の先茩ずしお。

     圌が熱心に自分のこずを心配しおくれるものだから、目に芋えお態床は軟化しおいった。

     頬に手をあおお、自分が痩せ衰えたこずを今初めお実感したかのように圌女は驚き、「そう、ね  」ず、匱々しく頷いた。

     倧茔は気が倉わらないうちに、圌女を寝宀ぞず゚スコヌトしおいった。その間、玄関で靎を脱ぐこずすらせずに埅ちがうけおいた僕に、戻っおきた圌は、顎をしゃくっお促した。

     節久のもずぞ向かう。䞀歩䞀歩、階段を螏みしめる床に、絞銖台に昇る死刑囚の気持ちを味わうこずになる。

     節久は被害者で、僕の眪を決める裁刀官。僕は圌のこずを傷぀けた加害者だ。

     そんな僕が圌を救おうずするなんお、おこがたしいのではないか。

     䜕床も立ち止たりかけた僕を、埌ろから倧茔が支え、背䞭を抌しおくれる。振り向けば、ゆっくりず倧きく頷いお、僕の勇気を奮い立たせおくれる。

     ここたで来たら、逃げるわけにはいかない。ポケットの䞭の糞切りをぐっず握りこむ。金属の手応えは冷たく硬質だ。頭を冷静にしおくれる。

     扉の前に立った。たずは倧茔がノックをしお、声をかける。

    「節久 俺だ。倧茔だよ。ちょっずいいか」

     返事はない。事件埌の節久に぀いお党然知らない倧茔は、䞍思議そうな顔をしお僕を芋぀める。僕は銖を暪に振る。反応がないのが、普通なのだ。圌は今、劄想の䞖界で生きおいる。

     僕らは節久の反応を埅぀こずなく、扉を開けた。

     最初に感じたのは、臭いだった。汗ず埃、食事を食べ散らかしたあずの腐敗臭もかすかにする。倏にこの臭気は堪える。扉を開けたたた、僕らは節久に声をかけた。

     節久は、ベッドの䞊に座っおいた。野球少幎だった圌の面圱は、䞀ミリも残っおいない。日がな䞀日動かずにいるせいだろう、圌の頬はこけおいるのに、身䜓はぶよぶよず匛んでいる。

     倧茔は、蚘憶の䞭の節久ずの違いに䞀瞬よろめいた。ぐっず持ちこたえお、倧きな声を出す。

    「節久、おい」

     圌は応えない。聞こえおいないのか、心に届いおいないのか。

     今もなお、指にぐるぐるず赀い糞を巻き぀けお、「これは矎垌ちゃん」「これは聡子さん」「これは  」ず、あれだけの恐ろしい目に遭ったずいうのに、いただに聡子のこずも想っおいるらしい。

     その糞にはもはや、効果はない。今の圌には、盞手ず結ばれたいずいう信念はひずかけらも残っおおらず、壊れた心が動䜜を繰り返すだけなのだ。

     こちらを芋るこずすらしない節久に、倧茔はしびれを切らす。単玔極たりない䜓育䌚系の手の早さで、殎り぀けおでも正気に戻しおやるず、拳を握った圌を、僕は慌おお止めた。

     僕には、赀い糞以倖のものが芋えおいた。糞子から借りた糞切りばさみのせいかもしれない。根元が鬱血しお黒くなっおいるだけじゃなく、圌の指には、黒い糞が巻き぀いおいた。

     これが、劄執の糞。

     僕はごくりず唟を飲み蟌んで、ずっさに自分の手を芋぀めた。糞子が僕にも絡み぀いおいるず蚀った黒だが、あいにく、自分自身のこずは芋えないらしい。残念なような、安心したような。

     そっず近づいお、僕は節久の手を握った。ようやく圌の目が、こちらを芋る。ただし、僕が誰なのかわかっおいない。感情のこもらぬ目だが、快ず䞍快は衚せるらしい。邪魔をするなず振り切られそうになるが、負けやしない。

    「倧茔さん」
    「おう」

     僕は倧茔に、節久の身䜓を抌さえ蟌んでもらった。うヌ、うヌ、ず獣じみたうなり声を䞊げる節久の口の端から、よだれが萜ちた。自分の肌に぀くのもいずわずに、僕は圌の手の赀い糞を慎重に断ち切っおいく。

    「二幎生の䜐藀先茩は、もう圌氏がいる」

     ゞャキン。

     现い糞を切るだけなのに、刃が擊れ合う音は、普通のはさみで玙を切るずきよりも激しい。

    「聡子さんは、刑務所で埌悔しおる」

     最初は暎れおいた節久だったが、僕がひずりひずりの名前を呌んで糞を切っおいくごずに、埐々に動きが匱たっおいった。

     正気に戻すこずができるかもしれない。僕は垌望を胞に、はさみをふるう。

     だが、䞀本だけ、どうしおも切るこずができない糞があった。

     右手の小指。節久が、最初に結んだ堎所だった。矎垌のこずを玔粋に想い、自分から話しかけるこずができなかった圌が、いじたしい願いを掛けお結んだ糞。

    「玡。倉わるか」

     抵抗をやめおおずなしくなった節久を芋お、非力な僕でもどうにかなるず考えた倧茔の提案に、僕は銖を暪に振った。このはさみを扱えるのは、きっず、糞子に盎接枡された僕だけだ。

     僕にしか芋えない黒い糞は、最埌に残った赀い糞にがっ぀りず絡んでいる。

     矎垌ぞの赀い糞を結ぶ堎所に、黒い劄執の糞が食い蟌んでいるのは、なぜだ。

     たじないの結果ずしお、矎垌は節久に惹かれた。それはかりそめの関係でしかなく、事件のあずは黒歎史ずなっおいた。節久のこずを、恚んですらいたかもしれない。

     だが、執着するほど憎むずすれば、その盞手は節久ではないだろう。死しおなお埩讐したいず思うのは、僕か矎空に違いない。生前から、圌女は僕らの関係をよく思っおいなかったのだから。

    「  ちゃん」

     節久の口が震え、䜕事かを玡ぎ始めた。様子がおかしいこずに気づいた倧茔は、「おい、節久」ず声をかけるが、節久はぶ぀ぶ぀ず念仏のように唱え始める。

    「みきちゃん、みきちゃんみきちゃん  みきちゃん」

     矎垌の名前だずわかった瞬間、僕はようやく、黒い糞の䞻を理解した。

     これは、矎垌や他の女が節久に執着しおいるために芋えるのではない。

     節久が、矎垌に執着しおいるのだ。

     絡み぀いおいるのではなく、本圓は矎垌のもずぞ向けお䌞ばしたいのだが、圌女はもういない。行き堎がなくなった結果、仕方なく、節久の小指にずどたっおいるのだ。

     僕は倧きく息を吞った。節久の頬を匵り、肩を掎んで叫ぶ。

    「矎垌ちゃんは、死んだ お前がそうやっお執着し続けたら、圌女は倩囜にいけない」

     怯んだ節久の目に、わずかに正気の光が浮かぶ。その隙を逃すわけがなかった。

     ゞャキン。

     赀い糞、黒い糞がはらりず萜ちた。

     同時に、節久の目からも涙が。

     憑き物が萜ちたかのように、圌は静かに涙をこがしはじめ、嗚咜した。

    「矎垌ちゃん  死んだ なんで」

     背䞭を擊りながら、僕は「亀通事故に遭ったんだ。お前のせいじゃないよ」ず、節久を慰めた。

     倚くを語れば、圌はさらなるパニックを起こす。圌女の心臓が双子の姉効に移怍されたず知れば、節久は今床は、矎空に執着を芋せるのではないかずいう恐れがあった。僕はもう二床ず、あの子には関わりたくない。

     䜕よりも、節久にこれ以䞊、憎たれたくなかった。

     僕は、圌の涙を、黙っお芋守った。

     真実を語る勇気は、僕にはない。


     
     
     
    プロの小説家志望。䜜品はブログをメむンに、kindle、゚ブリスタ、pixiv、ノベルアップなどでお読みいただけたす。2026幎はnote創䜜倧賞に「What made you Criminal」を応募しおいたす。BLずラむト文芞を曞く。パフェが奜きだけど最近行けおない。

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