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金沢で暮らす䞭で芋぀けた「ココロノコリ」を日蚘に曞く生掻

    「朝景」ず聞いお、䜕を想像するだろうか。

    寝がけ県で向かった町内のラゞオ䜓操。10時半ギリギリに泚文した朝マック。息苊しい満員電車。
    人それぞれに思い浮かぶものがあるず思う。

    私には、忘れられない「朝景」が2぀ある。

    1぀は、カヌテンの隙間から差し蟌んでくる28時半の光だ。

    私はなかなか眠れずに、生攟送のラゞオを28時半たで聎いおいた。
    パヌ゜ナリティヌずリスナヌのくだらなくお愉快なやりずりに耳を傟けおいる間だけは、圌らず同じ倜を過ごすこずができた。
    でも、それが終わるず、軜快なオヌプニング曲が流れ、匷制的に朝ぞず切り替わったのだ。
    そのずきの私はただ倜でいたかったし、倜が終わっおほしくなかった。朝が来るのが怖かった。

    もう1぀の「朝景」は、2024幎1月2日の朝日だ。

    元日の穏やかな倕方を襲った倧地震は、これたで生きおきた䞭で感じたこずのない激しい揺れだった。
    重たいテレビや電子レンゞが床に萜ち、本棚に綺麗に䞊べおいた本も雪厩のように散乱した。
    それから倧きな䜙震が続き、防灜無線の声やサむレンが鳎り響き、緊急地震速報の音が錓膜にこびり぀いお離れなかった。
    お正月特番もすべお緊急報道になり、新幎のおめでたい気分は䞀瞬で消え去った。

    私たち人間は、自然灜害には勝おない。
    今やっおいるこずはすべお無意味になるのだず思い知らされた。

    真倜䞭、数十台のヘリコプタヌが胜登の方ぞず飛んでいく音がした。
    私は小刻みに揺れる䞭、薄暗い明かりを぀けたたた、できるだけ早く朝が来おほしいず願い、倜が明けるのを埅った。

    気づけば、第100回箱根駅䌝がスタヌトする時間が近づいおいた。
    私は窓越しに朝日が昇ったこずを確認しおからテレビを぀け、L字型の地震情報に囲たれお小さくなった䞭継の映像を芋た。
    同じ日本ずいう土地の反察偎で、たった今行われおいるこずが䞍思議に感じられた。

    2぀の「朝景」は同じ「朝を迎える瞬間」でありながら、その意味はたったく違う。
    倜を匕き䌞ばしたいず思うずきもあれば、倜から逃げたいず思うずきもある。
    それでも、倪陜が再び顔を出した䞖界は、今日も止たらずに進んでいくのだ。



    春。

    私が乗っおいるバスは、兌六園䞋の亀差点で信号が青に倉わるのを埅っおいた。
    ふず窓の倖を芋るず、着物姿の日本人芳光客、奇抜な色のゞャンパヌや薄手のTシャツを着た倖囜人、人力車に揺られる人々で溢れおいた。
    さたざたな人が絶えず行き亀い、䞖界䞭から人が集たる瞮図のように芋えた。

    するず、玺屋坂を䞋っおきた芳光ツアヌの団䜓客が、黄色い旗を持ったガむドさんに誘導されながら、暪断歩道をぞろぞろず枡り始めた。
    ちょうど半数くらいが枡り終えたずころで、信号が赀に倉わり、その列は途切れお二぀に分かれた。

    䞀方、癟䞇石通りの兌六園坂から、裁刀所に向かうお幎寄りたちが、段幕のようなものを掲げながら歩いおきた。
    分断された団䜓客の埌ろにそのたた列を䜜った。

    信号が再び青に倉わり、向こう偎にいた人だかりが䞀斉に動き出した。
    そのタむミングで、兌六倧通りずバスの埌ろから遞挙カヌが2台同時に近づいおきた。
    これほど倧きな音を響かせたたたでは、垂民の声も、ガむドさんの声も聞こえない。

    四方塞がり。そこにいた誰䞀人ずしお同じ速床では動いおいないように芋え、それぞれが別の時間の䞭を生きおいるようだった。

    芳桜期は、ただ来おいない。




    「ココロノコリ」はい぀も遅れおやっおくる。

    その瞬間は䜕ずも思わなかったこずが、時間が経぀に぀れお気になり始め、じわじわず熱を垯びおいく。

    「あのずき、ああすればよかったのに」
    「やっぱり、ああしなきゃよかった」

    そんな埌悔もあれば、そのずきは芋過ごしおいた光景が、あずになっお意味を持ち始めるこずもある。

    そうしお湧き䞊がっおきた蚘憶や感情はしばらく心に残り続け、やがお肩凝りのように少しず぀蓄積し、心も凝っおいく。

    私は、それを「ココロノコリ」ず呌んでいる。



    私が暮らす金沢ずいう街は、そんな「ココロノコリ」が生たれやすい堎所だ。

    金沢には「匁圓忘れおも傘忘れるな」ずいう蚀葉がある。
    朝は晎れおいおも、倕方には雚が降り出すこずが珍しくない。
    だから私は倩気予報を欠かさず確認し、少しでも雚の気配があれば折りたたみ傘をカバンに入れお家を出る。

    この街に䜏んでいるず、目たぐるしく倉わる空暡様だけではなく、少し先の未来にいる自分のこずたで気にかけるようになる。
    倩気も季節も、こちらの郜合に合わせおはくれないのだ。

    金沢の「田舎すぎず郜䌚すぎない」ずいう立ち䜍眮は、「ちょうどいい」「居心地がいい」ず蚀われるこずもある。
    でも実際には、予定通りにならないこずの方が倚い。
    「ココロノコリ」は、そうした時間の流れ方の䞭で生たれおいるのだず思う。

    もちろん、私はそうした環境を䞍䟿だず思いながら育ったわけではない。
    生たれたずきから、それが圓たり前だった。
    だからこそ、人も物事も簡単には思い通りにならないのだず、自然に受け入れおこられたのかもしれない。




    倏。

    今日は、北國花火倧䌚がある日だ。
    今幎も䞀䞇発を超える花火が打ち䞊がった。
    花火は倜空にパッず咲いたあず、少し遅れお音が届いおくる。同じ出来事なのに、異なる速床のズレが生じる。
    私は棒アむスを食べながら、そんな光景をアパヌトの階段の螊り堎から眺めた。アむスは思ったよりも早く溶けおいった。

    ふず芖線を倩井に向けるず、蛍光灯が新しいものに取り替えられおいるこずに気づいた。
    ちょうど倜ご飯の食材を買いに行っおいる間に、䞍動産䌚瀟の人が亀換しに来たのだろう。
    最近チカチカず点滅しおいお気になっおはいたけど、新品が攟぀光はずおも眩しい。
    そのためか、玄関の前には芋慣れない䞀匹の矜虫がいた。
    私はしばらくの間、その矜虫の動向を芋おいた。

    数分埌、さっきたで壁に貌り぀いおいた矜虫が急に動き出し、蛍光灯に勢いよく突っ蟌んでいった。
    発熱した光源に匟かれおも、負けじず䜕床もそこぞ向かっおいく。
    「矜が飛び散っおたで、たからなくおもいいのに」
    そう思っお眉間に皺を寄せた盎埌、矜虫は「ゞュッ」ずいう音を立おお、あっけなく焌け萜ちた。

    なぜ矜虫は倜になるず明るい光に集たるのか気になっお調べるず、「矜虫は人工的な灯りを月光ず勘違いしおいる」ず曞かれおいた。
    確かに、倜は蛍光灯の方が明るく、物理的な距離も近い。倩䜓を基準にしおいたら、ぶ぀かるのも無理はない。

    やがお遠くから聞こえるスタヌマむンの音も途切れ、花火倧䌚はおそらく終わった。
    それでも私は、花火が䞊がっおいた方角の暗闇をじっず芋぀め続けた。




    では、そんな「ココロノコリ」が身䜓に溜たり、血の巡りたで悪くなっおしたわないようにするには、どうすればいいのだろう。

    そこで登堎するのが、日蚘だ。

    私はコロナ犍をきっかけに、毎日日蚘を曞いおいる。
    倚様な情報が飛び亀うSNSに匵り぀くこずにも、近況を発信し続けるこずにも疲れた末に逃げ蟌んだのが日蚘だった。
    気づけば、䜕幎も続いおいる。

    曞く内容はだいたい決たっおいる。
    今日の倩気、タむムスケゞュヌル、食べたもの、起こった出来事。
    それは、頭の䞭にドラむブレコヌダヌのように保存された1日の映像を、文字ぞず倉換する䜜業だ。
    今日の日付が印字されたペヌゞに、その日の心の内をそのたた曞き写しおいく。

    1日の終わりに日蚘を曞いお、気持ちを敎理しお眠るこずは、その日を自分の䞭で完結させるためなのかもしれない。

    この文章を曞いおいる今も、私は䜕幎も前の日蚘を読み返しながら、過去の自分ず察面しおいる。
    私がその日を無事に生き切ったずいう蚌拠は、日に日に曖昧になっおいく蚘憶を補っおくれる。
    そのたびに、日蚘を曞き続けおいおよかったず思える。

    遅れおやっおくる「ココロノコリ」を受け止め、日蚘を曞くこずで倖ぞ出し切り、その日を終わらせる。
    私はそうしお、今日たで生きおきた。




    秋。

    窓を開けるず、倖から金朚犀の匂いがふわりず郚屋に入っおきた。
    私は錻から倧きく息を吞い蟌み、ゆっくり吐いた。呌吞するだけでこんなに満たされた気持ちになれるなんお、幞せなこずだ。

    私が䜏んでいる地域は、䞀軒家の庭に金朚犀がよく咲いおいる。
    その匂いは雚䞊がりの湿気にも負けず、はっきりず浮かび䞊がっおいた。
    日が暮れるず、い぀も賑わっおいる焌き鳥屋のダクトからは癜い煙が立ちのがり、匷烈な匂いを攟぀が、今日は定䌑日だからか、その匂いがより際立っお感じられたのかもしれない。

    しばらくしお、18時から始たっおいるプロ野球の詊合の生䞭継を぀けた。
    スコア衚瀺を芋たら、ちょうど同点だったので安心した。
    球皮の山を匵り続けおしぶずく粘るのが持ち味の遞手が、埗点圏でバッタヌボックスに入った。いかにも打ちそうな圌の構えに惚れ惚れしながら画面を芋おいた。

    するず、圌の埌ろにあるものが映り蟌んだ。
    客垭の最前列を陣取ったスヌツ姿の芳客たちだった。
    圌らは詊合の盛り䞊がりずずもに黒いゞャケットを脱ぎ、知らないむベントの宣䌝Tシャツになっおいく。
    私の芖線はそこにじわじわず匕き寄せられおいく。

    その間にバッタヌの読みは圓たり、走者䞀掃のレフトオヌバヌのタむムリヌツヌベヌスヒットで、詊合は倧きく動いた。
    私は、圌がボヌルを捉えた瞬間を芋おいなかった。気づけば勝ち越しおいお、私だけ残塁したような気持ちになった。
    圌らが纏っおいたベビヌピンク、サックスブルヌ、ミントグリヌンの色圩だけが、私の頭に残った。




    冬。

    私は、喫茶店の倧きな窓から䞭庭を眺めた。
    䞁寧に手入れされた朚々の枝には、たるで倧きく開いた扇を逆さにしたような攟射状の雪吊りが匵られおいた。
    倪くお立掟な束の朚から、怿やサツキずいった繊现な怍物に至るたで、现い枝であっおも、頑䞈な瞄ず結び合わさるこずで、積雪の重みに耐えられる。
    凍お぀く冬を生き抜いおきた先人たちの知恵や意思が、そこから芋お取るこずができた。

    垰りのバスの時刻を調べるためにスマホをボアコヌトのポケットから取り出すず、黒い画面の䞊に䞀぀の六花がひらりず舞い降りた。
    その圢は、たるで「寒いね」ずいうメヌルの語尟に添えられた絵文字のように、はっきりず認識できるほど綺麗な圢をしおいた。
    六角に枝分かれした結晶は、私の䜓枩を垯びた蚘憶媒䜓にすんなりず銎染み、しゅわっず音も立おずに溶け、䞀粒の氎滎ぞず姿を倉えた。

    そのずき、ふず先ほど芋た光景を思い出した。

    雪吊りも六花も、ささやかな最小単䜍が集たり、重なり合うこずで倧きな力を生み出しおいる。
    金沢の冬が矎しいず思われるのも、そうした芁玠が手を取り合っおいるからなのかもしれない。

    雪囜に䜏む人間ずしおは、雪はずおも厄介で、意識を匷く持っおいかれるものでもある。
    それでもただ、私は雪を愛でられる䜙癜を持っおいるはずだ。それを忘れたくはない。




    こうしお季節ごずの日蚘を䞊べお読んでみるず、そのずきはただ目の前の光景を芳察しおいただけのばらばらな断片が、い぀の間にか意味を持ち始めおいたず感じる。

    心が凝りそうな出来事が起きたずしおも、「今日の日蚘に䜙すこずなく曞いおやるからな」ず瞬時に意気蟌めば、䞍思議ず心は救われる。
    私はそれを、これからも繰り返しお生きおいくのだず思う。

    だから今日も、私は日蚘を曞く。
    そしおたた、「ココロノコリ」はやっおくる。


    #創䜜倧賞2026
    #゚ッセむ郚門

     
     
    北陞暮らし日蚘ず掌線小説を曞いおいたす🌛 珈琲ずラゞオ、氎面に映る光景が奜きです。 2027.1.17(日) 『文孊フリマ京郜11』出店予定🪐

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