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過去と現在と未来①〜noteがつなぐ縁

    ゆる

    先日、面白い出会いがあった。

    noteと現実のあわいめが、少しだけ融けた。

    ふとしたコメントから、ぐいっと私の過去にさかのぼったのだ。

    お相手はさくら餅さん。
    フリーライターで本もたくさん出しておられる方。というのを、フォローしてから初めて知った。

    私が農業法人で働いていることと、アフガニスタンで人道支援をしておられ、現地で亡くなられた中村哲医師についてのさくら餅さんのご著書がきっかけで、少し会話した。

    すると、私が20年以上前に書く仕事をしていた時に出会った、ルワンダの義肢を作る日本人女性、吉田真美さんとさくら餅さんが、取材を通して親交を深められていることがわかったのだ。

    神奈川県茅ヶ崎市生まれの吉田真美さん(以降、真美さん)は20代のとき、ルワンダの民族間の紛争(1994年〜/大虐殺と言われている)の際に、斧で手足を切られたり病気で手足を失って不便を強いられている人を目の当たりにし、なんとかしなければと、日本の義肢を作る親方の元で一生懸命義肢製作を学び、単身ルワンダに渡って、以来、現地の人に義肢を提供する仕事を続けている。

    ルワンダで出会ったパートナーと日本に帰国するたびに活動報告を兼ねた講演会を毎年していて、私はその際に真美さんに同行し、話をたくさん聞かせてもらって記事にした。

    元気が有り余る感じの真美さんは、大変な仕事をしているのにケラケラしていて、そのパワーと気さくさに圧倒されながらも楽しい時を過ごした。

    その後私は、仕事を辞めて長い育児期間に入り、真美さんとも連絡を取らなくなってしまった。

    その後、映画「ホテル・ルワンダ」が公開され(2004年)、より多くの人がルワンダのことを知ることになったけれど、ルワンダといえば真美さんだったので、とても懐かしく思ったのだった。

    ↓さくら餅さんのご著書。
    「義足と歩む ルワンダに生きる日本人義肢装具士」(松島恵利子/汐文社)

    さくら餅さんとやりとりをしていたら、行動力のあるさくら餅さん、双方の了解を得たうえで即座に真美さんのFacebookのMessengerにもつなげてくださった。


    なんと真美さん、私のことを覚えておられた!

    Messengerでやり取りする真美さんは、まぁ、昔と全く変わらない口調ですぐに安心してしまった。
    こんなに変わらない人もいるのだな、と、とてもうれしかった。

    当時はまだ、真美さんとパートナーのガテラさんが立ち上げた、義足をルワンダに届けるNGO「ワンラブ・プロジェクト」は始まったばかりだった。

    頻繁に更新されるFacebookの記事を読ませてもらうと、ルワンダでの生活、義肢を提供した方のストーリー、想い、明るい真美さんの日々の様子がリアルに伝わってきた。

    毎年、春から秋には日本各地で講演会をされるそうなので、東京でもどこでも馳せ参じようと、いまから楽しみにしている。

    noteをやっていると、過去の自分を振り返ったり日常を日記のように思い出しながら書いたりするけれど、具体的に未来にまでつながったのは初めてのことだ。

    ②はこちら


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    ゆる

     
     
    田舎暮し、雪国、6人の子育て 徒然なるままに 書く仕事→農業法人事務、副業で校正 子の不登校、ASD多め 質問箱 https://note.com/qa/hay_yur

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