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世界へ!グローバル時代の日本人

    ~プロローグ~

    海の向こうの世界へ。

    目的・訪問地は様々ながら、年間1400万人超が、日本国外へ行くらしい。
    予断を許さぬ国外情勢や、通貨価値問題など色々な要因もあるが、それでも割と多くのヒトが海外へ行くのだなというのが率直な感想だ。
    単純に1日あたり4万人弱が国外へ行くのだから、それは凄いことではないかと思う。
    コロナが流行る前、2019年に至っては年間2000万人が出国していたようなので、1日あたり5万5千人くらいのヒトが海外へ行ったのだ。
    大げさに言うと、凄まじい国外志向だ。多くのヒトが積極的に見聞を広めたり、新しい経験をしたりしているのだから、良いことだと思う。

    しかし、だ。

    なぜ日本人は各界で、海外で通用しないのだろうか。
    スポーツ界のスーパースターは、各界日本人が増えてきており、オリンピックや国際大会に於いて、日本は一目置かれた存在ではある。スポーツ界では、日本はあらゆるスポーツに於いて強豪の立場にある。

    しかし、一般人レベルというか、フツーの人々界隈では、日本人は世界でなかなか通用しないのだ。なぜだろうか。

    この疑問に対する答えは、海外在住歴20年を超える僕なりの解釈がある。
    海外で出会った多くの日本人たちが答えに結び付くので、1つずつ、検証してみた。
    するとそこには、驚愕の事実があるのだ。

    ~Vol 1 「俺らみたいなVIP」~

    僕が社会人1~2年目の頃、仕事柄良く空港に行っていた。
    シンガポールに住んでいたので、チャンギ国際空港だ。
    全日空便や日本航空、シンガポール航空を利用する日本人観光客と接する機会が多く、空港には365日中360日くらい行っていた。つまりほぼ毎日だ。
    空港というのは、おとなしく飛行機に乗れば良いだけであるが、阿鼻叫喚の場所にも成り得る、非常に厄介な場所でもある。

    その日も、そんな厄介な連中に捕まっていた。

    50代前後のおじさん10人くらいで、皆、顔を赤らめていた。
    航空会社のカウンター前だったので、これから日本へ帰国するというタイミングだ。
    顔が赤いのは、お酒なのか、ゴルフなのか、定かではない。
    いずれにせよ、10人中7人くらいが、怒っていた。
    こちらの不手際があったのだろう。といっても、命に関わるようなコトではなく、大したコトではないのだが、とにかく怒っていた。
    大の大人なのだから、気分良く旅を終えれば良いものの、それでも怒っていた。
    対応したのが、20代半ばのあんちゃん(僕)なので、怒りやすかったのかもしれない。
    僕は内心、ああ、困ったな、さっさと帰れよな、飛行機が出るぜ、と思っていたが、ひたすら頭を下げて謝っていた。ここは空港だ。周りの視線もある。みっともない気持ちだった。
    そろそろ謝り疲れた頃、10人中怒っていない側のおじさんの1人が、ぽつりと、「まあまあ、そのへんで」と、怒っている側のおじさん7人をなだめはじめた。そして僕に向かって、「この子が悪いわけじゃないんだし。ね。」と僕をかばってくれた。ああ、良かった。
    続けて、こう言った。
    「俺らみたいなVIPのお世話、大変でしょう。なかなか良い経験だよ、VIPはうるさいからさ」と、穏やかながら、やや偉そうに言った。
    そして僕に名刺を差し出してくれた。
    「まあ、また来年来るだろうからさ、頼むね」と言い残して、さっと左手を挙げて少しだけ振り向きながら、帰国の途に就いた。
    そうか、VIPだったか。
    出国カウンターへ向かうヨレヨレしたおじさん10人組の背中をぼんやり見つめながら、改めて名刺に目を落とした。そこにはこう記してあった。

    「〇〇クリーニング店 店長補佐」

    僕はタバコに火をつけて一服し、心を落ち着かせてから次の仕事に向かったのだった。

    ~Vol 2 「謝罪文が欲しい」~

    大人しそうな女性2人組だった。
    会社の同僚同士で夏休みで海外へ来た、という雰囲気だった。
    特段何か目立った様子もなく、仕事の疲れを旅で癒しているようだった。
    ただ、そのうちの1人が、あまり現地の食事が合わなかったようだった。
    「四川料理は私には辛すぎて、、」と少し申し訳なさそうに言った。
    それだけの出来事だった。

    後日、日本に帰国した彼女から、こんな申し出が届いた。

    「食事が全体的においしくなかった」
    「日本人には合わないのではないか」
    「お陰で旅の間、ずっと体調が優れなかった」
    そして最後に一文、「謝罪文が欲しい」
    僕は、あの会話の場面を思い返してみたが、あの容貌と、この要求のバランスが悪く、本当にあの人が言っているのか、と半信半疑だった。
    しかし、差出人は間違いなく、あの「四川料理が私には辛すぎて」からなのだ。

    僕は2、3度、内容を読み直した。
    なかなかだな、と思った。
    なんなんだ、と思った。
    食事が美味しいか美味しくないかは、人それぞれだろう。隣のお連れは美味しそうに食べてたじゃないか。
    日本人に合う合わないって言ったって、日本には1億人以上いるのだ。誰が基準なのよ。
    体調不良は、食事のせいだけかい。時差や旅疲れはないのかい。

    そして、お決まりの謝罪文。
    実はこれは、日本人に良くあるのだ。
    なぜか日本人は、謝罪文が欲しいらしい。
    僕はいつも、疑問に思う。
    届いた謝罪文を読んで、そして、どうするのだ。
    旅のお土産のチョコレートでもつまみながら、ふんふんと謝罪文を読み、
    そうか謝ってきたなら許してやろう、と微笑みながら大切にファイルに入れて旅の記念品とするのだろうか。
    もしくは謝罪文の中の一行などにまた難癖を付けて再度突っかかってくるのか。
    いずれにせよ、この手のヒトは、難しいのだ。
    最近はカスハラなる言葉もあるが、僕が社会人になりたての頃は、そんな言葉はなかった。等しく、お客様は神様、であった。

    結局、何度かのやり取りを経て、直筆謝罪文と食事代の返金ということで、事態は収束した。

    この2人組は、今も世界のどこかへ仲良く出かけては、また同じようなことをしている気がしてならないのだ。

    ~Vol 3 「全然興味ないんだけどさ」~

    大手企業によくあるのだが、正式社名を出して旅行へ行く事はあまり無い。
    つまり、〇〇株式会社御一行様、とは言わず、ABC御一行様、のように一見すると何の集団かわからないようにカモフラージュするのだ。
    社名を出すと、「あ、あの会社、売り上げ悪いくせに海外へ社員旅行してやがる、株主にロクに還元もしないくせに」、とか、オフのだらしない格好の社員を見られて、「あ、あの会社、普段パリッとスーツ着てるけど、オフになるとビール片手に海パン一丁でネックレスじゃらじゃらつけてガラ悪いんだ」、とか言われるのが嫌なのだろうか。
    理由は様々だろうが、いずれにせよ通りすがりの方々には分からないようにすることが多い。
    正々堂々社名を名乗って、節度のある楽しみ方をすれば、むしろ「ああ、あの会社はオフも大人な過ごし方をしているなあ、さすが皆マナーも良いなあ」と思われるなら何も問題ないのだろうが、まあ、カモフラージュする時点で、会社が社員をそこまで信用していない証でもあるのだ。

    ある超有名企業が、数百人でアジア某国へ来た。社名はカモフラージュ版だ。意外だと思った。社名を出せば良いのに。

    夜になり、ある相談を持ち掛けられた。
    要は、男性社員の有志だけで、ちょっと良いとこへ行きたいんだけど、ねえ、わかるよねえ、という内容だ。

    こちとら忙しい日々で、知るか、という事ではあるが、仕事柄そうもいかない。
    結局、有志たちは、ぞろぞろと30人くらいホテルのロビーに集まった。半
    袖、半パン、ビーチサンダルに赤ら顔で、皆にたにたしていた。

    タクシー複数台に分乗し、目的地へ。
    僕もそのうちの1台、先導車に乗った。
    車内で僕の隣に座った50すぎのおじさんは、しきりに、「本当嫌なんだよね、こういうのさ、全然興味ないんだけどさ」と、独り言のような感じで何度も言っていた。厚い眼鏡を掛けた真面目そうなヒトだった。
    嫌なら来なければ良いだろう、と思うのだが、続けて、「まあ部長が音頭取ってるからなあ」と言っていた。
    これは、「ワタクシは、本当は行きたくないのに部長のせいで無理やり行かざるを得ないヒトなのだ」、という事を、僕に言いたいのか、自分自身に言い聞かせているのか、よくわからない感じだった。

    そして、復路。
    厚眼鏡のおじさんはタクシーの車内で見慣れぬアジアの熱帯夜を眺めながら静かにこう言った。
    「全然興味ないんだけどさ、まあ部長も喜んでたしね、良かった」
    僕は、厚眼鏡おじさん含む有志たちが、無事ホテルへ戻ったのを見届けてから、やっと帰宅の途に就いた。既に深夜になっていた。
    帰り道、この会社がカモフラージュの社名を使っている意味が良く理解できた。

    ~Vol 4 「スイートしか泊まらない」~

    昨今は、修学旅行で海外へ行く学校が増えている。
    僕たちが学生の頃も、そういった学校があったが極めて稀であった。そして行くとしても、お近くの韓国くらいのものだった。それでも、ああすごいなあ、修学旅行で外国へ行くのかあ、という感じだった。
    ただ、今の時代は、韓国ももちろんだが、アメリカやオーストラリア、シンガポールに台湾、ハワイ、カナダ、と、世界あちこちに沢山の学校が行くのだ。その殆どは私立学校で、親も金銭面で大変だなあと思う。まあ、子供が見聞を広め、外国の文化に触れるのだから、なんとか工面して、こつこつと積み立てをして送り出しているのだろう。少しでも我が子の成長の足しになる経験をして欲しいなという願いを込めて。
    学生たちは、ホテルは割と質素な、所謂スタンダードクラスのホテルに泊まることが多い。まあ、学生にとってはワイワイと連日楽しいものだろう。ホテルのランクは、学生にとってはあまり気にする所ではないのだ。
    そして引率の先生も同じく、皆が無事に行程を過ごすなら、ホテルのランクなど気にしないという方が殆どだ。

    ところが、一部ではあるが、教育者としての資質を疑わざるを得ない先生、理事長、校長、教頭などもいるのだ。
    良くあるのは、「お部屋をアップグレードして頂戴」「ほかの誰よりも高層階にして頂戴」、そして「スイートしか泊まらない」というヒトもいる。
    先生たちもある程度自身で旅費を出しているだろうと信じたいが、引率として行くのだから、学生たちの積立金などからも出ている筈だ。
    こういう類のヒトは、少しでも学生たちの為に、という発想はそもそも無いのだ。私は一番下の部屋で良いので、少しでも学生たちに良い思いをさせてあげて頂戴、、という謙虚な姿勢は微塵もない。
    「お部屋に赤ワインを2本入れておいて頂戴」「限定の焼酎を入れておいて頂戴」「2日目の夜、リムジンをチャーターしておいて頂戴」と、いう頂戴系要望を平気な顔で伝えてくるのだ。学生が何を学ぶかは、あまり興味がない様子で、自身の贅沢にしか興味がないのだ。
    某私立学校の先生は、こんなことを真顔で言っていた。
    「子供たちは適当で良いんだけど、それよりも俺の部屋、スイートになってる?来年もウチみたいなマンモス校に来て欲しいなら、それなりの誠意を見せてよね、分かってるでしょう?」

    この先生は、パパが理事長の学校で若くして校長に就任し、気鋭の若手教育者ともてはやされている。

    ~Vol 5 「マル秘」~

    秘密や機密を意味する言葉、「マル秘」。
    何となく緊張感を醸し出すような単語ではあるが、国家機密や企業情報などそんなたいそうな話ではない。

    「会社取締役が来ます。相方はマル秘なので偽名を使ってほしい」
    「マル秘だけ別の飛行機で来ます。高級車でお迎え必須」

    要は、タダナラヌ関係の方を、マル秘と呼ぶのだ。
    この場合、本人及び相方(=大体おじさん)は、まさか自分がマル秘と呼ばれているとは微塵も思っておらず、ただただ、お忍びの海外旅行へ行くだけなのだ。
    そしてこのマル秘は、たいてい、わがままである。まあ、何を言っても相方(=大体おじさん)が叶えてくれる訳だし、自然とわがままにもなってくるのだろう。
    そして相方(=大体おじさん)は、マル秘のご機嫌を損ねないように、会社の経費などを使って、高級ホテルのスイートを取り、飛行機はビジネスクラスを取り、朝はゴルフをして過ごし、夜は高級レストランでスパークリングワインなどを頼むのだ。本人は海外ならバレない、という姑息な安心感のようなものを抱きながら、一生懸命汚い羽根を伸ばして満喫しているつもりだろうが、傍から見ると、良い歳してふりまわされてやがらあ、と笑われているとは思わないのだろう。

    ある時、マル秘が予定の5日間を早めて4日目に日本に帰ると言う。
    「マル秘、1日早く帰るらしい」と、界隈では囁かれるわけだが、まあ、他人にとってはどうだって良い話で、「何かモメゴトがあったのだろうな、相方(=大体おじさん)は、まぬけな顔して1人でスイートで過ごすんだな」と、界隈は笑いをこらえるのだ。

    そして朝、ホテルのロビーを拗ねた顔をしながら早足に歩くマル秘を見た。
    マル秘は、想像とは違い、地味だった。

    ~Vol 6 「アイムノーイングリッシュ」~

    長く海外で暮らしている為、英語ペラペラでしょうと言われる。
    しかし実際は、英語ペラペラとは程遠く、恐らくこの先ペラペラにはならない。流石に英語を話されて、ウッと身構えることは無いが、ハァ?とは良く言われるのだ。このハァ?は日本人が使うのと同じ意味で、アメリカ人なども使うのだなと驚いたものだ。
    海外在住20年でもこの有様なので、観光客の英語は、ほぼ伝わっていないと考えた方が良い。

    僕が思うに、日本人の英語が海外で伝わらない理由は、カタカナでフリガナを書いて覚える教育を受けたことが一因だと思う。カタカナが良くない。

    ヘイ、マイケル。プリーズギブミースリーストロベリー、と言ったところで、全く現地では通じない。
    正しく発音するとマイケルはマイコーに近いし、スリーはサリーに近いし、ストロベリーはスチョロベリーに近いのだ。

    数年前、生意気な男と仕事をした。30代半ばくらいの男だった。
    事前に散々生意気なことを言ってきて、一体どんなやつだと、
    気を重くしてアメリカで待ち構えていた。
    アメリカで仕事のミーティングを、僕と、その男と、現地アメリカ人女性の合計3人で行う事になっていた。
    実際に会った彼は、想像通り小生意気な男で、黒縁眼鏡を掛けて、シュッとスーツを着こなしていた。眼鏡の奥の目は鋭く光っていた。
    僕と簡単な挨拶を済ませた後、現地アメリカ人女性が遅れてミーティングにやってきた。その時、彼はすっと席を立ち、女性に向かってこう言った。

    ハロー、マイネームイズマルイ。プリーズコールミー、マル。
    バット、アイムノーイングリッシュ。サンキューベリーマッチ。

    僕はなぜか、こいつ、いいやつだなと思った。

    ~Vol 7 「日本だったら考えられない」~

    日本人は、郷に入っては郷に従え、という事が苦手だと思う。
    こんな堅苦しいながらも的を得た先人の言葉があるにも関わらず、とにかく苦手なのだ。そして海外の至るところで、必ずこう言うのだ。

    「日本だったら考えられないよね」

    日本の常識は世界の常識と思っているのか、それとも、日本が大好きなのか知らないが、とにかく、やたらと日本と比べたがる。それがマレーシアにいようと、香港にいようと、アルゼンチンにいようと、日本と比べたがる。

    電車が遅れようものなら、途端に、「日本だったら考えられないよね」と言う。冷静に考えると、日本もしょっちゅう電車は遅延しているのだが、海外に来ると、公共交通機関が遅れるなんてことはあってはならず、常に時間通りに来るべきなのだ、という思いが言葉として出るようだ。
    スコールがざっと降ると、「わあ、日本だったら考えられないよね」と言う。通り雨やゲリラ豪雨は年に何度も経験しているだろうに。

    日本食レストランに入り、天ぷらうどんなどをすすりながら、「いやあ、出汁がイマイチだな。この値段でこの味、日本だったら考えられないよね」などというお父さんもいる。黙って日本で近所のソバ屋に行けば良いのだ。

    インドに行った時のことだ。
    ガンジス河の畔を歩いていると、5歳くらいのインド人の女の子が寄ってきて、「にほんじん?」と聞いてきた。きれいな発音の日本語だった。驚いて、「うん」と答えると、「おかねちょうだい」と言いながら、小さな手を差し出してきた。少し微笑みながら、まっすぐな瞳で僕を見ていた。小さな手は真っ黒だった。
    そしてさらに驚いたのは、翌日だった。なんと同じ女の子が、「にほんじんでしょう。きのうもいたね。おかねちょうだい」と流ちょうな日本語で言ってきたのだ。ガンジス河の畔はとてつもなく大勢の人がいる阿鼻叫喚の場所だが、日本人である僕は彼女にとって特徴的だったのだろうか。
    この子は恐らく日本人観光客に、こういった言葉を教えてもらったのだろう。日本人を見つけたら、こう言いながら手を出してごらん、と。
    だからきっと、日々そうやっているのだ。ただ生きるために。

    日本だったら考えられない。世界は広い。

    ~Vol 8 「ネクスト」~

    昨今、入国審査はどの国も厳しくなってきているようだ。

    国際情勢の悪化が一因だと思われるが、以前にも増して厳しくなってきている為、何も悪い事をしていなくても、やや緊張を伴う。

    シンガポールとマレーシアのように友好的な隣国同士であれば、大抵にこやか且つスムーズなのだが、例えばアメリカで無表情な審査官に「ネクスト」、と言われて手招きされると少々怖さすら感じる。大体の出入国審査場は審査官が複数いるので、審査される側としては、ああ、あの3番の窓口のヒトは優しそうだなあ、でも5番は怖そうだなあ、などと思ってしまう。そしてこんな時は大抵5番から「ネクスト」と呼ばれたりするのだ。

    それにしても、日本人観光客の方々の審査は、傍から見ていると実に面白い。先ず、愛想笑いをしながら窓口へ早足で向かう。そして、潔く帽子を脱ぎ緊張した面持ちで写真を撮る。次にオヤユビなどと言われ従順にオヤユビを小さな機器に押し付けて指紋検査。まあ、ここまでは大体みんな一緒なのだ。
    そこから1つ、2つ、審査官に質問をされる。ホテルを聞かれて、「ええと、どこだっけ、ママ」「シェラトンよ、パパ」という老年のご夫婦。滞在日数を聞かれて、「スリーデイズ」と指で3を示しながら元気よく背筋を伸ばして答えるお父さん。滞在目的を聞かれて「ウェディングアンドショッピングアンドサイトシーイング」と律儀に答える若いカップル。まあ、大抵は一般的な質問且つ、非常に古典的なのだ。そして最後に審査官は片言で、キヲツケテネ、などと一言ボソッと言うのだ。

    ハワイの入国審査場での出来事だった。
    僕の前は40代くらいの、おとなしそうな日本人女性だった。1人で来ているようで、黙って携帯電話を触りつつ、腕時計をしきりに見ていた。少し緊張してそわそわしている様子だった。
    そして、ネクスト、と呼ばれて程なくして、彼女は別の審査官に促されて別室へと向かった。遠目に見えるその横顔は、不満と不安を交えつつ、どこか諦めたような虚ろな表情だった。

    審査官は1日何百人、何千人も見ている。
    彼らは膨大なデータと人を見るプロの観察眼を持っているのだ。
    一昔前までは考えられなかったことだが、残念ながらこうした日本人女性が今、世界の至る所で強制送還されることが度々起こっているのだ。

    ~Vol 9 「日本円に換算したら」~

    円安が続いている。
    簡単な仕組みが原因ではないことは分かっているが、まあ、一言で言うと、
    世界的に円が弱くなった、という事だろう。
    失われた30年、という言葉ともリンクしてくると思うが、諸外国の成長に比べて、日本は成長速度が遅い(もしくは、減速している)ためだと思われる。

    30年前、良く日本人は、こう言っていた気がする。「台湾行ってきたけど、いやあ安かったよ、500円あればお腹いっぱいよ」「はい、これバンコクのお土産。これで2千円だよ、安いでしょう」「上海で色々買いまくってたった3万円だったよ」等々。確実に、海外=安い、というイメージだった。
    今や、真逆だ。
    「アメリカでビール1本、ラーメン1杯で3千円だぜ」「シンガポールでちょっと屋台で食べたら1万円だったよ」「オーストラリアでコアラと写真撮ったら7千円だってさ」等々。海外=高い、となってしまった。

    30年前は、日本円でたったこれだけ、というニュアンスだったが、現在は、日本円でこんなにも、というニュアンスに変わってしまったのだ。

    インドネシア・バリ島や、タイ・プーケット島など歩いていると、日本人観光客がよく現地露店などでこんな会話を繰り広げているのを耳にする。
    「ヤスイヨ、ミテヨ」
    「これ、ハウマッチ?」
    「10万ルピア」
    「高いね」
    「オッケー、トクベツヨ、8万ルピア」
    「うーん」
    「オッケー、イマダケ7万ルピア」
    「日本円に換算したら、600円ちょっとか、うーん。よし、じゃ買おうか」
    「サンキュー」

    こうして、世界あちこちで、日本円で150円くらいのものを600円で買って、「日本円に換算したら」思考の人々が、弱い円を現地で落としていき、そしてなぜか海外では、ぼったくりに対して寛容思考になる傾向にあるのだ。

    ~Vol 10 「視察」~

    よく「〇〇議員団海外視察」や、「〇〇県議会視察団」というのがある。
    あれは一体、現地でどんなことをしているのだ、と横目で見ながら通り過ぎるのだけれど、大方の想像通り、大したことは何もしていないのだ。
    ビジネスクラスで渡航し、観光バス内で寝て、ショッピングモールで買い物をして、懇親会と名付けた夕食会で5コース料理などを食べ、一流ホテルの高層階の部屋から夜景をちらりと見つつ寝る。それだけなのだ。
    一応、世間体があるので、滞在中に1-2箇所だけ現地工場や建設現場などをチラ見しておき、全体写真を1枚パシャっと撮っておき、懇親会へと向かう。全体写真は、ホームページに載せる為にも必要なのだ。
    こんなことを税金でするのだから、せめて名称は視察ではなく、慰安にでもすれば清々しいと思うのだが、慰安では税金は使えないだろうから視察と付けておかなければならない。
    今の時代、SNSもYouTubeもあり、世界中どの場所でも「行った気」になれれるのだから、この程度の視察ならば、それらの手段で代替になると思うが、そうはいかない。代々受け継がれた伝統行事なのだ。
    一方でとても熱心な視察もある。
    ある上場企業は、専用のカメラマンを現地へ連れていき、映像も回すという本格的なものであった。
    ただ驚くことに、空港へ着くなりトイレも視察するとのことで、有無を言わずに撮影しながらトイレに入っていった。仕事熱心なタイプなのか、言われたことに疑問を持たずに愚直にやるタイプなのか知らないが、ダメに決まっているだろう。
    そして、「小便器3個、個室2室、ハンドドライヤーは1個でした」、などと意気揚々と上長に報告しているのである。
    そして報告を受けた上長は、満足そうな顔をしていた。
    これも日本のビジネス界で大切にされている、報連相というやつだろうか。

    ~エピローグ~

    世界に誇る技術や文化を持ち合わせた日本は、間違いなく素晴らしい国であると思う。

    ただ、こうも思う。

    謙虚すぎて、損をしていませんか、と。
    建前を気にしすぎて、小さくなっていませんか、と。
    本心を隠しすぎて、誤解されていませんか、と。

    スポーツや芸術、エンターテイメントのように、所謂、素の部分をむき出して戦ったり表現したりすると、世界のトップを走ることができるが、
    一般人の生活レベルで考えると、素の部分が分厚く囲われてしまい、素晴らしさが大きく損なわれてしまうのだ。
    だから、世界で活躍する多方面の人々を見ると、とても輝いて見える。
    本当は自分自身も輝けるはずなのに。
    本当は自分も出来るはずなのに。
    そんな鬱積した思いを抱えている人が増えているのではないだろうか。
    電車の中吊り広告を見ながら、ああ良いなあ、こんなところで住みたいなあ、等と漠然と思いながら、ただ日々が緩やかに過ぎていないだろうか。

    僕は、日本を離れて20年以上が経つ。
    だから思うのだ。
    もっとシンプルに生きてみれば良いのに、と。
    もし走りたいなら、走れば良いと思う。
    学びたいなら、学べば良いと思う。
    とてつもない潜在能力を持つ日本という国が、もし素の部分をむき出しにして多方面で世界へ飛び出した時、素晴らしく輝くだろうなと。
    早くそんな時代になり、世界の至る所で、もっともっと多くの日本人が活躍する姿を見ることが出来れば嬉しいなあ、等と、遠い国からぼんやりと思っているのだ。

    了


     
     
    米国在住の大手日系企業勤務日本人。 様々な分野での経験をお伝えしていきます! #海外在住20年超#アメリカ#アジア#旅#スポーツ#子育て# 大学受験#就職氷河期世代#挑戦#起業#健康#家族#友達#夢

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