
雨の音
つい最近、バイクで事故に遭ってしまった。幸い怪我はなかったものの、バイクの修理が終わるまではモノレールで通勤することになった。
バイクに乗っている時は、カッパを着ても雨が強くなると染みてきて、梅雨のこの時期は本当に嫌だった。
今年の梅雨は涼しいと感じる日も多くて、モノレール駅までの道を傘をさして歩くのは思ったより嫌いじゃない。
仕事帰りの満員に近いモノレールに乗り込み、podcastを聴いて、携帯をいじる人たちを眺める。
バイクに乗っているときも帰りは渋滞ばかりだったけど、モノレールに乗ってたくさんの人がいるのを見ると、こんなに人が暮らしていたんだと驚く。他人との距離の近さにもまだ居心地の悪さを感じる。
終点に近づくにつれ空いてきた席に座り、その後は小説を読んで過ごした。
モノレールの駅を降りて、ふと、雨の音を聞きながら帰ろうと思った。
Podcastや音楽を聴きながら帰ることも多いけど、なんだかいつも頭に入る情報が多すぎる気がして、そんな気分になった。
しとしと降るなか、傘に当たる雨音を聞きながら歩いていくと、自然の中の雨の音ってどんな音だろうと気になった。
ほとんどの人が聞く雨の音は、傘に当たる雨の音だ。
道路はコンクリートに覆われ、車が水たまりを通り過ぎる音、トタンに跳ねる雨の音も、人工物を通して聞こえる音だ。
木に当たる雨音ってどんな音だっけ?
街路樹に当たる雨の音も、自分がさす傘に当たる雨音にかき消される。
森の中の雨音は、どんな音なんだろう。想像していた雨音より静かかもしれない。
傘を閉じて街路樹に当たる雨音を聞いてみようかとも思ったけれど、帰ってからやらないといけない家事のことを思い出して踏みとどまる。
とりとめもなくそんな思考を巡らせながら家に着くと、裏庭からカエルの大きな鳴き声が聞こえた。
人間ばかりの中にいて忘れていたけど、自然の中のほうがいろんな生き物がいて騒がしいのかもしれない。
勝手に静かだと思った自分に、カエルが雨の日の音を教えてくれたようで、なんだか笑ってしまった。
帰りながら考えたことが無駄に思えて、でも、別に意味がなくてもいいじゃんとも思った。