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【不登校の佐々木くん】#09 最後の告白

    「先生の名前は清水 裕翔って言います。小川先生の代わりに、今日から新しく西川中学校三年五組の担任をすることになりました。卒業までの短い間ですが、みんなと一緒に最高の思い出を作りたいと思っています。よろしくお願いします」

     私は教卓の前で、精一杯の誠意を込めて深く頭を下げました。長かった夏休みが明け、今日からいよいよ新学期が始まります。校庭には蝉の名残惜しそうな鳴き声が響き、久々に再会した生徒たちの活気ある声が溢れております。
     
     しかし、私にとっては、この瑞々しい新学期の始まりは、これまでにないほど張り詰めた緊張の幕開けでもございました。傷ついた生徒たちの心をケアし、全員を無事に卒業へと導いてあげなければならない。

     私の言葉に応じるように、教室内からはぞろぞろと、どこか元気がなく、遠慮がちな声で「よろしくお願いします……」という呟きが返ってまいりました。当然の反応です。彼らにとって、私は小川先生の不在を突きつける異物のような存在に過ぎないのですから。

     私は深く息を吸い込んでから、教室内を見渡しました。そして、クラスの緊張を少しでも和らげようと、努めて明るいトーンで声をかけました。

    「じゃあ、今から、先生への質問コーナーにしようか。何か質問のある人はいる? 趣味でも、好きな食べ物でも、何でもいいよ」

    「はーい」

     教室の中ほどから、一人の男子生徒がにやにやと笑いながら手を挙げました。

    「じゃあ、ええっと……」

     私は教卓の上に貼られた座席表に素早く目を落としました。

    「……曽根くん。どうぞ」

    「先生は何歳ですか」

    「二十八歳です」

    「んーと、先生はどこから来たんですか? この辺に住んでるんですか〜」

     この質問は絶対に来ると思っておりました。中学生特有の警戒心と好奇心が含まれた質問です。私は微笑みながら答えました。

    「ここから車で一時間くらいかかるから、少し遠いけど、隣町の栗山中学校というところから来ました。先生はこっちに引っ越してきたばかりだから、まだこの辺りのことは何もしらないんだ。美味しいお店とかあったら教えてほしいな」

    「栗中では何してたんですか!」

     曽根くんの隣に座っていた、別の男子生徒が調子に乗って大声を挙げました。

    「こらこら、質問は挙手してからでお願いしますよ。まぁ、今回は特別に答えるけれどね。向こうでは三年生の副担任をしていました。だから、たまたま私の手が空いていて、この学校のピンチに呼ばれたというわけです。さっきも言ったけれど、クラスの担任をするのは今回が初めてなんだ。だから、みんなお手柔らかにね」

     教室内から、小さな笑い声が漏れました。少しだけ、空気がほぐれたような気がいたしました。私は心の中で小さくガッツポーズをいたしました。

    「彼女いるんですか!」

    「いませんよ〜」

     本当はいますが、教師としての建前上こう言っておかなければいけません。きっとここでいると答えてしまえれば話がそちらに逸れてしまうし、面倒事は避けたいのです。

    「他に質問がある人は?」

     すると、教室の一番前、教卓の真ん前の席に座っている、真面目そうな丸メガネをかけた女子生徒が、すっと手を挙げました。しかし、彼女は私の指名を待つこともなく、じっと私の目を凝視したまま、自ら質問を口にしたのです。その声は、中学生とは思えないほど低く、平坦で、どこか冷徹な響きを含んでおりました。

    「……小川先生は、どうなったんですか」

     教室内の空気が、一瞬にして凍りついたのが分かりました。先ほどまでふざけ合っていた男子生徒たちも、一斉に口を閉じ、教室内は水を打ったように静まり返りました。正直に申し上げまして、これもいつかは聞かれると思っておりました。大人たちが隠そうとしても、ネットや噂話で事件の概要は生徒たちの耳に入っているはずですから。

     私は教員としての倫理観と、彼らを不安にさせないための配慮を天秤にかけ、言葉を慎重に選びました。

    「……小川先生は、警察の方々が今も懸命に捜してくださっていますが、まだ見つかっていません。先生も、小川先生が一日も早く、元気な姿で学校に戻ってきてくれることを心から願っています。みんなで無事を祈りましょう」

    「はーい」

     メガネの女子生徒は、私の回答に満足したのか、それとも最初から答えなどどうでもよかったのか、感情の読めない声でそう返事をし、視線を教科書へと落としました。私はこの重苦しい空気をどうにかして払拭しなければならないと焦り、再び教室内を見回しました。

    「他には? 誰でもいいよ。……じゃあ、そこの、窓際の、植田さん」

     指名された植田さんという女子生徒は、少しはにかみながら立ち上がると、クラスの雰囲気を変えようとするかのように、悪戯っぽい笑みを浮かべてこう言ったのです。

    「先生は、この学校の七不思議について知ってますか?」

     その言葉を聞いた瞬間、それまで押し黙っていたクラスメイトたちが、示し合わせたかのように「クスクス」「アハハ」と、一斉に含み笑いを始めました。その笑い声は、私を歓迎するような温かいものではなく、まるで私だけが知らない秘密を共有している者同士の、酷く薄気味悪い響きを持っておりました。すごく不愉快でした。

     私は新任の教師として、少し困ったように頭を掻きながら笑いました。

    「七不思議? いや、赴任してきたばかりだから、この学校の怪談については何も知らないな。やっぱり、動く二宮金次郎像とか、そういうやつかな?」

     生徒たちは互いに顔を見合わせ、さらに小さく笑いました。すると、先ほど私を問い詰めた一番前のメガネの女子生徒が、再びゆっくりと手を挙げ、教卓の上の私を見上げて言ったのです。

    「知らないなら、一つ目から教えてあげますね。先生、この学校の七不思議の一番目は……」

     
     

    発散

     
     
    はじめまして。よろしくお願いします。

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