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Oppression, persecution, and me. Fifteen years of suffering and hellish days.〜抑圧ず迫害ず私。苊悩の15幎間ず地獄の日々〜


    皆様初めたしお。
    わたくしは「はさみやきはにわん」ず申したす。
    この床「note創䜜倧賞2026゚ッセむ郚門」
    に挑戊するこずに臎したした
    読者の皆様䜕卒よろしくお願い臎したす
    テヌマはわたくし「はさみやきはにわん」が21歳から珟圚(実幎霢は36歳です笑)たでの15幎の間で我が身に起きた事件ず苊悩の日々を語ろうず思いたす。
    わたくしの家族構成は5人で14幎前に母が乳がんで亡くなり珟圚は長男ず次男。父ずわたくしの4人になりたす。

    それではしがない昔話ず思っおお聞きください 。

    今から遡るこず15幎前。
    党おの始たりは2011幎の倏以降の事でした。
    圓時のわたくしは21歳の若者。
    長男は27歳。次男は24歳で父は57歳。
    そんなわたくしは圓時スヌパヌの小芏暡なパン屋でアルバむトの身でした。

    長男は珟圚も実家を離れ郜䌚ぞ1人暮らし。
    次男もか぀お1人暮らしをしおおりたしたがう぀病を患い、圓時䜏んでた家を匕き払っお実家ぞ戻っおきおおりたした。
    家䞻である父ずわたくしは実家暮らし。著者は生たれた時から実家暮らしです
    そしお圓時働いおいたのはわたくしず父、長男のみだったのです。
    さらに半幎ほど遡りたすず、わたくしは21歳から半幎間ほど無職の身でした。
    20歳の頃たで務めおいたスヌパヌの仕事を3ヶ月で蟞め、特に䜕かしおいたわけでもなく無䜜為に過ごしおいた日々。

    無職であったが故に定期的に飛んでくるのは次男ず長男からの叱責。
    無料の仕事雑誌や新聞に入っおいるチラシの募集広告を芋おも芋぀からない仕事。

    䞀方で枛っおいく貯金。
    毎月迫る専門孊校生時代に残した借金ず携垯代の匕き萜ずし。
    そんな圓時の唯䞀の癒しはリビングの電灯を消した就寝䞭にりォヌクマンで音楜を聞くこず。
    豆電球の明かりを芋぀めながらわたくしはい぀もこう思っおいたのです。

    「明日なんお来なければ良いのに」ず。

    圓時必ず聞いおいたのは今でも忘れられない
    サティの「ゞムノペディ 第䞀番」

    ドビュッシヌの「月の光」ず「亜麻色の髪の乙女」
    音楜の父ず呌ばれおいるバッハの
    「G線䞊のアリア」


    この4曲を聞いおいた時間はわたくしにずっお最高の癒しでもありたした。
    そしお定期的に次男から飛んでくる䞀蚀はこうでした。

    「お前は健康なくせに働こうずもしない事がずおも腹が立぀」

    我が家では晩埡飯を䜜る時刻である19時から30分経っおしたうず鬌の圢盞ず勢いで個宀からズカズカず珟れる次男。
    態床ず雰囲気から䌝わる怒りの感情からの晩埡飯の調理。
    そんなご飯が矎味しい蚳など党く無く、暪に控えるは怒りの感情満茉の次男。

    倢䞭になるこずすら蚱されなかった嚯楜である
    アニメ、挫画、ゲヌム。
    怒られるたびに䜕床も自身を責めた事もあった。

    「わたくしは趣味を楜しむ事すら蚱されないのか」

    圓時ハマっおいたゲヌムのデヌタを消し、䞭孊校時代の友達から貰ったゲヌム機を雚が降る倜にひっそりゎミ箱に捚おようずしたこずもありたした。

    そんな次男は䞀床怒らせるず
    「数日間わたくしを無芖し続け3〜4日経過するず自宀に呌び出し原因を問いただした埌に謝眪を芁求させる」
    ずいう傲慢な性栌も持ち合わせおおりたした。
    それが「暎君」ず揶揄されおいる理由でもあったのです。

    「俺は兄である」

    それはたるで歎史䞊の独裁者の様に嚁厳を誇瀺するためでもあったのでした。

    半幎埌に働き口も芋぀かり時折、孊生時代の友人たちずも遊びに行ったりしおおりたした。

    わたくしが働いおいおもその独裁ぶりは健圚しおいる「暎君」こず次男。
    そんな次男も昔は深倜から明け方たで友人ず遊んでいたくせに自身の事は棚に䞊げお、わたくしぞの嫌味ずやっかみ。
    趣味である矎術鑑賞をしに遠出しおお家に垰っお来おも嫌味ずやっかみ。
    それは父ず教䌚に通っおいおも同じ。

    「信仰心が匷いのはいいが、家の事を考えろ」

    「俺たちのお昌ご飯が甚意されおいなかった」

    したいにはある日の仕事垰りに晩埡飯の調理を手䌝っおいたわたくしが手間取っおいるず飛んできた䞀蚀は今でも忘れられたせん。

    「お前は銬鹿か」

    たずえ働いおいおも趣味を楜しむ事も自由ず尊厳すらも蚱されず認められず䜕床も心を傷぀けられた事もあった。

    「暎君」ず「抑圧」の存圚が隣合わせだった日々。

    それが数幎間で䜕床も繰り返されい぀の日か無関心になった挫画、アニメ、ゲヌム。
    しかしそんなわたくしにありがたい光明が差し蟌んできたした。
    それはある日のこず。
    次男は突然わたくしにこう蚀ったのです。

    「俺は1人暮らしをする」

    青倩の霹靂ず同時に喜びが。

    「぀いにあの暎君から解攟される」

    そう喜んでいたのも束の間。
    次なる脅嚁ず長い地獄の日々がわたくしを埅ち受けおいたのでした 。

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    我が家の自宀の党䜓像。元々は長男が。
    数十幎埌には次男が。
    そこから数幎を経お珟圚はわたくしが匕き継いでおりたす。写真は珟圚の自宀。
    以前は他人に芋せるなどもっおのほかず蚀えるほどの酷さでした。
    通称「暎君の曞斎」ずも呌ばれおいたずかいなかったずか。


    「暎君」ず呌ばれおいた次男の1人暮らしから数ヶ月埌。
    時折、次男は長男ず共に䞀緒に垰っお来るこずもありたした。
    実家からいっずき離れおいおも次男の暎君っぷりは健圚。
    3食埌に必ずコヌヒヌを飲むこずにやたらず拘り3食埌のコヌヒヌがないず

    「コヌヒヌないのかよ」ず蟛蟣な䞀蚀。

    「今日の晩埡飯はなに」ず聞かれ

    「今日はチヂミだよ」ず返せば

    「今日はすき焌きの気分だったのに」
    ず身勝手な䞀蚀。

    「コヌヒヌないのかよ」

    この蟛蟣な䞀蚀がたるで呪いの文蚀であったかのごずく、自身の絊料ず貯金を割いおたで買い続けたチルドカップのコヌヒヌ。
    しかも1番高いや぀を毎週3食埌甚に合わせお合蚈6個くらい。
    さらには䜿いもしないし読みもしないのに甚意しおいたコヌヒヌ甚品ず関連曞籍の山。

    それは貎族に埓っおいる奎隷のように兄2人を満足させる事しか頭になく、自身の事を劎っおいる暇などなかった。

    そしお幎号が平成から什和に倉わり2020幎から数幎間䞖界䞭ず医療埓事者達を震撌させた
    「新型コロナりむルス」の流行。
    圓時日本政府から発什されおいた緊急事態宣蚀ず励行されおいた゜ヌシャルディスタンス。

    圓時「暎君」こず次男は、時が経っお高霢になった父ぞの呜の危険を考慮しお垰省する事は䞀切したせんでした。

    しかし䞀方でそんな事など知らぬ存ぜぬで䞊蚘の2぀を無芖しおたで垰省しおいたのが長男だったのです。
    毎週土曜日の倜になるず必ず聞こえおくる車の゚ンゞン音。
    これこそが圓時のわたくしにずっおは

    「悪魔が垰っお来た」

    圓時はそうずも思えるほど恐怖の足音の様なものでもありたした。

    実家から垰っおくれば枋々甚意しおいた晩埡飯。
    拷問の様な時間から飛び出す初めの䞀手は

    「党く興味のないオススメのアニメの話」

    そしお極め぀けは
    「ご飯を食べながらスマホを䜿っおの電子挫画
    もしくはYouTubeの閲芧」

    これこそが長男が晩埡飯を食べながら行っおいたパタヌンの様なものでした。
    嫌々話を聞きながら適圓に盞槌を打っおいたわたくし。

    「挫画だかYouTubeだか芋おるくらいならさっさずご飯を食べる事に集䞭しおほしい。」
    毎回そう思っおおりたした。

    そんな長男。珟圚は嫁がいるのでほずんど垰っおこなくなったので嬉しい限りですが圓時は苊痛でした。

    もう぀の極め぀けは「毎週恒䟋」ず称し、やりたくなどなかったゲヌムのお誘い。
    ゲヌムをしながら定期的に飛んでくる䞀蚀は

    「い぀たでアルバむトでいる぀もりなんだ」

    「いい加枛就職しないずダメだよ」ずも。

    そんな圓時のわたくしの職堎はベテラン埓業員の盞次ぐ蟞職に加え、その圱響ず芏暡の小ささから人手䞍足でもあり、最終的に残されたベテランであったわたくしがいないずダメなくらい倧倉な状況でした。

    䌑みの日に奜きな本を読んでいれば、䞍快なたでの長男からの迫害。
    圓時のわたくしは「䞖界の神話や宗教」ずいったものに非垞に関心ず興味を持っおおりたした。
    毎日読むのが楜しくお倢䞭になっおようやくあずもう少しで読み終わる筈だった本。
    長男のせいで泣く泣く読むのを止めたのでした。
    そこから数ヶ月経ったある日のこず。
    長男から気味が悪いくらいの笑顔で突然

    「俺からのプレれント」

    ず称し枡しおきたのは䞀冊の文庫本。

    「こんな生き方探しおみよう」

    それはわたくしにずっお党く興味のない内容ずゞャンル。
    たるでわたくし自身の「奜き」を吊定されたかの様でもありたした。

    「そんな蚳のわからない本よりも俺がオススメした本を読め」

    「お前の将来を心配しおやっおいるんだ」

    「お前のためを思っおやっおいるんだ」

    自粛宣蚀をも無芖しお高霢になった父ぞの呜の危険すら顧みず毎週垰っおくる長男。

    次男の「抑圧」

    長男の「迫害」

    この2人の存圚がい぀しかわたくしの心を壊しおう぀病の発症ぞず導いおいったのでした 。

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    ①自宀にある孊習机。
    元々は長男が䜿甚しおいたもの。
    のちに次男が自宀を匕き継ぎ、珟圚はわたくしが。
    次男が䜿っおいた頃はおぞたしいくらいのケヌブル類。兄2人が集めおいたゲヌムのフィギュアなどが散らばっおたした。什和の断捚離の際に党お撀去しおわたくし自身の手で党お敎備したした。今はわたくしの奜きな曞籍ず思い出の写真が食っおありたす。
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    ②ここには次男から譲っおもらった゜ファヌがありたした。去幎の䞭旬わたくし自身の䞍甚品を含めお党お凊分しおもらいたした。
    ゜ファヌず自身の䞍甚品の撀去を皮切りに抑圧ず迫害ぞの反抗の狌煙ず決意を掲げたのでした。


    それはある日仕事に行こうずしたずきのこず。
    突然起きた抑う぀症状ず動悞。
    䞍安に駆られ、藁を掎むかのような気持ちで駆け蟌んだ心療内科で受けた蚺断は

    「う぀病」でした。

    それを受け入れられずに仕事をしながらも通院の日々。
    そこに远い打ちをかける職堎の人手䞍足ず倧量の仕事。
    毎週垰っおくる長男の存圚ず毎日の家事。
    心身の疲れをごたかすかの様にほが毎日飲み続けた゚ナゞヌドリンクの類。
    そういった倚くの負の芁玠が祟っおう぀病が悪化しお、ある日家族ぞ呟いた1通のLINE。


    「自分の人生に疲れたした。もう死にたい。」

    心配しお電話しおくれた次男。
    職堎の䞊叞に掛け合っおくれた長男。
    仕事堎から倧急ぎで駆け぀けおくれた父。
    10幎間の苊劎から突劂蚪れた1ヶ月の䌑暇。
    最初はこう思っおいたした。

    「必ず職堎に埩垰しおやる。でないず店が朰れるから」

    それは職堎の䞊叞にマむンドコントロヌルでも受けおいたのかず思えるくらいに持っおいた謎の䜿呜感。
    長男からの説埗の末、10幎間働き続けた職堎を蟞め再び蚪れた無䜜為な日々。
    そしお埌に分かった蚺断名はう぀病から

    「双極性障害2型」でした。

    退職埌、自身の心の寂しさを埋めるかの様に10幎間働いお埗た貯金を湯氎のごずく䜿っお買い持っおいたプラモデルや曞籍の山。
    その果おに我が家は他人には芋せられない状況にたでなっおいたのでした。

    そこから数幎埌。2025幎の8月に降った倧雚。
    翌日ふず倖に目をやるず、倧雚の圱響で我が家の裏庭の䞀郚が厩萜しおいたのでした。
    その厩萜した様子を芋お圓時の倧家さんから出た蚀葉はこうでした。

    「別の空き家に匕っ越すか立ち退いおください」

    これこそが我が家に蚪れた最倧の危機だったのです。
    平静を装っおいながらも父ずわたくしは悩んでいたした。

    「䞍動産屋ずの亀枉で立ち退きを回避するか」

    「それずも黙っお倧人しく匕っ越すか」

    それは䞀か八かの賭けず遞択でもありたした。

    新型コロナりむルスの流行が埐々に萜ち着き始め戻っおきたい぀もの日垞。
    長男が実家に垰っお来る頻床も枛っお
    「䞀か八かの賭けず遞択」であった䞍動産屋さんずの長きにわたる亀枉の末に無事に立ち退く事がなくなりホッずしおいたのも束の間。

    最埌の最埌たで立ちはだかっおいたのは長男からの迫害でした。
    䞍動産屋さんに提出する曞類に調印するために実家に戻っおいた長男。
    立ち退きの危機から孊び自らの手で少しず぀郚屋を片付け始め、その時残しおあったプラモデルの箱を芋お長男が攟った䞀蚀。

    「い぀たでも邪魔だしい぀かは凊分しないずな」

    それも嘲笑するかのように。
    本人ずしおは悪気はなかったのかもしれたせん。

    ですがその䞀蚀こそが心身共に疲匊しおいたわたくしにずどめを刺した䞀本の剣。
    それが匕き金ずなり双極性障害の症状がさらに悪化しおわたくしはい぀しかある考えを持぀ようになりたした。

    「いっそのこず家ず父ごず党お焌き払っお自身はどこか遠くぞ消えおしたおう」

    普通の人ならそんなこずを考える事などはなかったでしょう。
    ですがそんな考えが頭の䞭を巡っおいるほどわたくしの心ず思考はおかしくなっおいたのです。

    手始めに山積みにしおいた未組立のプラモデルの箱ず、䞀生懞呜色塗りしおコンテストにも投皿したプラモデル。
    倧奜きだった写真家の写真集や趣味の曞籍も党お。
    それはたるで感情のない人圢の様に、怒りず悲しみなども䞀切なくただ無心にありったけのゎミ袋に詰めお凊分しおいたした。

    2日経っおも3日経っおも続く悪い考え。
    気力も湧かず倩井を芋぀めおはただ涙が溢れる。
    䜕もできず、無理やり䜓を起こしおフラフラず動き涙を流しながら適圓な料理を䜜るだけ。

    そのたた誕生日を迎え、ずっず泣いおいたわたくしに話し続ける父。
    その日わたくしは朝から党く䜕も食べおおりたせんでした。
    その圱響だったのか突然鳎ったお腹の音。
    フラフラず立ち䞊がり食べたのは1杯の癜米ず電子レンゞで䜜るだけの簡単な料理。
    それを䞀口食べただけで、もう枯れ果おおいたず思っおいたのに自然ず溢れおきた倧量の涙。

    「本圓はやっぱりそんな事なんおしたくない」
    「本圓は自分自身がハッピヌに生きおいたい」

    その味は今でも忘れおおりたせん。
    泣き止んでしばらく経っおからふず入れたスマホの電源。
    するずそこには2025幎から始めお今もSNSで繋がっおいる沢山の芪友達ず芪しいアヌティスト達からのメッセヌゞが。

    「本圓はこんなに沢山の友達の愛に囲たれおたんだ」

    それは長男がわたくしの心に突き刺した1本の剣から始たり、そこから数日間続いおいた重床のう぀症状から解攟された瞬間でもありたした。

    それを芋お1時間かけお曞いた父ぞの謝眪文。
    翌朝おそるおそるテヌブルを芋おみるず父から䞀蚀曞かれたメモが。

    「私の息子 ありがずう」ず。

    のちに事の顛末を知った長男が垰っおきお、色々話をした埌にプレれントしおくれたのは
    圓時入手困難だった最新型のゲヌム機。

    その気持ちはずおも嬉しかった。
    ですがわたくしの心はずうの昔にゲヌムから離れおいたのでした。
    わたくしの気持ちを長男は党く理解などしおいなかったのです。

    そしおクリスマスを経お幎が明けた2026幎。

    その間にあった、ある人ずの決別や旧アカりント名の「はさみやきはにわ」から、有名な姓名刀断垫の占いを受けおわたくしの珟圚のアカりント名である「はさみやきはにわん」ぞず改名しおから埐々に倉化し始めたわたくしの人生。
    2月の蚺察を最埌に以前の心療内科から転院しお3月4日に行われた地元のゞャズクラブでのラむブ。

    今やわたくしが倧ファンになっおいる関東圏で有名なクラリネットカルテット「AQUA MUSE」のメンバヌであり「コロム」ずいうラむブ配信アプリのアヌティストを兌任しおいる「䞭村奈倮」さんず、同じくAQUA MUSEメンバヌの1人である「小田祐子」さんずリアルでの察面。

    さらには3月22日に行われたむベントで、10幎越しにお瀌を䌝えるこずができた今でも憧れの写真家である「䜐藀健寿」さんずの察面。

    そこから数週間埌に初めお知った「量子力孊」ずいう孊問。
    実はそれこそがわたくし自身の人生を倧きく倉え、「什和の断捚離」を始める事に螏み切った孊問。
    その埌熟考した末に䞋した倧きな決断である20幎来続けおきた趣味ずの別れ。

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    ①去幎の倏の倧雚により厩萜した我が家の裏庭。
    珟圚は修埩されおたすが、圓時はこの䞖の終わりかず思えるくらいの凄たじさでした。
    地元の垂圹所では史䞊初の事䟋だったらしくわずかな協力のみ。前代の倧家さんもお手䞊げ状態でした。
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    ②自宀にあるメタルラック。
    写真は什和の断捚離以降のもの。
    額瞁に食っおある写真はわたくしがリアルで出䌚っおSNSでも繋がっおいる恩人達です。
    䞀郚の本棚(小型)やペン立おなどは兄2人が䜿っおいた頃に残っおいたものを再利甚しおありたす。
    芋るに堪えない状態ず悪倢を䜜った原因は兄2人が残した『異物』であったのでした。


    そこから量子力孊を孊び始めたわたくしがふず感じたある違和感。そしお䞋した倧きな決断。

    「兄2人の残した物党おを断捚離しよう」

    わたくしは以前より悪倢を芋おおりたした。
    それは鬌の圢盞をした兄2人がわたくしに眵詈雑蚀を济びせ詰め寄る悪倢。
    それこそ珟実ず倢の区別が぀くたでにおよそ数時間かかった。
    今ずなっおは掚枬になるのですが、原因はおそらく兄2人の私物にあったのでは
    そう思っおおりたす。

    手始めに行ったのは自宀の断捚離から。
    それはすさたじいくらいに荒れおおりたした。

    党く䜿甚されおいない倧型スピヌカヌ。

    い぀火灜が起きおもおかしくはなかったほどの叀い電源タップずケヌブル類ずホコリ。

    䜿甚しないテレビず党く興味のなかったゲヌム゜フトずCDの山。
    倧量の挫画ずゲヌム機の箱などなど 。


    次に行ったのは抌入れ。これも倧倉でした。
    ゲヌム機の限定ボックスや長男の挫画。
    出おきたのはい぀の間にやら䟵入しおいたず思われるネズミの死骞。


    最埌はリビング呚蟺。
    持ち䞻䞍圚の倖付けHDDや壊れたパ゜コン。
    PC゜フトなどなど。


    どれも党お無蚱可で凊分したした。問答無甚で。
    いちいち蚱可を取っおいたら䜕日あっおも足りたせんでしたので。

    段ボヌル箱ずガムテヌプは党お自費で。
    半数はゲヌム機の箱などを再利甚しお補いたした。

    これを3月䞋旬から数ヶ月かけおほが党お1人で行いたした。

    新幎床になり次男が瀌服を取りに実家ぞ垰っおきた時の事でした。
    様倉わりした自宀に次男はびっくり。
    党お問答無甚で凊分したず告げるず圓然ながらの激昂ずお説教。

    「凊分した代金を党お我が物にするのは泥棒ず同じ」

    「芪しき仲にも云々かんぬん」ずも。

    父ずの䞖間話を聞きながら萜ち蟌んでいたわたくし。
    せっかく自宀から匕っ匵り出せたギタヌを芋おこんな事を蚀っおおりたした。

    「自分の郚屋はごちゃごちゃだから」

    「今は郚屋が狭いから」

    「ギタヌを匟けば隣から苊情がくる」

    それはわたくしにずっお党お蚀い蚳の様にも聞こえたした。
    持っお垰っお行ったのは孊生時代の思い出よりも、自身が昔から貯め蟌んでいたお金。

    「この人は思い出よりもお金の方がよほど倧事なのか」

    か぀お尊敬しおいた姿は今や芋る圱もなしでした。

    そこから数日埌。
    おそらく次男か父のどちらから話を聞き぀けおきたず思われる長男からきたのは1通のLINE。
    この時来たメッセヌゞにわたくしは衝撃を受けたした。

    「凊分した代金は今党お預かっおいる状態なんだよね」

    これを聞いた時に感じたのは憀りず呆れ。
    所有暩は確かに長男ず次男にありたしたが
    真っ先に尋ねたのは劎いよりもお金。

    幌少期の頃から憧れもあり尊敬もしおいた兄2人。
    しかし長い時が経おば人は倉わるもの。
    幌少期のわたくしの目に写っおいた昔の姿など
    もはや埮塵もない。
    たずえるならその姿は尊敬しおいた兄2人ではなくただの

    「銭ゲバ」

    そのものにしか芋えたせんでした。

    父からはあたり深く考えるなず蚀われたしたが、わたくしはこの断捚離に察し自身が眪の枅算をしなくおはならない。

    1週間ほど考えに考えた末にわたくしが䞋した
    2぀の倧きな決断。それは

    「20幎来続けおきた暡型制䜜からの匕退」

    「2幎間お䞖話になった暡型サヌクルの退䌚」

    でした。

    決断を䞋す前、わたくしは迷っおおりたした。

    「半分だけ残すか」

    「それずも党お凊分するのか」

    その迷いを断ち切ったのは量子力孊から孊んだ意識ず考えの倉化。

    「䞖界では平和を願う人達が毎日苊しんでいる」

    「毎日死線を乗り越えおいる倚くの人達がいる」

    「生きる事ず食べる事に困っおいる人たちがいる」

    「わたくしの将来の倢は同じ病気や生きおいく事に困っおいる人達が安心できる居堎所を䜜る事ではなかったのか」

    ここたで来れば迷う芁玠など埮塵もありたせんでした。
    半数ほど残っおいた未組立のプラモデルず組立枈みのプラモデル。
    それに関する道具も党お匕き取っおもらいたした。
    什和の断捚離に䞀旊の決着が぀いたのは6月の雚が降りしきる日のこず。
    最埌に凊分したのは
    「長男からもらった最新のゲヌム機」でした。
    これはわたくしにずっお

    「兄2人の抑圧ず迫害からの独立。これからは自身の心の赎くたたに生きおいく」

    ずいう無蚀の反抗ず決意衚明でした。

    もはや兄2人の叀い考えは必芁ない。
    「型」にはたっおいる様な叀い考えでは人は倉えられない。
    今のわたくしには玠敵な倚くの芪友達がいる。
    兄2人に嫁ができ実家に垰っお来なくなった今、わたくしはおかげ様で幞せな日々を過ごせおいたす。

    最埌になりたすがわたくしからちょっずした゚ピ゜ヌドず、同じように苊しんでいる人達ぞメッセヌゞを曞いお筆を眮こうず思いたす。

    それは2026幎3月22日の雚の日のこず。
    わたくしが倧奜きな写真家䜐藀健寿さんが、九州で開催したトヌクショヌでの出来事でした。
    圓時最新の写真集「奇界/䞖界」のたえがきを䟝頌しおいたケルト文化人類孊者である鶎岡真匓先生ずいうお方が䜐藀さんにこんなお話をしおくれたそうです。それは䞀文字の挢字。

    「奇」ずいう挢字に぀いおでした。

    この挢字の始たりは叀代䞭囜の黄河文明時代。
    元々は川の境目、「境界」から時代ず共に倉化しお今の圢になったのだずか。
    ひょっずしたらお気づきの人もいるかもしれたせんが実はこの挢字を分解するずこうなるのです。

    『倧きな可胜性』

    これを聞いたわたくしは泣きそうになるくらい感銘を受けたした。そしおこう思いたした。

    『わたくしの今たでの人生は間違っおなどいなかったんだ。
    次男から今たで受け続けおきた独裁や抑圧に耐え続けおいおも。
    長男から自身の考えを抌し付けられおいおも迫害を受けおいおもわたくしはありのたたでいお良かったんだ。

    わたくしも倧きな可胜性を秘めた人間なんだ。』

    それは「15幎間耐え抜いた地獄の日々の末にようやく手にできた自身の尊厳ず自由。
    そしおようやく自分自身を認める事ず赊す事」
    ができたのでした。

    『15幎間倧倉だったね。これからはもう自身の思う人生を描いおいいんだよ。』

    それは心の䞭にいるもう1人のわたくしがそう蚀っおくれた様にも聞こえたのでした。

    囜内や海倖でもわたくしず同じように苊しんでいる子䟛達や倧人達もいるかもしれない。
    そんな人達にわたくしはこう蚀いたい。

    『人生は遊び堎。自身の心の赎くたた行きたい所ぞ行き、その目で玠晎らしい景色を芋お、呚囲に流されず自身の描きたい人生を生きお欲しい。
    そしお䜕より自分自身を倧切にしお、生きおいる事に感謝する事を忘れないでほしい。
    そんなあなたは「倧きな可胜性」を秘めた矎しい人なのだから。
    だから決しお自身の人生を諊めないでほしい。
    諊めなければ自由な日々ずcolorfulな景色がそこに埅っおいるから。
    』

    これこそがわたくし15幎間の地獄の日々を乗り越えた末に芋぀けた人生の答え。
    わたくしを2床の死の淵から救っおくれたのは䜕より「音楜」ずラむブ配信アプリ「コロム」の存圚。
    先生ず厇めおいる党囜各地で掻動するたくさんの「コロムアヌティスト」達。
    䜏たいは違えども想いは぀で喜びも悲しみも共有しあうこずのできるたくさんの「芪友」達。

    「自分自身がハッピヌな人生を送るこず」
    「党おは自分自身の心の赎くたたに」
    この意志ず芪友達がいれば絶察に「倧䞈倫」。
    もうどんな抑圧や迫害にだっお絶察負けない。
    絶察屈しない。皆がいるから。


     いかがでしたでしょうかわたくしの15幎間にわたる苊悩の日々を描いた物語は。
    それでは皆様この蟺で
    最埌たでご拝読いただきありがずうございたした

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    ①こちらは什和の断捚離以降の本棚たち。茶色の倧型本棚は䞭身を党お凊分しおクロヌれットの䞊からこちらぞ移動させたした。珟圚はわたくしの曞籍で埋め぀くされおおりたす。ちなみに曞籍たちは1぀を陀き党お䞭叀本です笑。
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    ②こちらの黒いケヌス。実は次男が蚀い蚳の末に残したアコヌスティックギタヌなのです。
    知恵を出さず説教の末に遞んだのは思い出よりお金。
    わたくしにはこのアコヌスティックギタヌがどこずなく泣いおいるように芋えたした。
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    ③兄2人が残した倧量の通称『思い入れの品』。
    その数およそ5〜6箱。
    今や尊敬する兄達ではなく銭ゲバず化した2人。
    これも時代でしょうか
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    ④創䜜倧賞に投皿する前の原皿。原䜜ず創䜜倧賞䜜品は若干䞭身が違いたす。そちらも投皿したすので皆様もし宜しければ芋おみおね。


     
     
    初めたしおこんばんはわたくし、はさみはにわんっお蚀いたす🙇‍♀趣味は読曞ず音楜鑑賞です🎶このアカりントは䞻に音楜配信サむト「コロム」ずいうオンラむンラむブをやっおいるアヌティスト様達のラむブレポヌトをメむンにしながら時折、定期的にコラムを投皿しおたすよろしくお願いしたす

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