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帰りの電車。いつもいる君。応援するつもりが、応援された僕。 第3話


    会社を出るのは21時を過ぎてから。


    朝早くから仕事をするが、どう考えても1日で終わらない了の仕事が降ってくるため、毎日が残業続きだ。


    いつもの3番ホーム、5両目からの帰りの電車に乗る。

    満員ではないが、座る席はないくらいの混み具合。


    そこで、僕は女の子と話している。


    この子は近くの高校に通っている。3年生で、来年は就職予定。

    しかし手にはいつも勉強道具を持っており、電車の中でも熱心に勉強している。

    芯の強さを感じさせる凛とした声にまっすぐな瞳。
    時折見せる笑顔から垣間見る人としての純粋さ。

    本来なら、自分はこんな素敵な人と話ができるような自信の持ち主ではない。

    だが、話をするようになってから1ヶ月。
    今では見かければどちらからともなく話をするようになっていた。


    電車のアナウンス。僕が降りる駅の名前。

    「じゃあ、またね」
    「はい。また」

    手を振り、電車を見送る。
    電車がすっかり見えなくなってから、ホームを後にする。


    明日も頑張ろう。
    最近は少しずつ、明日に対して期待をもてるようになってきた気がする。


    理由はどう考えてもあの女の子の存在が大きい。

    我ながら、単純というか、なんというか。


    でも、悪い気分ではないのだから、仕方がない。




    「なあ、最近好きな子でもできた?」

    同僚の男の急なぶっ込みに、すすっていたラーメンが喉に詰まる。

    「っっっ!!!げほ、げほ、…え、急になに」

    「いや。最近やけに明るいっつーの?変わったじゃん」

    そうなのか?
    いや、いつも通りな気がするのだが。

    「前はもっと暗かったじゃんか。
    それがよ、やけに明るい表情するようになったぞ」

    「…気のせいだろ」

    「あ、誤魔化す感じか?へえ〜、そうか、そういう感じなんだな〜」

    うぜえ。

    「…"お嬢"に言いつけるぞ」

    「おい!!それはやめてくれ!!悪かった!!」

    同僚はさっきまでの態度が嘘だったようにその場で綺麗に頭を下げる。
    "お嬢"とは、この会社の中でとある社員につけられているあだ名、というか隠語だ。

    こんな地方の小さな会社にいるには勿体無いほどの美人で、
    出身もここではないのに、何故かわざわざこの会社に就職してきた。

    そのせいで、様々な噂がまことしやかに囁かれている。
    曰く、社長の愛人。
    曰く、未亡人。
    あるいは、DV夫から逃げるために都心から逃げてきた。
    などなど。

    そして、この同僚はその"お嬢"を一目見た時から惚れ込んでしまっている。
    当時は頼まれてもいないのに"お嬢"の仕事を手伝うと付き纏っていた。
    大抵は余計なお世話に終始し、むしろ"お嬢"を困らせているだけだった。

    しかし、それが逆に功を奏し、"お嬢"の素の人柄が垣間見えることとなった。
    愛想が良く、見た目とは裏腹に控えめな性格だとわかり、女性社員の好感度は上がり、男性社員の好感度は青天井に爆上がりしていった。

    今では"お嬢"が困っているとわかるや否や何でも手伝う親衛隊が男女数名ずつ、毎日ローテーションを組んで彼女をサポートしているのだとか。

    いよいよこの会社は大丈夫なのだろうか。

    「さて、もう昼休みも終わるし仕事戻るぞ」

    僕は立ち上がり、空になったカップをゴミ箱に捨てる。

    「おい、やっぱお前明るくなったぞ。
    この調子なら、今日は定時に上がれそうだな」

    「え…ああ、そうだな」

    同僚の言葉に、僕の足は一瞬止まった。
    あれ?そういえば今日の仕事はもう終わる目処が立っている。

    追加の業務が降ってこなければ、今日は18時に帰れるんじゃないか?

    それは…喜ばしいことのはずなのに。

    あの女の子の顔が、頭の中でチラついた。


    18時過ぎ。会社を出る。

    本当に終わってしまった。
    どうしよう。帰るか?いや、帰るべきだろ。

    しかし、いくら自問しても答えは出ない。

    もしかして、僕は本当にあの子のことが…

    「いや、それはさすがにないだろ。落ち着け、冷静になれ」

    しかし、あの子と帰りに話をしたいのも否定できなかった。

    仕方がない。家とは反対方向になるが、一駅進んだところに商店街がある。

    ここにいても時間を潰せる場所などないのだから、そっちに行くとしよう。


    一駅電車に乗って商店街に着くと、手頃なカフェに入った。

    学生時代はカフェに入り浸るのが好きだったのだが、
    最近はめっきりそれもなくなってしまった。

    久しぶりの空間に、思わず気が緩むのを感じる。

    コーヒー自体は毎日よく飲んでいるが、
    缶やペットボトルがほとんどだった。

    何が違うのかは言葉にできないが、やはりこっちの方がうまい。


    しかし、コーヒーを楽しむ、ということができるほど好きというわけでもない。
    席についたはいいものの、やることがない。

    なんとなく、ぐるりと店内を見渡す。

    ふと、真っ直ぐな瞳と目があった。


    「びっくりしました。似てる人がいるなと思ったら、本当にお兄さんだったなんて」

    「僕だってびっくりした。気づいた時にはめっちゃ見られてたから」

    「驚かせてしまってごめんなさい」

    「いや、君は悪くないよ」


    電車でいつも会ってる女の子とカフェで鉢合わせた数分前。

    かなり近い席だったのにすぐには気づけず、
    目が合った時には驚き過ぎてコーヒーを少しばかりこぼしてしまった。

    それが持ち手にかかり、思わず「あちっ!」と大声を出してしまった。

    集まる視線に居た堪れない気分になっている中、女の子はカウンターから紙ナプキンを数枚持ってきてくれたのだった。


    「普段もよくここに来るの?」

    「はい。だいたい毎日ここで勉強しています。電車の中だとノートを広げられないので」

    「でも、座れる時はたまに広げてたよね」

    「はい。…よく見られてますね」

    視線を逸らす。あの時はまだ知り合っていない。
    余計なことを言ってしまった…

    「すみません。意地悪を言いました。目立っていたのは自覚してます」

    女の子は少しだけ笑いながら、机の上に視線を落とし、さらさらとペンを動かし始めた。

    ノートの脇に開かれた参考書にはびっしりとメモが書き込まれている。
    それだけじゃない。何度も使ったとわかるほどに手垢がつき、表紙も破れてはいないものの、使用感が滲み出ている。

    「…本当にとても勉強しているんだね」

    「はい。今年が最後なので」

    視線が、僕の方に映る。

    「ごめん、邪魔したね。勉強続けていいよ」

    「ありがとうございます。お兄さんは、今日もいつもの時間の電車で帰りますか?」

    「一応、そのつもりだったけど、
    それまでここで待つのも変だし、もう帰ろうと思う。
    話しかけてくれてありがとうね。
    勉強頑張って。応援して----」

    「どうして変なんですか?」

    立ち上がる僕を、女の子の瞳が追う。

    「いいじゃないですか。今日も話しましょうよ」

    すとん。
    気がつくと、僕はまた腰を落とし座っていた。

    「…うん。それも、そうだね」



    ホームで小さくなる電車を見送る。

    右手はまだ上がっている。手を振った余韻が残っている。

    もう少し、歩き出すまでに時間がかかりそうだ。


    「いいじゃないですか。今日も話しましょうよ」


    本人は気づいているかわからないが。
    あの時の笑顔は、まさしく破壊的だった。


    「…はぁぁぁぁぁぁ」


    本当に何してるんだ僕は…


    しかもわざわざ反対方向の商店街で鉢合わせをした。
    側から見たら、ストーカーと言われても文句は言えない。

    だというのに、カフェから駅まで2人で歩き、
    そして電車でも仲良く話し込んでしまった。


    制服姿の女の子と、スーツの成人男性。


    あの子の周りで、変な噂は立っていないだろうか。
    心配だ…


    頻繁に会うのも考えものかもしれない。


    これから定時で帰れる時はまっすぐに家に帰ろう。


    「よし。明日も会社頑張るか」


    そう意気込んだはいいものの、
    翌日からはいつものように残業だらけの日々が
    しばらく続いてしまうのだった。

     
     
    自分のことが嫌いだった学生時代。 それでも人に恵まれて、少しずつ自分を好きになることができた。 僕も誰かの力になりたい。 心が弱った時に、手を差し伸べられる人でありたい。 「はるの言葉はすごいんだよ」 そう言ってくれた、親友のためにも。

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