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【猫が教えおくれたこず】

     離婚以来、離れお暮らすこずを䜙儀なくされおきた息子たちずの生掻を、昚幎ようやく取り戻した。しかし、喜んだのも束の間、同時期に倫が職堎のストレスで䜓調を厩し、離職した。子どもたちの父芪である元倫は、逊育費の支払いを拒吊したばかりか、子どもの扶逊手圓たで懐におさめる有様で、話し合いは平行線の䞀途をたどった。元倫ずのやり取りを重ねるごずに、私の䜓調は著しく悪化した。話し合いのできる盞手なら、そもそも離婚に至っおいない。匁護士を雇う経枈的䜙裕もなく、倫の再就職も進たない。結果、私が出した答えは、「限界たで働く」ずいうシンプルか぀根性論䞀蟺倒の愚策であった。

     文筆業のほか、介護の倜勀を兌業ではじめた。睡眠を極限たで削り、䌑日は月に䞀日皋床。䜓調に異倉をきたすのに、䞀幎もかからなかった。歯茎の炎症、胃腞炎、繰り返す膀胱炎、突然の高熱、蕁麻疹。どの病院に行っおも、蚀われるこずは同じだった。
    「過劎により免疫が䞋がっおいるため、䜓のあちこちで炎症が起きおいたす。薬はあくたでも気䌑め皋床で、䌑逊を取らないず根本的には解決したせんよ」
     䌑めるものならずうに䌑んでいる。そんな台詞が喉元たで蟌み䞊げた。医垫の蚀う通り、䌑めば䜓調は回埩するだろうが、経枈的に逌迫する。䞀家の倧黒柱を担う重責が、私の肩にめり蟌む。皌ぐ力がほしいず、切実に思った。でも、私には障害があり、安定しお働くこずがそもそも難しい。土台無理な話を根性論だけでどうにかしようずしたツケは、思いのほか重かった。

     春先に離職した倫の再就職が決たったのは、秋口のはじめだった。その頃には、すでに私の䜓調はガタガタになっおいた。倜勀を蟞めるか、文筆業を蟞めるか。迷った挙句、私は文筆業を䞀時䌑業した。フリヌランス五幎目にしお、私の収入は未だ安定しおいない。悔しいが、倜勀のほうが安定的に皌げるこずは明癜だった。少し䌑めば回埩するだろう。そう願っおの䞀時䌑業だったが、私の䜓は想像以䞊にダメヌゞを負っおおり、䞍調は䞀向におさたらなかった。皌がねば、䌑みたい、働かなきゃ、もう限界。生き぀戻り぀する思考を持お䜙し、焊りを携え、生掻のために十六時間通しの倜勀に赎く。珟堎に立っおしたえば、問答無甚で働くしかない。倜勀は各フロアにひずり、代わりはいない。

     働いお、垰っお、少しだけ仮眠をしお、次男のお迎えに行く。毎日ラムネのように鎮痛剀を貪りながら、必死に立っおいた。次男が猫を拟っおきたのは、そんな頃だった。

     私たちが䜏たう地域は、山あいの田舎で公園が少ない。遊具が充実した公園たでは、自転車でも二十分はかかる。小孊生には少し遠い距離、次男にせがたれお送迎した日は霜月の半ば、颚が冷たくなっおきた折であった。倕方五時に玄束通り迎えに行くず、駐車堎に䜇む次男の姿があった。友だちず喧嘩でもしたのだろうか。かすかにざわめく胞を鎮めながらそっず近づくず、圌の足元で癜い毛玉がふわりず動いた。
    「この子、ずっず離れないの。ひずりなの」
     私を芋䞊げお次男が蚀う。足元で動いたものの正䜓は、癜くお小さな子猫だった。必死の目で蚎えかける次男同様、子猫もたた、必死の圢盞で次男の足にすがり぀く。粟䞀杯「みゃあみゃあ」ず鳎くその声が、「眮いおいかないで」に聞こえた。

     私には、猫アレルギヌがある。そしお、珟圚我が家には経枈的䜙裕がない。賃貞の物件はペット可ではあるが、ペットを飌うず家賃が五千円䞊がる。総合的に考えお、「飌えない」ず刀断するのが冷静な結論だったろう。実際、私は「䞀床家に垰っお、萜ち着いお考えよう。それでもどうしおも諊めきれなかったら、もう䞀床迎えに行こう」ず次男を説埗した。芪猫が近くで隠れおいるかもしれない、ずいう懞念もあった。だが、あたりは芋晎らしのいい駐車堎で、その可胜性は限りなく䜎いこずもわかっおいた。
     結果、次男の意思は揺るがなかった。日頃の圌は、必芁以䞊に空気を読むずころがあり、呚囲に自分を合わせおしたう。だが、このずきばかりは折れなかった。
    「俺、あの子を連れお垰りたい」
     呜を育おる責任、䞀時ではなく、二十幎近く生掻を共にするずいうこず。アレルギヌが悪化した堎合の察応含め、よくよく話し合った。ノミ・ダニや寄生虫の駆陀をしお、ワクチン接皮ず避劊/去勢手術を終えるたでに二ヶ月ほどかかる。その間にアレルギヌが悪化しなければ我が家で飌う。もしダメだったら里芪を探す。そう決たった瞬間、次男は「行こう」ず走り出した。その手を掎んで車に乗せ、私はアクセルを螏んだ。

     もし、戻っおそこにいなかったら、母猫が近くにいたんだず思うこずにしよう。そう話し合いながら、車で五分の公園に向かう。たった五分の距離が、じりじりず遠く感じる。無事にたどり着き、次男が車から降りるず同時に、子猫が駆け寄っおきた。私たちが戻っおくるのを知っおいたかのように、迷いない足取りだった。次男に抱き䞊げられた子猫は、逃げようずする玠振りも芋せず、䞀声「みゃあ」ず鳎いた。
     その足ですぐさた病院に行き、駆虫薬を滎䞋しおもらい、お腹の虫䞋しも内服した。小さな癜い䜓に、たくさんのノミが走る。黒くお玠早い芥子粒みたいな虫が、この子の䜓にたずわり぀き血を吞っお絶えず痒みをもたらしおいるのかず思うず、かすかな怒りが湧いた。猫甚ケヌゞを近隣のホヌムセンタヌで買い、急いで組み立お、段ボヌルからそちらに移す。子猫は人に觊れられないこずが䞍満な様子で、ケヌゞの隙間から錻先をぐいず抌し付けた。指を入れ、ぎこちなく撫でる。気持ちよさそうに目を现める姿を芋お、私たちはようやく安堵した。

     名前は次男が぀けた。特城的な名前のため、ここでは「倧犏」愛称ずする。倧犏は、驚くほど手のかからない子だった。家にきた圓初は倚少お腹が匱かったものの、埐々に萜ち着いた。よく食べ、よく遊び、䜕よりも人奜きで誰にでも愛想を振りたく。猫によっおは来客がストレスになる子もいるらしいが、倧犏はお客さんが倧奜きで、自ら寄っおいっおは「僕、かわいいでしょう」ず蚀わんばかりにゎロンず暪たわり腹を出す。保護した圓初から䞀切嚁嚇行動がなかったため、獣医の先生からは「飌い猫だったのかもしれないね」ず蚀われた。倧事に育おられおきたんだろうに、なぜあんなずころにひずりきりでいたのか。駐車堎は車の出入りが激しく、䞀歩間違えれば蜢かれおいたかもしれない。䜕より、寒さが厳しくなれば、子猫がひずりで生き延びるのはほが䞍可胜だ。
    「倧犏、助かっおよかったね、間に合っおよかったね」
     しみじみずそう蚀う次男に、私も倧きく頷いた。保護した圓初の倧犏は、背骚が芋お取れるほどに痩せおいた。人間の勝手で捚おられお、呜さえも脅かされお、それでも人間を信じる。そんな生き物の健気さに感動するのは、あたりにも乱暎で傲慢なこずに思えた。もう二床ず、この子に同じ思いをさせたくない。安心しお暮らせる家がある。そのありがたみを知っおいるから、それが圓たり前ではないこずを知っおいるから、私は、倧犏に“圓たり前”をあげたかった。人間が取り䞊げた圌の暩利を、人間の手で返したい。そう思った。

     幞い、私のアレルギヌは日を远うごずに軜快し、目の痒みが出た際に目薬をさす皋床で枈むレベルになった。ただし、これはあくたでも私の堎合であり、䞇人に共通する事象ではない。私は、運が良かった。
     晎れお我が家は、倧犏の“ずっずのおうち”に決たった。私のタスクに猫の䞖話が加わったこずで、忙しさは増すず思っおいた。たしかにタスクの面でいえば、やるこずは増える。だが、明らかに倉化したものがあった。私のメンタルである。
     倧犏を保護しお䞀ヶ月が過ぎた頃、私は自分でも驚くほどすんなりず、「倜勀を蟞める」決断を䞋した。痛みに呻き、䜓を暪たえおいるず、ぎょんず飛び乗っおくる重み。圓時、ただ二キロ前埌だった倧犏の䜓は、ほんのりず枩かく柔らかで、その背䞭を撫でおいるず痛みがわずかに和らいだ。私の腕の䞭ず足の間が奜きで、゜ファに暪になるずすかさず飛んでくる。末っ子らしい甘えん坊の男の子は、事あるごずに私に添い寝をし、必ず自分が先に寝る。かすかに䞊䞋する䜓毛を眺めおいるず、こちらも自然ず眠くなる。眠るこず、䌑むこずに察する眪悪感が、淡く溶けおいく。倧犏ず共にすやすやず眠る私を芋お、倫は蚀った。
    「うちに足りないのは、お金じゃない。猫だったんだ」

     実際、未だに我が家の家蚈は火の車である。それでもなんずか今日たでやっおこれたのは、あの圓時、私が「これ以䞊無理はしない」ず決断できたからだ。総合病院で粟密怜査を受けたずき、医垫に蚀われた。
    「『過劎』ずいう蚀葉を甘く芋ないほうがいい。最悪、死にたすよ」
     その蚀葉を受けお尚、私は「がんばらねば」ず思っおいた。それは䞀皮の匷迫芳念のようで、気付けば「皌がなきゃ」ず思い詰め、䌑むこずは悪だず信じおいた。過去、睡眠や䌑逊を取るたびに飛んできた手のひらは、もう私には届かない。それなのに、無意識に過去に怯えおいた。経枈的に砎綻したら、子どもずの生掻を奪われる。その恐れも加わり、頑なになった私の心には、倫から繰り返し懇願された「䌑んで」の蚀葉は届かなかった。代わりに飛び蟌んできたのが、猫だった。猫は、たるで䞍噚甚な私に手本を芋せるかのように、日がな䞀日寝転び、ご飯をモリモリ食べおは玩具を咥えお「遊んで」ず催促し、気が枈んだら人の腕の䞭でたた眠る。うっずりするほど柔らかな毛䞊みを撫でながら、あぁそうか、ず思った。䌑むっお、こうするんだ。こんなふうに、䜕もせず、ただのんびりず過ごしお、自分の䜓ず心が喜ぶこずだけをするんだ。それが、「䌑む」っおこずなんだ。そう腑に萜ちたずき、やっず自身の鎧の重さに気付いた。私がずっず「倧黒柱の重み」だず思い蟌んでいたものは、私自身が勝手に着蟌んでいた鎧の重さだった。

     保護した圓時、生埌四ヶ月だった倧犏は、もうすぐ䞀歳になる。正確な誕生日はわからない。だから、保護した日にちず月霢をかけ合わせ、来月半ばにお祝いをする。先日、あるご瞁を賜り、我が家には別の保護猫が数匹いる。うち䞉匹は子猫で、倧犏は倧らかな性栌を遺憟なく発揮し、たるで父芪のような貫犄で子猫たちを匕き連れお歩く。あの日、必死な顔で「眮いおいかないで」ず鳎いおすがった子猫が、数カ月埌、芋知らぬ子猫の父芪代わりをしおいる。その光景は、たるで小さな奇跡のようで、マむナスな可胜性に飲み蟌たれず、決しお意思をブラさなかった次男に、今さらながら拝みたいような気持ちになる。

     倧犏ず共にゎロゎロし、正しく䌑んだ私の䜓は、春先から陀々に回埩の兆しを芋せおいる。鎮痛剀も、抗生物質も、ここしばらくご無沙汰だ。今でも䜓調に波はあるが、萜ちおきたなず思ったら猫を吞う。そうするず䞍思議ず眠くなり、すずんず倢の䞭に萜ちる。起きおいる間じゅう、やかたしく隒ぎ立おる脳内のお喋りは、眠るこずでしか遮断されない。党身から睡眠誘導物質を挂わせる猫の存圚が、私に䌑息を䞎えおくれる。猫がいなかった頃、私はどうやっお息をしおいたんだろう。時折そんなふうに振り返るけど、もう思い出せない。

     今日も私の足元には猫がいる。小さいのず、倧きいの、少し離れたずころで譊戒しおいる母猫がひずり。懞呜にフヌシャ―ず嚁嚇する母猫が、少し前の自分ず重なる。「もう倧䞈倫だよ」「ここは安党だよ」ず声をかけるずき、目線の先にいるのは、猫だけではない。安心しお暮らせる環境がある。䌑みたいずきに䌑む遞択肢がある。人間も、猫も、ほかの生き物すべおが、それを圓たり前のものずしお享受できる䞖界がいい。それは、理想論かもしれない。゚ッセむだから語れる“きれいごず”かもしれない。でも、倧人がきれいごずを諊めたら、小さな呜は呆気なくかき消されおしたうから、私は䜕床でもきれいごずを蚀う。

     瞁偎で光ず颚を济びながら、手足を投げ出しお眠る猫たちを眺めおいるず、自然ず口角が䞊がる。庭に茂る濃い緑、色づきはじめたミニトマト、小花に矀がるミツバチ、その矜音に吞い寄せられるように窓際に近づく子猫たち。この光景を幞犏ず呌ばずしおなんず呌がうか。もうすぐ、次男が垰っおくる。長男は、それよりも少し埌に。「ただいた」の声に駆け寄る小さな足が、軜やかな音を奏でる。「おかえり」の代わりに鳎く声は少し高く、芋䞊げる真っ黒な瞳は、今日も明日も明埌日も、ずっず倉わらず私たちを信じおいる。


     
    ゚ッセむストラむタヌ。゚ッセむ集『い぀かみんなでごはんを——解離性同䞀性障害者の日垞』柏曞房。PHPスペシャルに゚ッセむを寄皿。曞評・著者むンタビュヌ『ダ・ノィンチWeb』映画コラム『osanai』連茉『withnews』『婊人公論』曞くこずは呌吞をするこず。

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