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食の履歴書

    氏  名  アタシ

    【幼少期】
    ・牛乳事件
    ・給食
    ・自称美人な先生

    【学生時代】
    ・キャベツとレタス
    ・ニラと細ネギ

    【家族構成】
    ・母「七日でローテーション」
    ・父は食にこだわりなし
    ・兄はビール派

    【結婚後】
    ・食への好奇心旺盛な夫
    ・毎日の献立という試練

    【現 在】
    ・献立が苦手
    ・長女は何でも食べる
    ・次女は偏食

    【特記事項】
    ・ビールが飲めない
    ・コーヒーも飲めない
    ・でも、今のところ困ってはいない

    料理が得意でもなければ、食にこだわりもない。
    そんなアタシの履歴書なのに、意外と中身が詰まっている。

    ……こうして並べてみると、アタシが「普通」だと思ってきたことは、ちっとも普通じゃなかったらしい。

    まずは「牛乳事件」から。

    そもそもの発端は、幼い頃にさかのぼる。
    苦い薬が飲めなかったアタシに、母が一計を案じた。
    「牛乳に混ぜれば飲めるでしょ」

    飲めなかった。

    それどころか、その日を境に牛乳そのものがダメになった。
    薬の苦さと牛乳の味がセットで記憶に刻まれてしまったらしい。

    保育園時代は、とにかく牛乳が飲めなさすぎて、気づけば昼休みが半分終わっている。
    まわりの子はとっくに飲み干して遊びに行っているのに、アタシだけ牛乳と一対一の消耗戦。

    小学校に上がっても状況は変わらず、給食の牛乳に毎日苦戦していたら、ある日担任の女性の先生にこう言われた。

    「牛乳好きになったら、先生みたいにキレイになるし、背も伸びるわよ?」

    ……先生、それは因果関係が違うのでは。
    子供心に「キレイかどうかは、また別の問題では」と思っていたが、口には出さなかった。

    しかもアタシ、その頃からすでに背は高い方だった。
    牛乳を飲む前から伸びていた身長を、牛乳のおかげにされかけていた。

    ちなみにその後アタシは、牛乳をたいして飲まないまま育ち、身長だけはそこそこ高い方のまま大人になった。
    先生、キレイになる話はさておき、身長の実績はすでに牛乳と無関係でした。

    牛乳は相変わらず飲めないまま、アタシはすくすく育った。
    そして初めてのアルバイト先は、なぜか飲食店だった。
    厨房に配属されたのだが、これが誤算だった。
    アタシ、料理音痴を極めていたのである。

    「キャベツ取ってきて」と言われて、レタスを持っていった。

    先輩「……これレタスだよね?」
    アタシ「あ、はい」

    キャベツとレタス。
    見た目が似ているから仕方ない、と自分を納得させていたら、次は細ネギとニラで詰まった。

    「ニラ切っといて」と言われ、細ネギを刻んでいた。

    先輩「ニラ、どこ行った?」
    アタシ「これじゃないんですか?」
    先輩「それ、ネギ」

    ……どうやら、食に興味がなかったらしい。

    そのツケを払う日は、思ったより早くやってきた。
    結婚が決まった頃、一番不安だったのは料理だった。
    毎日献立を考えるなんて、アタシにできるのだろうか。

    母に相談すると、返ってきたのは実にシンプルな答えだった。
    「七日分考えれば、それを繰り返せばいいじゃない。」
    なるほど。一週間は七日しかない。
    母、天才か。
    そう思った。

    ところが結婚して分かった。
    夫は食への好奇心が旺盛だった。
    「これ美味しいから食べてみて。」
    旅先でも、スーパーでも、新商品でも、とにかく「美味しい」を共有したい人なのだ。

    そしてアタシはというと。
    「うん、そうだね。」
    とは言うものの、その感動、九割くらい共有できていない。

    そもそも好き嫌いが多い。

    母には、食にこだわらない父と、「食べられればなんでもいい」と思っていたアタシがいた。
    七日ローテでも誰も困らない家庭だったのだ。
    だから、その知恵は実家ではちゃんと理にかなっていた。

    夫は「まだ食べたことない」を楽しむ人だった。
    同じ食卓なのに、食への温度差は思った以上だった。

    極めつけは、娘たちだ。
    長女は何でも食べる。次女は偏食。
    同じ屋根の下、同じ食卓、同じ献立を出しているのに、である。

    長女「おいしい!」
    次女「これ無理」
    この差である。

    夫とアタシですら食の好みは違う。
    なのに子どもが生まれたら、さらに別の「普通」を持った人が二人増えた。
    我が家の食卓は、気づけば四人四様である。

    一つの家庭の中にすら、「普通の食べ方」は統一されていない。
    血が繋がっていても、普通は遺伝しないらしい。

    家の中だけでも普通はバラバラなのに、家の外へ出ると、今度は世間の「普通」が待っている。

    子どもの頃のアタシは、大人になれば自然とビールが飲めるようになると信じていた。
    ドラマの居酒屋シーンでは、みんな当たり前のように「とりあえずビール!」と言っている。
    二十歳になれば、アタシもきっとそうなる。本気でそう思っていた。

    …ならなかった。

    飲み会では、とりあえずビールが人数分運ばれてくる。
    アタシだけ、メニューを開いて甘いカクテルを探す。
    「え、ビール飲めないの?」
    その一言は、大抵セットでやってくる。

    二十歳を過ぎても、ビールは苦い。コーヒーも苦い。
    甘いカクテルなら喜んで飲むのに、「とりあえずビール」の日は一向にやってこない。

    ビール党の兄からは
    「ビール飲めないなんて損してる」
    コーヒー好きの母からは
    「コーヒー飲めないなんてもったいない」

    もしかしたら、本当に損しているのかもしれない。
    だから憧れはある。

    カフェで「ホット一つ」、居酒屋で「とりあえずビール」。
    ああいう迷いのない大人に、少しだけ憧れる。

    でも、そこで努力するほどの情熱はない。
    結局、甘いカクテルと紅茶の方が好きなだけなのだ。
    憧れと、実際に努力する気があるかは、別の話らしい。

    こうして振り返ると、アタシが「普通」だと思い込んでいたものは、
    実は「アタシの普通」でしかなかった。

    母の普通、夫の普通、長女の普通、次女の普通。
    みんな違う普通を、同じ食卓に持ち寄って生きている。

    それなのに、なぜか人は「これが普通でしょ」と言いたがる。
    アタシも言われてきたし、たぶんアタシも言ってきた。

    普通は、一つしかないものだと思っていた。
    でも振り返ってみたら、母にも、夫にも、娘たちにも、それぞれの普通があった。
    結局、普通というのは、自分が長く暮らしてきた景色に付けた名前なのかもしれない。

    そう思うと、「普通じゃない」と焦る理由も少し減る。

    ……とはいえ。

    今日も献立は決まっていない。
    夫と長女と次女、それぞれの「食べたい」を思い浮かべながら冷蔵庫を開ける。
    四人分の正解なんて、きっとない。
    だから今日も、アタシなりの答えを作ることにする。

    #創作大賞2026

     
     
    アラフォーの日常置き場。 娘と愛すべきキャラクターたちの観察記録。 こんなんでも生きていけます。 気が向いたら、また遊びに来てください😊

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