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Photo byyacchi87

クレヨンしんちゃん周辺記 【ひろしの背中を追いかけて】

    いつからか、ひろしの背中を追いかけていた。
    ひろし、野原ひろしの背中を。
    そして最近ふと思った。
    「俺、世の中の父親の中では、結構『ひろし』に近づけた方なんじゃないだろうか」、と。

    自己評価が過大。思い上がり。

    でも自分ではそう思ったのだ。
    そして、わが子もきっと少なからずそう思ってくれるような気がする。もし尋ねればだけど。
    尋ねないけども。

    おわり。

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    あとは肉付けしていくだけの流れです。
    もうここで言っておきます。
    この後も大したことは書いていません。(いつものことですが・・・)
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    元々の私はテレビアニメ「クレヨンしんちゃん」が好きではなかった。
    しんのすけの無茶苦茶さに周囲が振り回されるだけ振り回されて終わる。
    たまたまチャンネルが合ってしまってだらだら見てしまうと、ちょっとイラッとなることが多かった。
    だから、テレビのクレヨンしんちゃんを自発的に見ることはほとんど無い人生だった。

    結婚してわが子が生まれて、わが子がクレヨンしんちゃんを好んで観る時期が来て、一緒によく観るようになった。
    テレビのはバカバカしくて面白かった。
    映画は、私にはよくわからず消化不良のものもあったが、とても好きなものもあった。

    世の中からのクレームでクレヨンしんちゃんがマイルドになった部分もあるのだろうし、私が寛容になった部分もあるのだろう。
    多分両方なのだと思う。

    そうやってたくさんのクレヨンしんちゃんを観た結果、私は思った。
    「しんのすけ、お前、父ちゃんがひろしでホントよかったな」と。
    ひろしの父親ぶりは世の中からも好意的に受け入れられていたようだが、私から見てもひろしは理想的な父親のように思えた。

    「わが子にとって私はひろしのような父親になれるだろうか。」
    そのことが私の頭の片隅に常にあったように思う。

    わが子と私は、もう何年も前からテレビのクレヨンしんちゃんを観ていない。
    私が最後に観た「映画クレヨンしんちゃん」は「天カス学園」だ。それ以降は観ていない。
    (その一作前の「ラクガキングダム」は観ていない。なんとなく、「悲しいラストなんじゃないだろうか・・・」と想像して、全力で避けている。)

    わが子は「ニンジャ珍風伝」までは妻にお願いして映画館に観にいっていたようだが、そこで「映画クレヨンしんちゃん」を卒業した。

    私は野原ひろしが好きだ。
    もし身近にいたら友達になりたかった。ひろしは私のことをどう見るだろう?

    結構気が合う気がするが・・・、それは誰にもわからないことだ。

    私はひろしのような父親になりたかった。ひろしのような父親でいたかった。今もそう思って父親をやっている。
    ひろしという目指すべき父親像があったおかげで、私もなんとかかんとか父親をやれている。

    野原ひろし、ありがとな。
    おめえさん、最高だよ。

    俺も俺なりに頑張っているぜ。ファイヤー!





     
     
    毎晩抱きまくら抱きしめて眠る50代。妻子と一緒にいること/家飲み/読む書く絵を描く/が好き。このnoteには感じたこと考えたこと体験したことを書き置いています。スキにためらいがある方の「読むだけフォロー」、私は大歓迎です。

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