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苊悩ず共に生きたひず【再投皿】

    春氞睊月

    2940字

    皆さんは、杉原矎接子さんずいう方をご存じでしょうか。

    私は杉浊さんを文芞同人誌の拙皿を線んでいるずきに知りたした。最初に杉浊さんの情報に觊れたのが2000幎。それ以降も、可胜な限りその足跡を远っおいたした。NHKが杉浊さんの番組を攟映したした。リンクは以䞋より。

    聞いおほしい 心の叫びを 〜バス攟火事件 被害者の34幎〜 - NHKスペシャル

    https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/3G2L1J53J9/


    この重い問いに答えを返すこずは䞊倧抵のこずではありたせん。私も杉浊さんが抱えた懊悩ず人生、その圱ず光を垣間芋お蚀葉を倱っおいたした。以䞋、文芞同人誌で私が綎った拙い論考、その䞀郚を転蚘したす。尚、火灜や火傷など残酷にもずれる描写を含みたすので、そのこずに抵抗感がある方はご閲芧をお控えくださいたすようお願い申し䞊げたす。
     
     

    昭和五䞃幎から䞉幎䜙、私は譊察職員であった。珟圚は芏則改正等でその殆どが譊察官ぞず転身した、亀通巡芖員である。その日も、い぀ものように取り締たりから本庁に垰庁するず、知り合いの鑑識課員から声を掛けられた。

    「遺䜓が安眮しおあるんだ。若い女の人に手を合わせおもらえばいくらかの慰めになるかもしれないから、線銙を䞊げおいっおくれないか」

    その遺䜓は䞀家䞉名、䞡芪ず子䟛の焌死䜓であった。肌は茶ずも黒ずも぀かない色ぞず倉色し、父芪の手は䜕かを掎む圢で固たっおいる。焌け煜れた目は隓を䞋ろすこずもできず、虚空を芋据えるかのように芋開かれおいる。同僚ず私は、しばし無蚀で暪たわる䞉人を芋぀めた埌、瞑目し銙を手向けた。どの䜍の時間であったかは刀らない。日垞を越えた静寂が確かにそこにはあった。

    時を同じくする昭和五八幎八月䞀九日午埌九時。東京新宿駅に䞀台の京王バスが停たっおいた。乗客は䞉十人。そこに倖から䜕かが投げ蟌たれた、ず思う間もなく、車内は炎に包たれた。
    死者ハ名、負停者䞀四名を出した「新宿西口バス攟火事件」以䞋、バス攟火事件ず略するである。犯人は、火の぀いた新聞玙をバスに投げ入れ、バケツに入れた四リツトルのガ゜リンをかけた。そしお、十名以䞊の人々が炎に飲み蟌たれた。

    二〇〇〇幎二月二四目の倜䞃時から攟映されたフゞテレビ系列のドキュメンタリヌ番組の䞭で、バス攟火被害者女性のその埌が玹介された。圌女は圓時を振り返っおこう語る。

    「降りようず思えば私は降りられたんです。降りなかったこずで、私はあの事件から降りるこずが出来なくなったんです」

    圌女は党身に火傷を負い、危機的な状況で病院に担ぎ蟌たれた。事件から数十幎を経た今も、その䜓のケロむドがテレビ画面からも芋お取るこずが出来る。その圌女が、攟火犯人ず文通をしおいた事実を番組は䌝える。その心理を、䟋えばヒュヌマニズムで片づけるこずは容易であろう。しかし、本圓にそれだけなのか。倖郚の想像を蚱さぬ苊痛を越えたその人の心理を想像するこずは困難なこずであるが、生きながら炎に包たれるずはどういうこずなのだろう。

    私が芋た焌死䜓。あの䞀家は、その埌、怜死を経お遺族ぞず匕き枡された。その日からヌケ月、二ケ月を経た埌も、安眮されおいた郚屋から遠く離れおいるはずの、駐車堎から焌死䜓の臭いが消えない。駐車堎に遺䜓が安眮されたこずはない。䜕故、臭いが消えないのだろう。䞍思議に思う者の䞭、䞀人の眲員がこう蚀い出した。

    「ああ。あのあず二、䞉日、遺䜓を搬送した車を駐車堎に停めおいたよ」

    遺䜓を搬送した車に焌死䜓の臭いが移り、その臭いが駐車堎に染み぀いお残っおいたのだ。それは正に呜が生きお焌かれる臭いそのものだった。生々しいその臭いは私の錻腔にも染み぀き、退職しお十数幎経った今でも離れないでいる。

    生きながら焌かれるずは、䟋えばそういうこずである。圌女は犯人を憎たなかったのか。肌を焌かれ、肉を焊がされる苊痛を、どう越えおいったのだろうか。

    番組は女性の事件圓時の様子をこう䌝えおいる。圓時、披女は勀務先の䞊叞ず亀際しおいた。䞊叞には家庭があった。圌女は自分の眮かれた䞍倫ずいう立堎、環境に疲れおいた。そしお攟火事件が起こり、圌女は被害者の䞀人ずなる。パスの座垭に座っおいる自分に、炎が迫っおくる。「ああ、自分は死んだっおいいんだよな 」その思いが圌女の脳裏に䞀瞬よぎった。䞀瞬の賌螏が圌女の避難を遅らせた。そしお圌女は党身に火傷を負い、生死の淵をさたようこずになるのである。

    呚囲ず本人の努力により、ようやく圌女は䞀呜を取り留めお瀟䌚埩垰を果たす。珟圚、圌女は五十代の䞻婊であり、犏祉関係の職にあるずいう。そしお、ご䞻人はあの時の䞊叞である。

    「自分の迷いが、 軜かったかも知れぬ怪我を重くした。そしお自分の家族ず倫の家族、倫の入生を倉えおしたった。自分は新宿パス攟火事件の被害者ではある。しかし、あの眪の䜕某かは私の裡にも存圚しおいたのではないか」

    圌女はその思いに至ったのではないだろうか。その裡なる眪ず向かい合うために犯人ぞず投げかけた間い、それが文通であったように思われるのだ。VTRは、二十幎間〈あの事件〉ず共に生きおきたひずりの女性の姿を、確かに芋る者に䌝えおいたように思う。

    無惚からの光 初出短歌同人誌「凛」2000.8発行 より


    この拙い論考は、それでも私の手のひらから零れ萜ちるほどに重いもの、問いを含んでいたすなお、杉浊さんに぀いおこの拙皿では匿名で蚘茉しおいるため執筆掻動等の蚘茉がない点をご理解賜りたく存じたす。䞀介の玠人がこの文章を綎り、同人誌ずいう媒介で発信するこずができたのは、優れたニュヌス報道があったゆえです。報道は時に目を背けたくなるほどの残酷さを内圚したすが、その事件こそが生きる私たちに䞀筋の垌望を䞎えおくれるず私は信じおいたす。報道に携わる方々のご苊劎に思いを銳せ、感謝ず共にこれからも優れた発信をしおくださるこずを祈念しお止みたせん。

    最埌に、杉原矎接子さんの「わたくし、぀たりNobody賞」受賞蚘事をリンクし、拙い蚘事の終わりずいたしたす。ここたでご閲芧いただいた方がおられたしたら、そのお心ずお䜿いいただいた貎重なお時間に、心からの感謝ず敬意を捧げたす。ありがずうございたした。

    杉浊矎接子

    【略歎】
    線集者・䜜家。1944幎、愛媛県生たれ。1980幎に起きた新宿西口バス攟火事件に遭遇、この䜓隓を機に執筆を始める。著曞に『生きおみたい、もう䞀床』『炎のなかの絆』『老いたる父ず』『呜響きあうずきぞ』『他人同士で暮らす老埌』『絆をもずめお』『倫、荘六の最期を支えお』など。

    2009幎10月、「逝く時を支えられお」を脱皿、応募。2010幎、「池田晶子蚘念わたくし、぀たりNobody賞」の特別賞を受賞。同䜜を増補改皿した『ふたたび、生きお、愛しお、考えたこず』が同幎4月に刊行される。

    2014幎12月7日没70歳。

    わたくし、぀たりNobody賞 2010幎 特別賞 掲茉蚘事より

    #ニュヌスからの孊び
    #䌁画参加蚘事
    #生きおみたいもう䞀床
    #杉浊矎接子
    #創䜜倧賞2025
    #オヌルカテゎリ郚門

    ©Harunaga Mutsuki

     
     
     
    アマチュア物曞き、「子どもの暩利条玄 翻蚳・創䜜コンテスト」ニュヌスステヌション線採甚。Follow前にプロフ蚘事をご䞀読を。#なんのはなしですか曞く郚AWCシロクマ文芞郚AIむラスト研究宀ぎよ手垳の䞭の人を芋守る䌚等。2026/02/05、1000日連続投皿達成。

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