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設計図なき未来。サグラダ・ファミリア。

    春永睦月

    初出記事作成時=運営Blog・20163.5は土曜日。
    夕方で取引先とのアクセスが殆ど終わり、リビングで作業中。
    この記事もダイニングテーブルで書いていました。
    BSプレミアムで21:00~「ガウディの遺言」を放映。それを見ながら。


    ガウディは、サグラダ・ファミリアについて
    設計図的なものを残さなかった。
    そして、彼の建築理念、

       自然界には直線が存在しない。

     
    この逸話とこの言葉、その意味と意義を考えることがあるのです。
    TVを見て、それをもう一度考えている処です。

    今はデータ入力を主とする私ですが、製図に携わる身。
    「設計図」なき物。それがどの様にして完成するのか、造られていくのか。
    一度この目で見てみたい。そう思います。
    アメリカに興味がなく、観光地にも余り。
    けれど、建築物なら、どんな場所のものも見てみたいのです。

    それは「仕事からの興味」ではなく、建物もまた人が創るもの、
    創作であるからです。
    人の営みが成される、命を刻む場であるからなのです。
    ガウディの作品は、彼のメッセージである。
    愛を贈る、それの具現化なのだ。建築を飛び越えて。
    そう感じます。初めて彼を知った20代後半から、今もずっと。

    また。スペインの負の側面=戦争。
    戦いの傷跡はサグラダ・ファミリアにも及びました。
    前述の外尾氏は、その修復に携わったことでも知られる方。
    番組もその事について描いています。
    思想的、示唆的な事を綴る意図は全く在りませんが、私も思うのです。
    祖父がサハリン(樺太)で死亡した戦没者である
    (軍属ではない一般人、一市民でした)、
    その裔(すえ)、孫である身として。
    21世紀を生きる、命を託された身として。

    サグラダ・ファミリア。それは建築物ではない。番組は伝えます。
    歌声が響く、鐘の音が響き渡る、その為の「楽器」であると。
    命への賛歌。それを21世紀の人々はバルセロナ、
    カタルーニャで聴くこととなるでしょう。
    サグラダ・ファミリアという「巨大な楽器」が奏でる調べを。

    TVのBGM、華麗なギターの調べを聞きながら、思いつくまま綴りました。
    今回はこれにて。

     
     

     
     
    アマチュア物書き、「子どもの権利条約 翻訳・創作コンテスト」ニュースステーション編採用。Follow前にプロフ記事をご一読を。#なんのはなしですか/書く部/AWC/シロクマ文芸部/AIイラスト研究室/ぴよ手帳の中の人を見守る会等。2026/02/05、1000日連続投稿達成。

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