
今までと真逆のことをしてみる。③地下鉄に乗ってラーメンを食べに行く。
ラーメンが、あまり好きではない。
というか、正直苦手だ。
カップラーメンもヌードルも好きではないし、滅多なことがないと本当に食べない。
と言うと、大抵の人は「信じられない!」「なんで!?」「どうやって生きてきたの?」「人生損してるよ!」などと言う。
実際今まで数えきれないくらい言われてきた。
でもほんとうにどのお店のどんな味に挑戦してもそれなりに苦手なのだから、仕方がない。
だけど、東北のほうに住んでいた時に存在を知った「冷やしラーメン」ならおいしく食べられることにある日気がついた。
冷やし中華(は、まあまあ好き)でもなく、まぜそばでもつけ麺でも(これらは苦手。食べない)なく、冷やしラーメン。
わたしの好きなラーメンは間違いなく冷やしラーメン一択だ。
ということはつまり、わたしにとってラーメンはほとんど夏しか食べられないものということになる。
だからわたしは夏の束の間の間、自分なりにラーメンを楽しんできた。
とは言っても、周りはほとんどラーメン好き。
わたしは基本一人の時は自炊で済ませてしまうタイプ。
これまでラーメンを食べに行く時と言えば、ほぼ100%誰かの誘い、わたしが「冷やしラーメンが食べたい!」と思ったとしても誰かが一緒だった。
一人で思い立って腰を上げてラーメンを食べに行くことなどない人生だった。
そんなわたしが、このたび、お昼にはまだ早い時間にふと思い立ってどうしても冷やしラーメンが食べたくなり、ふとんの中で近所の冷やしラーメンのお店を検索したりGoogleマップで調べたりして、ベッドから起き上がり(夜行バス帰りでほとんど眠っていなかったのだ)、地下鉄に乗って一人でラーメン屋さんに向かった。
なにかのついででもなくラーメンだけを目的に一人で出かけるのは確実に人生初めてだ。
Googleマップを頼りにお店に到着。
まず、引き戸が押し戸かで戸惑い、カウンターでおじさんの間に座ることに一瞬躊躇い、注文の仕方とお水はセルフなのかなどがわからずオロオロした。
キョロキョロしながらも、ぜんぜん初めてじゃないですよラーメン好きですよ一人でよく食べに行きますよ風を自分なりに吹かせながらなんとかお目当ての冷やしラーメンを注文。
待っている間もひたすらそわそわしてずっとスマホをいじり、近隣の人にラーメンが届くたびびくっとしていた…ことが周りにバレていないといいなと思う。
この間に、トッピングに野菜はないよな?ほかに注文できそうなものはないよな?などメニューやテーブルの上のものチェックなども行ったりしていた。とにかくそわそわしていたのだ。
ようやくお目当ての冷やしラーメンが到着。
野菜や味玉がほしかったな、お酢をかけたいな、など思うことはいろいろありながらも、自分で思い立って労力をかけて遂行してありつけたラーメンは格別だった。
食べるのが遅いわたしが、周りにそんなに劣らないスピードで完食したほどには。
わたしはこの時、お腹が空いた、冷やしラーメンが食べたいという自分の欲望に素直になり、それを叶えるために地下鉄で移動するなどの労力や時間をかけ、勇気も出して、自分の望みを叶えた。
そんな当たり前のこと?いつもやってるよ
と言われそうだが、「〜すべき」に縛られたり周りの目や世間体を気にして生きる癖でがんじがらめになっていたわたしには、とても新鮮で達成感のある出来事だったのだ。
たまには、多少の労力や時間、お金をかけてでも、自分の欲求を叶えることをしてあげたい。
ただしそのためには、その欲望が世間体や周りや見栄を基準にしたものではなく、ほんとうに心からその時の自分が求めているものだと見極める心の余裕が必要だ。
なるべく常にその余裕を少しだけ空けておけるように生きていきたいと改めて思った。