
音のはなし 2
どうも、このページに来て下さりありがとうございます。
今回は、楽器の音に関しての考察を書いて行こうと思います。
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先の投稿の「音のはなし」でも書いたように、私は長らく音響屋として、芸術や表現としての音との関わりが沢山あった訳ですが、2022年からチェロを始めて自分でも音を生み出し表現する立場になったことで見えてきた、音を出して表現する難しさ、面白さに触れ、更に音に対する印象や奥深さをより体感するようになりました。
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チェロという楽器は左手で弦を押さえ、右手で持った弓で弦を擦って音を出す楽器ですが、これが奥が深い、というか難しい。良い音を出そうとすると。
という事で、まずはチェロを弾くとはどういう事なのかを書いて行こうと思います。
まず始めに、右手の弓。
弓は意外と重いので、まず持つ筋力をしっかりつけてから弓を自在に操れる様になる訳ですが、この筋力をつけようとする段階で挫折した経験がある人も多いかと…(初期段階で上腕部の筋肉を痛めやすいかと…)。
この筋力が付き始めると、様々な弓のコントロールが出来るようになり、音の表現が出せるようになってくるのだと思うのですが、この弓のコントロール、本当に難しい。
弓を速く動かすか、遅く動かすか。
弓の毛を弦に当てる量。
弓を弦のどこで弾くか(指板よりか駒よりか)。
弓先か弓元か。
アップかダウンか。
etc..、、、、。
とにかく、言い出したらきりが無いくらいに表現に対する弓のアプローチ幅は無限にあります。
って、私はのらりくらり練習で初級者域を出ていない奏者なので、奏法を語るには早いかも知れませんが、先生達の話を聞いたり自分でも実際に練習していく中で、弓をいかに考えコントロールしていくか、が自分の目指す音を追求していくなかでは大事になってくる事を身を持って体感しています。
次に左手。
左手は音程を取る大事なパートであり、聴く人側としては一番音の荒を感じやすい部分だと思います。
先ずは音程。
ここが上手く取れていないと聞く側としては聞き心地が悪かったりしますよね。
で、この音程を取るには指の形というものがあるのですが、手は人それぞれ大きさや長さ、形が違うにも関わらず、押さえなければならない音の場所は決まっている。
当たり前じゃないか、って声が聞こえてきそうですが、大人になってから始めた身として言えることは、この、指の形を作るというのは、日々の様々な動作で付いてきた筋肉の柔軟性がものをいうということです。
年を追うごとに、筋肉の柔軟性を維持していくのが大事だなと思うのと同時に、最近は、若い頃からちゃんと日々の身体のメンテナンスをしておけば良かったと痛感させられるようになったりし始めたのがチェロを始めてからだったりします。
また、ポジション移動と言って、一つの弦の上を移動する時、その手の位置、指の微妙な開き具合の違い、手の角度、等これまた様々あり、これはもう反復練習をして身体感覚で覚えていくしかない訳です。
という感じで、様々な身体感覚を身につける上でもやはり若年層から始めた方が身に付きやすかったりするのでしょう。これが、この楽器のプロ奏者のほとんどが、小さい頃から始めている理由だと思います。というか定説な訳です。
そして、音程差を聞き分ける能力。
まぁこれは、小さい頃から始めた方が有利かどうかはさておき、音程差をどれだけ精密に聞き分けられるかは、特にアンサンブルをする上では欠かせない要素の一つである事は間違いないのですが、その聞き分けた後、修整するのが左手の音取りなのです。
上なのか、下なのか。瞬時に判断し修整する。
また、その微妙な音程差を表現方法の一つとして使う事もあります。
音程差を使った表現と言えばヴィブラートな訳ですが、これがまた、意外と難しくてちゃんと練習していかないと出来るようにならない。
速いヴィブラートか遅いヴィブラートかでも、聞き手の印象に左右します。
と、まぁ、こうやって奏法を挙げていくと、こんなに色々やる事があるのだなぁと、この記事を書きながら改めて認識しています。
このように、常に考えながら弾くとなると大変なので、ある程度、どう弾くかのプランを立てて楽譜にメモをしたりして練習を繰り返し、身体に動きを覚えてもらって弾いている、というのが本当のところだったりするのです。
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さて、チェロを弾く事に関する基本的な話はこれくらいにして、では、結局のところ、音を出して表現するとはどういう事なのか、ということですが、やはり、最終的にものをいうのは奏者の状態、ということではないかというのが自身でも楽器を演奏するようになってから至った今の段階での答えです。
そう感じるようなチェロ演奏での体験エピソードをいくつか書いて行こうと思います。
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チェロを始めて間もない頃のあるレッスンの日、先生から「今日は弾くレッスンは止めましょうか。」と止められた時がありました。そして、「何かありましたか?」と尋ねられたのです。
その時実は、少し先の日程に、私的にはちょっと精神的負担がある仕事が入っていて、頭の中がその仕事の事でいっぱいだったのではないかと思うのですが、それが如実にチェロの音に出てしまっていたようなのです。
その「何かあったのですか?」で私はハッと気付かされたという訳です。表層意識で自覚していなかった精神的負担に。
その時に、あ、出す音は誤魔化せないのだな、と音響屋で薄々感じていた音の真実を自ら実証したのだなと思った出来事でした。
この先生もまた、音の奥にある人の感情に敏感な方だったのだとは思います。
余談ですが、この先生はこの後適応障害の疑いがあるという理由で音楽教室を辞められてしまいました…。
という事で、音は、出す人の心理状態を表す、と、この時、自身でも初めて体験した訳ですが、この後、心理状態とは少し違うかも知れませんが、自身の想いを音を乗せる、とはどういう事なのかという体験もしました。
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