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『普通じゃない人生を、普通に生きる。』

    〜私は今でも、ドラえもんが嫌い。モラハラ父の呪いと、妹の地獄〜

    同じ親から生まれ、同じ家で育っても、魂の育ち方は決して同じではない。 私の妹は、幼い頃から恐ろしく賢い子だった。けれど、その賢さは平穏をもたらすどころか、崩壊していく家庭の歪みを誰よりも敏感に感じ取ってしまう「呪い」のようでもあった。

    今回は、私が「3足のわらじ」を履く過程の、20代から現在にいたるまで私の肩に重くのしかかり続ける、もう1つの戦場について綴りたい。

    【「ドラえもん」と「ドラミちゃん」という呪い】

    幼い頃、父はよく私たちをこう呼んだ。「お前たちはドラえおんとドラミちゃんだ」と。 ドラえもんを作るとき、瓶を振らずに抽出したため、上の薄い液がドラえもんになり、底に溜まった濃厚なエキスがドラミちゃんになったのだという。賢い妹は濃厚な「ドラミちゃん」。 そして私は、中身の薄い「ドラえもん」。

    父は元々モラハラ気質だったため、これくらいはまだ軽い話だったが、私は今でも、ドラえもんが嫌いだ。 そして母が宗教にのめり込むのと時を同じくして、当時3歳だった妹も、深い闇の中に飲み込まれていった。

    【たまり場になった家と、戦士の日々】

    妹が高校生になり、自宅では手がつけられないほど荒れた。私の家に転がり込んできたとき、そこはさらなる修羅場と化した。 私は仕事に追われ、帰宅すれば家は知らない高校生たちのたまり場。妹は学校へも行かず、混沌の中にいた。

    けれど私は、彼らが泊まるときには必ず、自宅へ電話をすることを強制した。親に反発しながらも、こちらに聞こえないよう小声で電話をかける彼らの姿は、どこか微笑ましく、そして悲しかった。

    彼らは私の小さな娘をとても可愛がってくれた。愛情に飢えた子供たちが、別の小さな愛情を守ろうとする姿を見て、私は「愛の在り方」について何度も自問自答した。

    【繰り返される血の記憶と、現在への光】

    妹は紆余曲折を経て大学へ入り、私と同じ金融の道へ進み、結婚した。ようやく落ち着いたと思ったのも束の間、上京した私たちの近くに住み始めた彼女は、あの頃と何も変わっていなかった。 パーソナリティ障害、壮絶な夫婦喧嘩、鳴り止まない助けを求める電話。赤ん坊を保護しに向かう夜道で、私は妹の中に、かつての父の面影を見た。

    「このままでは、親子で暮らせなくなる」 何度も説得を重ねた。彼女は今、新しい思想(それは母の遺伝かもしれない)と適切な医療による投薬によって、嘘のように落ち着いた時間を過ごしている。


    同じ親から生まれても、背負うものはこれほどまでに違う。 妹には妹の地獄があり、私には私の役割があった。けれど今思うのは、誰だって「生きやすいように生きていい」ということだ。 毒親に育てられたとしても、その人が持って生まれた資質やスペックの大きさも関係していると思う。

    だから、もし今も親の呪縛から解放されていない人がいるなら、一度考えてみてほしい。親のせいで、これからの人生まで振り回されていいのか、と。 過去は変えられない。けれど、未来は変えられる。自分が本当になりたい自分になっていいのだと、心から思ってほしい。

    隣で眠る猫をなでながら、私は今、「ドラえもんでもドラミちゃんでもない自分」として生きている。


     
     
    整体師&元FP。SEOライターとして健康・美容・お金・暮らしを発信。猫好きで28歳娘の母。読んで心と体が軽くなる記事を書いています。

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