
梅【エッセイ】

五月になると梅の足音がまたひとつ近づいてきていると実感する。特別な楽しみのある季節だ。
欲張りなチロさんは、家の窓から見えるよその家の庭に生えた梅の木を、毎日羨ましそうに観察している。次第にたくさんの梅の実が実っていくのを見て、あれは私の梅だ、と指をさして言い張るので、彼女が梅泥棒にならないように、今年はたっぷりと梅の実を買おうと心に決めている。
梅酒、梅シロップ、梅干し。去年のチロさんがこしらえた品々。僕はお酒が飲めないから梅酒はほとんど口にしないのだけれど、梅ジュースは大好きで、昔はノンアルコールの梅酒の缶を飲むこともしばしばあった。
チロさん特製の梅シロップは本当においしくて、梅雨のじめじめした蒸し暑い時期から真夏までの、生きていくのにとてもハードな日々を乗り越える力になってくれる。毎年これがないとだめだ、と思うくらいに必需品なのである。
梅ジュースを飲むのにベストな日は、夏の暑い日。買い物から帰ってきて、薄いグラスを準備して梅シロップを炭酸水で割る。大きめの氷を一個入れて、仕上げに柔らかくなった梅の実を加える。グラスに唇を近づけたらパチパチと炭酸水が弾けて、梅の酸っぱさを想像して舌の奥から唾液がにじみ、スッキリした酸味と甘味が口内に広がる。
涼しい風がリビングを吹き抜けて、カーテンが大きく膨らむ。うっすら汗をかいた額と首筋。蝉の声。チロさんの梅ソーダが夏をいいものに変えてくれる。
扇風機を回したままお昼寝をしたら、最高な午後になる。