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時をかけるおじさん|不動産ラプソディ#5

    先日、我が家の玄関ホールにキャッチーなピンクの絵がやってきた。

    50'sの女性ボーカルトリオが描かれたポップアート。80年代、僕もたまに覗いていた某レコードショップに飾ってあった一枚。とあるご縁で譲り受けることに。

    バブルへと向かうあの頃の日本はオールディーズブーム。当時学生だった僕もご多分に漏れず、古き良きアメリカのカルチャーにハマっていた。501にヘインズの白いTシャツ。おんぼろビートルにラジカセ積んで、流す曲はモータウン。

    でもそんな日々は、間もなく訪れるDCブランド全盛期を前にして色あせていく。ちょうど、メンズノンノの創刊と足並みをそろえるように。
    いつしか僕たちはモノトーンで大人な装いに身を包むと、ユーロビートに揺れ、ヒップホップにしびれ、ブラコンでクールにキメていた(つもりだった)。
    今思えば何て節操のない我らバブル世代。もちろん、そうじゃない人もたくさんいたけど、時代全体がそんな空気だったような気がする……。

    とにかく大学進学で福岡にやってきたばかりの頃の、ワクワクドキドキな記憶がよみがえる一枚の古いポップアート。チャーミングな3人姉妹が体を寄せ合い、にっこりと誰かに笑いかけている。80年代の日本で描かれたアメリカの50's。

    絵を照らすのは、竣工当時から50年以上マンションの玄関ホールに灯りをともしてきたウォールライト。リノベーションをしたときに位置を少し変えて使い続けることに。天井のダウンライトもオリジナルをそのまま活かしている。どちらのライトも自分で取り外しクリーニングして復活させた。

    ナショナルの古いスイッチプレートや塗装の建具、ドアノブなんかも、程度の良いパーツは既存を活かしている。
    理由はうまく説明できないが、なぜかしら古いものに惹かれるのだ。

    いつからだろう。記憶を巡ると、学生時代に乗った白いおんぼろビートルに辿り着く。友人の友人から破格で譲ってもらった古い時代の車。
    それから30代はじめにかけて、黒いビートル、マツダ・ポーター、117クーペなど、旧車を乗り継いだ。というより、旧車にしか興味が湧かなかった。

    古い車には不思議な魅力がある。

    性能だけなら今の車の方が圧倒的に優秀だ。燃費も安全性も快適性も敵わない。それでも古い車に心を動かされる。

    なぜだろう?

    そう考えると、自然と父のことを思い出す。
    幼い頃、車を運転する父の膝の上に乗り、一緒にハンドルを握っている記憶。煙草とオイルの匂い。エンジンの振動。ダッシュボードに並ぶ大小の丸いメーター……夢かと思うくらい儚い情景。

    人より少し早く父とはわかれてしまった。
    古い車は、どこか遠くに置いてきた幸せの断片を呼び起こす。

    そんな僕は今、50代も終わりに近づき、不動産の企画や仲介、リノベーションなどの仕事をしている。

    *****

    2004年に起業した。
    古いもの好きの流れで、すぐに取り扱う不動産も築年数を経た物件が多くなる。でも、起業当時はまだ新しい物件に価値があった。
    築浅。新築。最新設備。
    どれだけ新しいかが評価の基準。
    古い物件は、ただ古いだけ。

    僕みたいな不動産屋はかなり珍しかったと思う。
    街を見渡せば、お宝みたいな古い物件があちこちに埋もれていて、誰かに発見されるのをじっと待っていた。2005年から始めた不動産ブログにせっせと情報を載せ始めると、思いのほか反応が……同じ感覚の人たちが、少なからずいたのだ。

    時代の変わり目だった。
    ミッドセンチュリー人気が高まり、ヴィンテージマンションという言葉も使われ始め、リノベーションの波が訪れた。
    そして古い物件にもようやく価値が見出されるようになった。

    伝統的な古民家や建築家が設計した名作はもちろん、僕はもっとリアリティの感じられる古い物件にも惹かれる。

    例えば昭和の団地。
    戦後しばらく、日本人は和室のちゃぶ台を囲んで暮らしていた。食事も団らんも、ときには寝るときだって同じ部屋。そこへ日本住宅公団(現UR都市機構)が寝食分離というスタイルを提案する。DKの誕生だ。
    その後、居間の役割が加わったLDKへと発展し、現在の住まいのスタンダードへとつながっていった。
    今でこそ普通だが、当時の人たちにとってそれはモダンな暮らしだった。

    60〜70年代には、エレベーターやロビーが備えられた高級アパートメントが登場する。重厚感のあるタイル張りでホテルのような佇まい。今で言うヴィンテージマンション。昔は迎えの黒塗りの車が車寄せにずらりと並んだとか、中華料理の出前の人が自動ドア(タイムロック?)の開け方がわからず往生したとか、そんな逸話の残る集合住宅が福岡にも今なおある。

    80年代になると、和室から洋風への移行が進むと同時に新建材(ビニールクロス等)が標準仕様として定着していく。
    和と洋のミックス。とは言っても、今の和モダンな住宅とは性質が全く異なる。和から洋へと、時代が問答無用に書き換えていった過程の姿だ。
    この頃のオリジナルが残っている物件を見比べると、その変遷の軌跡が窺えて興味深い。

    「今まで通り畳でいいかいな?」
    「いや、もう、フローリングに切り替えんと」
    「やっぱり今回までは和室で」
    「でも壁は(洋風の)ビニールクロスに…」
    みたいな、揺らぎが感じられる。

    バブルに向かう都心部で流行ったのは「ワンルーム+3点ユニット」のマンション。バス・トイレ・洗面台がひとつにまとまった、あのタイプだ。
    当時はホテルのような都会派ライフスタイルとして若者の憧れを集め、投資の主役にも躍り出た。ところがバブル崩壊後、一転して不人気物件へと転落。90年代以降の設計からは姿を消していった。あの熱狂的な空気をそのまま閉じ込めた、愛おしい昭和末期のタイムカプセルと言える。

    時代の徒花……でも、これから逆にいいかも、なんて僕は思ったりもする。
    だって、今や選択肢の一つとなったミニマルな暮らしや超シングル社会にぴったりやん。まだまだ街には当時の物件が残っているけど、コンセプトを持ってちゃんとデザインすれば、ニーズはきっとある。フリーランスが増えてスモールオフィスも求められている時代だし、何より立地がいい。

    大人しめの90年代を経て、2000年前後にデザインブームが到来。火付け役となったのがミッドセンチュリーなどのインテリアたち。その流れがやがて建築全体へと広がり……。

    2000年代に入ってからがこれまた面白いのだけど、話がさらに長くなるので別の機会に。

    戦後81年。我が国の暮らしや社会環境は大きく変わった。
    今、こうして振り返ると、「住」の歴史が地層のように積み重なっていることに気づく。そして街の何気ない古い物件を見学するたびに、各時代の暮らしの記憶に触れたような気がして、心を動かされる。
    この部屋でどんな人がどんなふうに暮らしていたのだろう……歴史の教科書には載らない、けれど確かに誰かが生きていた時間がそこにはあった。

    そんなことを思えるようになったのも、今という時代だからかもしれない。例えば80年代に60年代を振り返っても、歴史というには浅すぎる。
    そしてあの頃、多くの人が見ていたのはきっと明るい未来。過去を懐かしむより、今を楽しみ、希望に満ちた未来に想いを馳せていたのではないだろうか……少なくとも僕はそうだった。

    そして、ふと気づいた。
    これって、人間も同じやん。

    *****

    青春の扉を開いたばかりの息子を見ていると、自分のその頃を思い出し、なんだかソワソワしてしまう。息子と少年時代の自分が時折シンクロする。体育祭のダンスはちゃんと仕上がったん?なんて心配したりして、こっそり一緒に青春している今日この頃。

    僕が中学時代に聴いていた音楽に彼が反応してくれたときは、密かに嬉しかった。シャカタクのナイトバーズ。今思えば、ずいぶんと大人っぽい曲だ。

    FMで音楽を聴いていた時代、流れてくるのはサザンやユーミン、山下達郎……。そこにAORやブラコンなどの洋楽が入ってきて、80年代幕開けとともにマイケルたちがやってきた。懐かしのMTVやベストヒットUSAの影響もあり、僕はすぐにアメリカやUKの音楽の虜になった。

    そんな洋楽の中でも、ふと思い出すのはシャカタクのナイトバーズ。
    夏の終わりの深夜、ラジオから聞こえてくる都会的でどこか切ない音楽。僕だけの小さな世界で、ぼんやりと勉強机に向かい、ひんやりしたそのメロディを静かに見つめていた。窓の向こうは何にも見えない深い闇。坊主頭でニキビっつらの少年は、九州の片隅で窓の外に広がる大きな夜を前に、いったい何を想っていたのだろう。遠すぎて思い出せない。

    やがて経験していく、人生のときめきやほろ苦さ……その手前で耳を澄ませていたあの頃の僕に、都会の夜の鳥たちが何か語りかけていたのかもしれない。

    今ではネットのサブスクで音楽を楽しんでいる。
    わざわざ購入してまでは聴くこともない曲でも、気ままにチョイスできるから嬉しい。小学生の頃、テレビの歌番組に出ていた昭和歌謡やアイドルの歌なんかも、こっそりイヤホンで聴きながら家で仕事をしていたりする。

    サブスクで懐かしい曲を聴くようになり、最近はよく昔を振り返る。
    いや、サブスクが理由ではなく、単に歳をとったのだ。

    昔を振り返るなんて、若い頃はダサいことだと思っていた。
    そもそも二十歳の頃には懐かしむ過去なんてないに等しい。ましてや、当時はその瞬間と未来にしか関心がなかった。

    50代も終わりに近づいた今となっては、思い出が地層のように積もっている。そしてサブスクの音楽がすぐにその頃の景色に連れて行ってくれる。僕の歴史に積もる様々な時代。自分の中の時間旅行。

    これはおじさんになって知った、思いもよらぬ楽しみである。

    歳を重ねるのも悪くない。

    *****

    隣のリビングから、テレビの朝のニュースが小さく聞こえる。

    僕はまだベッドの中でうつらうつらとしている。
    昨晩、諸々することがあって寝るのが遅かった。おまけに今日の仕事はちょっと遅めのスタート。もう少し寝ていてもいい。

    どうやら、深夜のサッカーはブラジルに負けてしまったようだ。1対2か……もちろん残念だけど、決勝トーナメント本番のサッカー王国相手にこのスコアで負けたのだったら悪くはない。

    朝食をとっている妻と息子の声も聞こえてくる。プールはまだ冷たいとか、新しいスニーカーを買って欲しいとか、いつものたわいのない会話。

    僕は目を閉じたまま、なんとなく、我が家の日常に耳を傾ける。テレビの音やら家族の声、洗濯機の回る音も微かに聞こえる。

    箸が食器に触れる小さな音や時折こぼれる笑い声。壁越しに届く気配が、子守唄のように僕を包んでいく。

    やがてまた、浅い眠りが訪れる。
    現実と夢がマーブル模様のように渦をまく。

    夢うつつの中で、いつしか僕は、ある未来からこの朝を眺めていた。まるで遠い過去の記憶を映画のスクリーンで見ているように。

    そこにあるのは、何の変哲もない日常。
    でも、消えてしまった後は、もう戻らないかけがえのないひと時。儚い情景。

    僕はその小さな温もりにそっと手をのばし、抱きしめた。

    *****

    「そろそろ起きたら」と僕を呼ぶ妻の声で目を覚ます。

    ベッドを出るとキッチンで洗い物をしている妻に「おはよう」と声をかけ、そのままトイレへ。息子はもう家を出た後だった。

    洗面所で顔を洗い、鏡を見る。
    見慣れたメガネで坊主のおじさんが、いつも通りにそこにいた。

    梅雨の合間、今日は天気が良さそうだ。
    午前中の用事を済ませたら自転車こいで、物件の取材に出かけよう。

    リビングへ戻る途中、玄関ホールを横切る。
    壁にはピンクのポップアート。

    絵の中のチャーミングな3人姉妹は、
    今日も誰かに笑いかけている。


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    仕事も趣味も不動産 「住」にまつわる活動をしています。 ・ひかり生活デザイン代表 ・不動産プランナー ・福岡市在住 日々良日。 身近をより良く、楽しく... 基本、自転車でぶらぶらしています。

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