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【掌編小説】土曜日の優しい雨

    長雨が続いていた。
    私は、雨の日のコインランドリーが好きだ。
    最新型の乾燥機は、仕上がりがとても気持ちがいい。

    雨の日の土曜日は、乾燥機の使用率が高いので、なるべく早朝に来ている。

    いつもは、家に戻るが、今日は一冊の本を忍ばせてきた。幼い頃から謎解きの張り詰めた空気を感じるミステリーが好きだった。

    窓の外は激しく雨が降り続いている。
    ガラスを叩く大粒の水滴を前に、五席のカウンターがある。
    左端に一人の男性が本を読んでいた。私は一番離れた右端に座った。何気なく彼の方へ視線を向けた。

    ——同じ本。そして同じ白いスニーカー。

    私は、トートバッグから本を取り出し、そっとカウンターに置いた。ブックカバーは付けていない。

    男性が私の本にチラリと視線を流す。私は思わず、アダムとイブが描かれた、禁断の青黄色の表紙を男性に向けていた。
    目が合い、お互い軽く会釈を交わす。

    「偶然ですね」

    ロイヤルブルーのシャツがよく似合う彼は、紳士的な笑顔を浮かべて声をかけてくれた。
    「そうですね」
    私は心の高鳴りを隠すように、なんとなくふわりと応える。

    「とても難解ですね」
    「私、今から読むところなんです」
    「これは、失礼しました」
    「いえいえ。楽しみです」
    「このシリーズは、一気に引き込まれますからね」
    「そうですね。私全巻持っています」
    「僕もです」

    長い人生、読書が趣味だと知っていたのは親だけだった。
    誰にも見せない秘密を共有できたような、とても心地のいい会話。読みたいという気持ちと、このまま話していたいという気持ちが、静かに重なり合っていく。

    「今回は、どんな感じですか?」
    「そうですね。やはり一筋縄ではいかない難解さですが……今日の日にぴったりですよ」
    「それは、雨が関連してるとか?」
    「読んでからのお楽しみです」
    私は悪戯っぽく、クスッと笑った。

    その時、彼のポケットで携帯が短く鳴った。乾燥が終わった合図だ。
    彼は名残惜しそうに立ち上がり、私を振り返って言った。

    「僕、雨の日のコインランドリーが好きなんです」

    気付けば、あんなに激しかった雨の音が静まっている。雲の隙間から陽だまりが少しずつ差し込み、優しい雨が窓を濡らしていた。

    雨と、本と、白いスニーカー。

    ふたりの時間は、ここから静かに回り出す——


    この作品に、茉依(まい)さんがポッドキャストで素敵な声の命を吹き込んでくださいました。心に染み入る優しくて温かい朗読はこちらからお聴きいただけます。
    ごゆっくりご堪能ください。
    茉依(まい)さん ありがとうございます☺️


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