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芋出し画像

玙くずかもしれない。それでも母は曞き続けた。

    立った瞬間に䜓の䞭から蚘憶が湧き出しおきた。鶏小屋から聞こえる鶏の声。祖母が卵を取りに入っおいくのを、小屋の倖からじっず眺めおいた。

    瞁偎はい぀も開けっ攟しで、玄関には鍵なぞかかっおいない。近所の人がごめんくださいずやっおきお、䞊がり框に座っおおしゃべりしたり、畑でずれたものを持っおきおくれたりしおいた。玄関の戞が開く音がするず、誰だろうず芋に行きたくなるのを少し我慢しお、聞き耳を立おおいた。

    田舎に行くず、匟ずかくれんがをした。郚屋がいく぀もあっお、隠れ堎所には困らない。でもしばらくみ぀けにきおくれないず、ちょっず怖くなっおわざず音を出したりした。

    小さかった頃は倖トむレしかなかった。真っ黒い穎に吞い蟌たれそうな気がしお、おしゃべりしながら甚を足し、倧急ぎで戞を開けた。しばらく心臓が飛び出そうなくらいドキドキが続く。

    母屋の察面にあるお蔵にはい぀も鍵がかかっおいた。䞀床だけ、甚があるずいう父にくっ぀いお䞀緒に入ったこずがある。たしか、ハヌモニカを取っおくれたのだった。朚で䜜られた小さなハヌモニカは私の宝物だ。他にも面癜そうなものがたくさんあっお、ワクワクしたけど、父は戻るずいう。父に、これは䜕などず聞いたりしお、少しでも長くいたい、もっず芋たいず思いながら鍵を閉める父を芋おいた。

    ゆでたおのトりモロコシず枝豆の銙り。ちくちくするキュりリ。
    すぐ裏には小川が流れおいお、そこでずっおきたばかりのキュりリやトマトを流れないようにしお、冷やした。庭には井戞があっお、時にはスむカが冷やされおいたりした。遠くに山が芋えた。

    小さい頃、家族で旅行するこずはほずんどなかった。倏䌑みに父の生家に遊びに来るのは䞀幎のうちの最倧の楜しみだった。朝庭に出るず、セミの抜け殻があちこちにあった。匟ず、どっちがたくさん芋぀けられるか競争した。䞀床は脱皮䞭のセミを芋぀けお、瞁偎に぀れおきお、殻から出お飛び立぀のを芋送ったこずもあった。
     
    なぜ、今になっお蚪ねたのか。母が曞き続けおいたから、ずしか蚀いようがない。

    䞀枚の写真がある。

    コスモスの咲く庭で、小孊生の私が2歳の効を肩車しおちょっず緊匵したような神劙そうな顔をしおいる。父の田舎で撮っおもらった写真だ。

    先日、その同じ堎所に立った。ほが35幎ぶりだった。
    思っおいたよりずっず小さい。

    母に写真を撮っおもらった。
    コスモスはなかったけれど、お蔵はあった。畑もあった。
    ここに私のルヌツがある、ずそのずき思った。来られおよかった。
    父ずは来られなかったけど、母ず䞀緒に来られた。

    今幎になっお、母が40幎近く曞き溜めおいた゚ッセむを本にした。
    同人誌に掲茉されおいた分だけで29冊。最近曞いたものも合わせるず、
    およそ500ペヌゞ。
    線集しながら、知らなかった景色や忘れおいた思い出がいく぀も出おきた。

    小孊3幎生のずき、私は1時間以䞊䞀人だけで電車に乗ったこずがある。
    倧奜きないずこのお姉ちゃんが迎えに来おくれお、車で父の田舎を蚪ねた。祖母ず叔父䌯母ずいずこのお姉ちゃんの4人の倧人を独り占めだ。

    普段は3人兄匟の姉ずしお匟効の面倒を芋る偎だったのに、私だけが面倒を芋おもらえる唯䞀の子䟛だった。家族ず離れお、䞀人芪戚のうちに行くずいうのは、圓時の私にずっおは初めおの冒険旅行だったはずだが、緊匵よりも、楜しかった蚘憶だけが残っおいる。

    ただ、なぜ䞀人だけで行ったのか、ずっず知らなかった。

    答えは母の゚ッセむの䞭にあった。
    母はその頃、倧芪友に䌚いに行っおいた。私が倧冒険をしおいたあの日、母には母の人生があった。圓たり前のこずなのに、文章で読んで初めお、そうかず思った。

    卒論が倧詰めだった倧孊生の頃、垰宅が倜遅くになるこずが倚かった。
    母の゚ッセむに、私が連絡せず母たちが心配する様子が曞かれおいた。
    駅の自転車眮堎も、ひず気のない道を自転車で飛ばすのも怖かったこずを思い出した。
    昔は携垯もなく、うちは駅から遠かった。
    その時の母の気持ちは、今ならよくわかる。

    同じ日々を、私たちは別々に生きおいた。同じ屋根の䞋にいおも、それぞれの目に映っおいた景色は違った。
    母が曞き続けおいたから、その景色が残った。

    母の想いに觊れお、ドキッずした郚分がある。
    子䟛は2人以䞊育おる方がいいずいう䟡倀芳がいく぀かの䜜品ににじみ出おいる。それが知らないうちに私に刷り蟌たれおいたこずに気づいた。

    ふっず、䞀人っ子を育おる人に察し、兄匟はいた方がいいっお思っおしたうこずがある。決しお蚀わないけれど。私も母に染たっおいた。

    自分では気づいおいない芪の䟡倀芳が、知らず知らず子ども達に刷り蟌たれおいるのかもしれない。ちょっずホラヌだ。

    その500ペヌゞを、今、私の嚘も読んでいる。

    読みながら嚘が笑った堎面がある。
    母が若い頃、わがたたに育おおはいけないず思うあたり、幌い私の腕を匕っ匵っお脱臌させおしたった話だ。
    ゚ッセむには人柄が出る、ず嚘は蚀った。

    嚘が笑った母の゚ッセむ、私は最初読んだずき、ちょっず胞がちくっずした。その時はなぜそう感じたのかわからなかった。でも、嚘がおばあちゃんらしさが出おいるず蚀ったずき、ああそういうこずかず思った。

    わがたたに育おおはいけないずいう空気が、たぶんうちの䞭に蔓延しおいたのだろう。我が家では、自己䞻匵はご法床だった。思っおいおも飲み蟌んでいたのだ。空気ず䞀緒に。

    䞭孊幎になっお、お小遣いが少しだけ増えた。でも、郚掻の郚費を払ったり、必芁なものを買うずほずんど残らない。もう少しだけお小遣いを増やしおほしい、ず思った。

    蚀おうずするず喉がカラカラになっお、䜓がきゅっず硬くなり、口がうたくコントロヌルできない。結局蚀えなかった。

    今ならわかる。私の䞭の小さな私を、理性の私が封じ蟌めた。
    わがたたではいけなかった。生きるために。
    䞡芪の匕いたレヌルの䞊を倧きくはみ出すこずなく、進んだ。

    知らないうちに、やりたい、欲しい、行きたい、そんな蚀葉たちを出おきそうになるたびに、ごくんず飲み蟌み、ずっずわがたたな自分をぐるぐるに瞛っおいたあの日の蚘憶ず぀ながったのだ。

    私だっお本圓は蚀いたかった。やりたい、欲しい、行きたい。
    私の子䟛たちはちゃんず䞻匵できる。嚘ず私の受け取り方の違いはそういうこずかもしれない。

    ゚ッセむには、母が、自分の父を自慢に思っおいる気持ちがあふれおいお、私でもくすぐったい気分になる。

    たた、母が家族からたっぷりの愛情を感じおいたこずも感じられる。
    そのこずに、なぜかもやっずした。

    それはなぜか最初はわからなかった。しかし、線集を重ねる䞭で腑に萜ちた。子䟛を甘えさせるこずはよくないずいう母の䟡倀芳が挏れ出おいた。

    甘えたかったのに甘えられなかった自分に気づいおしたった。私は、甘えられなくお寂しかったのだ。小孊生の頃、所詮人間は独りだず気づき愕然ずしたこずを䞍意に思い出した。そう思ったきっかけは芚えおいないが、もしかしたら蚀葉にできない寂しさを感じおいたのかもしれない。

    母の゚ッセむで自分の育おられ方に気づいおしたった。衝撃だった。

    母自身は愛情を感じお育っおいた。しかし、私自身は愛情を十分に感じおいなかった。そこに気づいお、母はずるい、ず思っおしたったのだ。

    ちゃんず育おなきゃずいう母の気持ちが優先されおいたのかもしれない。今ならわかる。田舎から出おきお芪戚が近くにいないからこそ、自分が子どもを正しくしっかり育おないず、ず気負っおいたのだろう。

    だから、母を責める気にはならない。母は母なりに粟䞀杯だったのだから。
    身内の゚ッセむはある意味怖い、ず思った。

    ゚ッセむの䞭に「玙くず」ずいう䞀線がある。

    母の父、぀たり私の祖父が日蚘を曞いおいた。
    祖父はよく蚀っおいたそうだ。こんなもん、俺が死んだら玙くずだ、ず。

    母はその蚀葉に匕っかかりながら、自分もあるずきから曞き始め、そしお曞き続けおいる。

    祖父に勧められ、私も小孊生の頃は毎日、日蚘を曞いおいた。䞭孊に入っお忙しくなり、やめた。高校生の頃、遊びに行ったずき、祖父があの蚀葉を蚀った。こんなもん、玙くずだ、ず。
    そのずき私は内心、だから日蚘をやめおも悪くない、ず倉換した。その蚘憶が、ずっず残っおいた。

    母の゚ッセむを読んで、母もあの蚀葉に匕っかかっおいたのだず知った。
    祖父の蚀葉が、母にも刺さっおいた。

    母の゚ッセむは、母の母぀たり、私の祖母が亡くなった時のこずから始たる。私にずっおは、初めお倧切な人が亡くなった衝撃の経隓だった。
    他にも、もう䌚えなくなっおしたった人たちが、゚ッセむの䞭で生き生きず描かれおいる。母方の祖父母、母の兄、私の父も。たた、䌚ったこずのない母方の祖母の䞡芪や兄匟やいずこたちも。

    曞かれるこずで、その人はい぀たでも生きおいる。

    本を䜜らないかず提案したのは私だ。

    そのきっかけの䞀぀も、実は母の゚ッセむだった。「父の遺䜜展」ずいう䜜品がある。絵を描いおいた母の父私の祖父が自分の絵の展芧䌚を開きたいず蚀っおいたのに突然亡くなっおしたった。そこで、父の意志を継いで母の兄私の叔父が遺䜜展を開いたずいうものだった。

    それを読んだのは、たぶん30幎以䞊前。

    母が元気なうちに、母の䜜品をたずめお手枡したいず思い始めた。きっかけは、遺䜜展を䌁画した叔父かもしれない。

    母ず䞀緒にお芋舞いに行ったずき、母ず叔父は子どものころのこずを楜しそうに話しおいた。母の゚ッセむには子䟛のころの叔父ずの思い出も色々曞いおあった。

    今幎に入っお、母に提案しおみた。やっおくれるならお願いしたいけど無理しなくおもいいず少し消極的な返事だった。それでも珟実化しおくるに぀れ、母もだんだん本気になっおきた。

    本が完成し、母ずの䌚話が増えた。本が完成したずたん、修正䟝頌が次々ず舞い蟌んできたのは想定倖だった。ちょっずぞこむ。
    増刷を頌たれたのは嬉しい誀算だ。たあいいか。

    本がきっかけで、先日旅をした。存呜の芪戚や父の生家を蚪ねたのだ。

    母が幎賀状で぀ないでくれた䜏所を頌りにレンタカヌを走らせる。平成の倧合䜵で䜏居衚瀺が違っおいお道に迷う。偶然にも遠い芪戚だずいう方にトラックで先導しおもらい、いずこに䌚えた。話したのはほが50幎ぶりかもしれない。母が぀なぎずめおくれた倧切な瞁だ。

    その時、今は無人になっおしたっおいる父の生家も蚪ねた。
     
    母が゚ッセむを曞き始めた幎をずうに越しおいるが、私もこれから曞き継ぎたいず思うようになった。玙くずならぬ電子ゎミかもしれないが。

    祖父が曞いおいた。母が曞き続けおいる。私が本にした。嚘が読んで、嚘も゚ッセむを曞きたくなったず蚀っおいる。

    誰かに蚀われたわけでもない。読んで、觊れお、曞きたくなった。䞖代を超えお続く。

    母は今日も曞いおいる。
    曞こうず思うず、芋方が倉わる。母の゚ッセむにそう曞いおあった。その通りだ。曞くこずは、日垞をもう䞀床䞁寧に生きるこずだ。

    効を肩車しおちょっず神劙な顔をしおいる小孊生の私。

    写真の䞭の私は、ただ䜕も知らない顔をしおいる。でも立った瞬間、あの堎所の蚘憶が䜓の䞭から溢れおきた。

    写真には写せない時間が、確かにあそこにあった。
    これから、日々を曞いおゆこうず思う。

     
     
    母ずの関係、3人の個性豊かな子どもたちずのこずを䞭心にあれこれを぀づる雑蚘垳です

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