移住生活 定点観測①
移住して丸二か月、所感を記しておこうと思う
日々は驚くほど淡々と進んだ。
4月の頭とGWは十分に帰省滞在をして、
月に1度は都内のきらめきがある場所で友人と朝から落ち合い、
月に2度ほどは午前勤務後に帰り途中の大型書店に立ち寄り、
それ以外は朝起きて仕事に行き、たまにスーパーによるくらいでそそくさお家に帰る、そんな毎日。
とにかく昼休憩が待ち遠しいし、家に帰るのが待ち遠しくて、
でもだからといって何をする訳でもなく。
電車の中でも家に帰ってからもドラマや動画を見て、
毎日8時間ほどたっぷり眠った。
今日まで体調を保っているのはこの何でもない長すぎる休息の時間と
惜しみない睡眠時間の確保のたまものだと思ふ。
精神的には帰郷をホープポイントに見据えながら、出来るだけ友人と連絡を保持して、孤独から少しでも距離を取ろうとした。
どうしようもない恐怖感やふさぎ込む感じはなかった。
ある日ホームシックになってない?と聞かれて「平気の範囲だけど余裕でさみしいですが」の気持ちを自認してからは、逃げてばかりも怖くなり、故郷の今時期の風景を思い描いてみたり、過去の選択の違いによって「あったかもしれない今」について想像を膨らませたりして、多少ナーバスになってみたりもした。
とにかく経済的な土台が崩れていてそれに萎えているような気もするが、それはそうと私は売れなかった時代のあの人やあの人達を知っている。給料日が見えているだけ自分はマシだとほんの少し希望の光を見出したり、いや、このままでたまるかいな、売れてやる!(誰から何においてかは明らかでない)と決意を固めつつあったりもする。
昨年と同様の生活を続けていたら今頃退屈だったろうし、今は今で窮地に立たされている。どちらがとは言えないほどに絶妙なバランスでどちらをとっても幸福感は同じ程度だと言えるかもしれない。これはモギケン先生の理論らしく、早く知りたかったよ、めちゃくちゃ本当じゃん、と実感している。
この二か月の思考や変化した点についてもぜひ記録したい。
そしてまた淡々と過ごす日々の先に、この先意外と大丈夫だったなと思える自分がいてほしい。今の直近の願い事はそれかも。何とかなれ!
私はこの身体の正常を一生懸命に保ち、理性も必要十分働かせる所存だ。