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敬愛と畏怖ともしも

    自然というのは
    誰にでも平等を与えるものである。

    格差がこれでもかと蔓延る現代社会において
    平等は貴重だ。

    時に人間に恵みを与え、時に人間に牙をむく。
    そこに一切の感情は無い。

    僕みたいな、人間を穿った見方でしか見れないような人間にとって
    感情もなく平等にただそこにあり続ける自然という存在は、心地の良い存在だったりもする。

    が、しかし。

    僕には、どうしても畏怖という感情が芽生える自然がある。
    それは、自分丸ごと飲み込んでしまいそうな海でもなければ、圧倒的な存在感を誇る大木でもない。

    端的に言ってしまえば、夕方だ。

    いや、ちゃんと説明しますよ。もちろん。
    お得意の文字数だけが長くなる回りくどい文章で。

    昼と夜の境界線に位置する夕方。

    その中でも
    美しいとされるあの山吹色の夕焼けの後。
    空から色が失われて
    暗闇になるまでの僅かな時間。

    僕はあの数分がどうしようもなく、苦手だ。
    怖いと言い切ってしまって差し支えない。

    嬉々として感情を文章に起こすのが好きな僕だけれども、あの恐怖だけはうまく言葉にできない。

    脳内をのたうち回る様々な思考回路に
    定まらなくなる視界。

    どうしようもない胸のざわめきに
    行き場のない感情たちが押し寄せてくる。
    涙を必死にこらえる。

    僕はこの感情の名前を、25年生きた今でも知らない。
    暗闇に対する、人間の本能的な恐怖なのかもしれない。

    ともすれば
    存外

    最新テクノロジーに甘え切って堕落した僕にも
    生物的な要素が根強く残っているかもしれない。

    自然に対する畏怖で
    ある種自分と自然の繋がりを観測しようとは
    なんだか少し滑稽な話のようにも聞こえるし、
    それこそが自然の根源なのかもしれない。

    まぁ僕は学者でもなければ、理科が物理だの化学だのへと名義変更を遂げた時点で投げ出した分際なので、間違っても不用意な発言はできない。

    曲がり間違って、この現象への明確な答えを所有している頭脳の持ち主が、ここまでこの文章を読んでいたのだとしたら

    どうか僕に、この感情の名前を
    教えてくれたらと
    淡い期待なんかを抱いて
    ここに置いておきます。

    ご拝読、どうも有り難うございました。

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