
晩柑と、記憶の薄皮
「ばんかん?」
「そう、“ば ん か ん”」
「晩秋の“晩”に、蜜柑の“柑”」
「“晩柑”っていうみたい」
妻がスーパーのおつとめ品で買ってきた、柑橘系の果物らしい。
台所に立ったとき、ふわりと初夏の香りが鼻をかすめた。
視線を落とすと、キッチンの上に、ごろりとした柑橘が三つ並んでいる。手のひらほどの大きさで、黄色い皮には少しだけ傷があった。
思わず一つ手に取り、鼻元へ近づけて深呼吸をする。
爽やかな香りが、胸いっぱいに広がった。
「いい匂いやなあ」
そう言うと、妻が、
「“ばんかん”って言うらしいで」
と教えてくれた。
聞き慣れない名前に、思わず聞き返した。それが冒頭のやり取りだ。
正確には、“河内晩柑”。
なんとも文学の匂いがする名前だと思う。
文章の中に置くだけで、少し品格が漂う気がするし、俳句に入れれば、下手でもそれっぽく見えてしまいそうだ。
そんなことを考えながら、また深呼吸する。
キッチンのまわりは、すっかり晩柑の香りで満たされていた。
「こういう柑橘の匂い嗅ぐと、国語の教科書思い出すわ」
すると妻が、
「あー、わかる。わかる!」
と食いついた。
「『はっさく』っていう話やったかな」
「そうそう。“はっさく”!」
「タクシーの中に持ち込んで、柑橘の香りでいっぱいになって、幸せな気分になる話やんな」
「あれ好きやったわ」
そんなふうに盛り上がって、二人でスマホを開き、
『はっさく 国語』
で検索する。
けれど、そんな作品は出てこない。
「あれ?」
首をかしげながら検索結果を辿っていくと、出てきたのは、あまんきみこ作『白いぼうし』だった。
読んでみると、間違いなく、あの物語だった。
なぜ二人そろって『はっさく』だと思い込んでいたのだろう。
記憶とは、本当に曖昧なものだ。
けれど、その曖昧さのおかげで、印象深かった物語をもう一度読み返すことができた。
いい物語というのは、時間が経っても色褪せない。
むしろ、歳を重ねたぶんだけ、静かに染み込んでくる。
そんな幸福な気分のまま、晩柑の皮をむく。
果肉を半分ずつ皿に分けると、部屋いっぱいに香りが広がった。
一房を口に運ぶ。
ぷつりと薄皮が弾け、果汁がこぼれる。
甘酸っぱい風味が、口いっぱいに広がった。
まるで、初夏そのものを食べているみたいだった。
「めっちゃジューシーやな」
「また買わなあかんな」
そんなことを話しながら、ふと思いついて一句。
晩柑や 遠き朗読 語りだす
……いや、まだまだですね。
晩柑の品格に、完全に負けている。