
宇宙人はどこから来るのか?何故彼らはここに来るのか?
宇宙人やUFOは、遠い宇宙からやって来るのではない。未来から時間を超えてやってくる存在ではない。
彼らは、すでにこの地球、この空間に存在している。この地球は、高次元が折りたたまれるように重なって存在している。ただ人間には三次元としてしか認識できないだけだ。
宇宙存在やUFOは、ほとんどの人には見えていないだけで、高次の折り畳まれた空間にいる。すでにいるのだ。
UFOが金属でできた乗り物であるとか、宇宙人が人型をしているというイメージも、人間の限られた視点から生まれたものに過ぎないのかもしれない。
本来、姿を可視化する必要もなければ、言葉を使って会話をする必要もない。
では、言葉を使わない彼らは、情報処理能力が低いのだろうか。もちろん、そうではない。
言葉がなくても意思は伝えられる。
脳という器官がなくても、無限とも思える情報処理ができる。
それこそが、高次の存在としての在り方なのではないだろうか。
では、地球の動植物はどうだろう。
植物は言葉を話さない。
単細胞生物は脳と言う器官は持たない。
それでも彼らは環境を感じ取り、適応し、生き続けている。むしろ人間より古くから存在している。
彼らの在り方は、高次元の存在たちと同じではないか?
人間視点からは単純に見える生命ほど、実は高次元的存在なのではないだろうか?
「人間は、この星で最も賢い存在だ。」
「地球は人間のための星だ。」
もしそう考えているなら、そこには大きなスコトーマ(認識の盲点)だ。
近年、UFOや宇宙存在に関する情報が少しずつ開示され始めている。
それは、人間が持っているスコトーマ(認識の盲点)を外せるタイミングが来ている、ということだと思う。
私は、人間の能力が低いと言いたいわけではない。「言語」「思考」「物質」これらの言葉にまとわりつく意味を外すと世界はさらに豊かになる。人間もまた高次の存在としての一面を持っていることに気づく。
動物や植物を見て「愛おしい」と感じること。
沈む夕日に心を動かされること。
意味のわからない外国語の歌にすら心が震える。
まだ訪れていない未来に胸を躍らせること。
そうした体験は、思考だけでは説明できない。人間の高次な一面の現れだ。
地球に生きるすべての生命は、ただ等しく存在している。宇宙存在もまた、同じように、ただ存在している。
尊重、尊敬、調和。
全ての存在達に向けられるべき思いであると改めて実感する。
ひとりひと宇宙。