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無とか空とか悟りとか


    すべての存在は悟った存在である

    それでも悟りたいと人は思う


    それは悟った状態が元いた場所だから

    それは悟った状態を忘れているから


    しかし悟りたいと思っていると悟れない

    悟りたいと思っている状態が出現し続ける


    そもそも、悟っていたら、ここに存在できない

    悟りたい、悟ったという思考ができない

    悟っていたら、思考する私がいないから

    悟っていたら、悟りたい、悟ったという私がいないから


    だから悟ったままの人はいない

    一瞥体験はある

    一瞥体験したからといって

    現象界(この世)で起こることは変わらない


    捉え方は変わるかもね



    無とか空とか宇宙とかワンネスとか 
    言葉にすることが難しい
    言葉にすると誤解・矛盾が生じる

    あと、見せられないからね。

    無とか空の存在だから、何もしないということにもならない。
    その一端を。





     
     
    Book Cafe ☆ Makana|2020年noteでOpen 香りと言葉を紡ぐ人 読書・読み聞かせ、子育て、俳句、旅を通して、 人と物語を見つめています。 アロマ歴20年以上。インタビュー記事の執筆も。 中編小説『Pourpre』で【note創作大賞2026】応募中

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