メインコンテンツへスキップ
見出し画像

【StartingOver番外編】贖罪と覚悟と

    水野明日香

    「シャボン玉の演出、素敵だった。」
    沙良がうっとりしたような顔で呟いた。先週日曜日に見た模擬結婚式の演出が気に入ったらしい。
    「だったら俺達の結婚式でもやってみようか。」
    「えっ?いいの?」
    「いいよ。沙良がやりたいなら。」
    沙良は俺の言葉に戸惑ったような、でも嬉しそうな顔を見せた。この顔をいつも見たいと思う。だから叶えられる沙良の願いは全部叶えてやりたい、と心から思う。
    俺と沙良はもうすぐ結婚する。式と披露宴は俺の仕事の関係でもう少し先なのだが、新居への引っ越しを期に入籍しようと話している。今日は引っ越しのための荷造りをしているところだ。仕事を言い訳に一向に進まない荷造りを沙良が見かねて手伝いに来てくれた。本当なら入籍も式も一緒にしたいよな。色々我慢させてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だからせめて結婚式と披露宴については沙良の願いを可能な限り叶えてあげるつもりだ。
    「あらっ?」
    机の上を片付けていた沙良が突然声を上げた。
    「どうした?」
    「悟さん、こんな時計、持っていた?」
    沙良が机の上においていた腕時計を俺に見せた。
    「あ、ああ、それ。」
    腕時計を見た俺は、少し考えてこう言った。
    「ずっと前に親戚からもらったけどあんまり好きなデザインじゃなくてな。ほとんどつけないまま放っておいたんだ。」
    「そうなんだ。」
    沙良が納得したようなしてないような複雑そうな表情を見せた。居心地の悪い間が空き、俺は思わず立ち上がった。
    「疲れただろう。お茶入れるよ。」
    「あっ、私がする。悟さんは机の上を物、確認して。」
    「ああ。」
    沙良は台所へ向かった。何度もこの部屋に来ている彼女はどこに何があるかよく分かっている。俺はお茶の準備を彼女に任せて机の上を片付け始めた。俺は別に嘘はついていない。隠していることはあるけど。結婚前から隠し事なんて、とは思うが、世の中知らなくていいコトもある。特に元カノのことは。
    夕布子。沙良と付き合う前に付き合っていた同僚。沙良と出会わなかったら間違いなく結婚していたであろう人だ。沙良と出会い、俺は沙良のことしか考えられなくなってしまったことで、夕布子に対してはかなり不誠実だったと今では思う。最終的には夕布子が身を引く形で別れた。「仕事がしたいから別れて」という彼女の言葉を疑いもしなかった。俺と沙良の幸せのために俺は夕布子のことをずいぶん傷つけていた。その事を知らされたのは、1年ぶりに夕布子に再会した時だった。
    「私が何も知らないとでも思っていた?ふざけないでよ。どんな気持ちであんたのそばにいたと思っているの。」
    「私に想いがないなら、さっさと別れてほしかった。」
    「さようなら、小泉さん。」
    沙良が見つけた腕時計は一度は夕布子にあげたものだが、最後に会った時に返された。売ることも考えたが、手元に残しておくことにした。
    夕布子を傷つけたことの対する贖罪のつもりだった。
    俺と夕布子は付き合っていたことを徹底的に隠した。人からあれこれ詮索されるのが煩わしかったから。沙良と付き合い始めた時はあっさり公表したから大違いだな、と思う。多分夕布子には色々思う所はあったと思う。別れの腹いせにバラされてもおかしくはなかった。だけど今でも俺の周りでは俺と夕布子が付き合っていたことを知る人はいない。夕布子は何も言わずに去ったからだ。後輩から慕われていた夕布子。その元カレである俺と付き合う沙良が悪く言われずに済んでいるのは夕布子のおかげた。沙良も夕布子のことを慕っていた。だからこそ夕布子と付き合っていたことだけは隠し通さないといけない。それこそ一生をかけてでも。
    俺は腕時計をいつも持ち歩く鞄の中へ入れた。この腕時計を見るたびに俺は思い出すだろう。隠し通すと決めた秘密のことを。それは夕布子への贖罪でありこれから共に歩いていく沙良を守っていくという覚悟なのかもしれない。
    「おい、手伝おうか?」
    「大丈夫。もうよういできたよ。」
    「じゃあ、そっちへ行くよ。」
    俺は鞄を置いて台所へ向かった。鞄の中の腕時計が大きなトラブルを呼ぶのはもう少し後のこと。その時の俺にはこの先の幸せしか見えていなかった。


    こちらに参加しています。小牧部長、今週もよろしくお願いします🙇

    『StartingOver』シリーズ番外編第2弾です。今回は夕布子の元カレ、小泉悟を主人公にしました。ラストの不穏な感じは続編への伏線ということで……。続編は相変わらず構想中です。

     
     
     
    田舎に住むシングルおばさんです。エッセイもどきや詩、小説を書いたりするのが好きです。

    あなたへのおすすめ