
『よその子になりなさい』
幼稚園の頃の、トラウマ級の記憶だ。
春先に友だちと田んぼで楽しく遊んでいて、毛糸のパンツを泥だらけにした。母から「もう田んぼで遊んではいけません」とキツく叱られた。
けれど、友だちは皆、毎日田んぼで遊んでいる。幼い子供の社会は、友だちと家庭が全てだ。呼びに来てくれた友だちを断り、一人だけ参加しないという選択肢は無かった。結局、再び毛糸のパンツを泥で汚して帰宅した私に、母は冷たくこう言い放った。
「言う事の聞けない子はうちの子じゃありません。よその子になりなさい」
昭和の家庭ではお馴染みの、この追放宣告。さすがに今時こんなことを言う親はいないだろうけれど、当時は本当に震え上がったものだ。(ちなみに、現在一緒に暮らしている母本人は、当時のことをまったく覚えていないらしい)。
大人になり、ふとこの記憶が蘇ったとき、これはキリスト教などにおける「悪魔崇拝(サタニズム)」の構造とまったく同じではないかと思い至った。
私たち日本人からすると、悪魔崇拝と聞けば、ホラー映画に出てくるような生贄を捧げる狂信的なオカルト集団をイメージしがちだ。しかし、彼らの成り立ちは、もっと切実で現実的なものだったのではないだろうか。
絶対的な「父」である神のルールで成り立っている「聖なる家」には、厳格な教義がある。かつてのキリスト教社会において、例えば同性愛者や堕胎経験者など、そのルールからはみ出してしまった人々は、その家に住むことを許されなかった。
無宗教層が多い現代の日本人には、「厳しい宗教から追放されたなら万々歳。むしろ自由を手に入れられてよかったのでは?」と思えるかもしれない。だが、生まれた時から宗教が生活の基本である世界において、「宗教」とは「コミュニティ」そのものである。そこからの追放は、自由の獲得などではなく、生きていくための保護や人との繋がりをすべて奪われる「社会的死」を意味する。
行き場を失い、「うちの子」であることを許されなかった彼らはどうしたか。生きるために、自分と同じような考えや立場の者同士で集まり、新しいコミュニティを作るしかなかったのだ。
その「仕方なく身を寄せ合った、よその子たちのコミュニティ」を、「聖なる家」の側から貼ったレッテルこそが、「悪魔崇拝」だったのではないか。
人間としての根幹から外れた「純粋な悪」や「オリジナルの悪」は滅多にあるものでは無く、それらは医学的な扱いを受ける。大抵は悪意から泥だらけになったわけではなく、ただ自分の世界に忠実に生きたその結果として、絶対的なルールから外れてしまった。悪は、強固な「善」のシステムがトリガーとなっているのではないだろうか。
悪魔崇拝と聞いて頭に思い浮かぶステレオタイプとは違う、「仕方なくよその子になった悪魔崇拝者」がいるのかもしれない。
レッテルを貼りさっさと片付けてしまう前に、その背景を掬い、見えない事情に想像力を働かせる。
家から出て行こうとしている足を立ち止まらせるのは、見つめる眼差しの温度なのだろう。