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芋出し画像

䞃倕なんお倧嫌い

    「結果が出るのは二週間埌になりたす。
    たたその頃に来おください。」
    医垫は淡々ず告げた。

    母に腫瘍が芋぀かった。
    良性なのか、悪性なのか、今の段階では誰にも分からない。ただ、突劂ずしお日垞に真っ黒なむンクを萜ずされたような、䞍穏な「二週間」が始たった。

    病院の垰り道、母ずスヌパヌに立ち寄った。
    食品売り堎の脇に、ぜ぀んず小さな䞃倕食りが眮かれおいた。プラスチックの笹の葉が、冷房の颚に揺れおいる。
    ちょうど暊は䞃倕の盎前だった。

    「お母さん、これ曞こうよ」
    無理やり明るい声を出し、私は色ずりどりの短冊から䞀枚を匕き抜いた。
    ペンを握り、少しだけ考えおからさらさらず文字を走らせる。

    『母の腫瘍が、悪性ではありたせんように』

    その時はただ、どこか他人事のような軜さがあった。きっず倧䞈倫。
    「ただの良性腫瘍やったやん」ず笑い合えるはず。

    そう自分に蚀い聞かせるための、気䌑めのおたじないのようなものだった。
    けれど、珟実はそんな甘いものではなかった。

    その日から、母の䜓調は悪化しおいった。
    昚日たで食べられおいたものが喉を通らなくなり、肌の色が暗くなっおいく。
    スヌパヌに䞊ぶ商品の「二週間埌」を指す賞味期限を芋るだけで、心臓が握り぀ぶされるような感芚に陥った。
    呚囲の客たちの䜕気ない䌚話が、たるで遠い異囜の蚀語のように、私の耳を玠通りしおいく。
    䞖界から自分だけが切り離されたような、底冷えする孀独の䞭にいた。

    気付けば、私は街の䞭で「䞃倕食り」ばかりを探すようになっおいた。
    たたたた通りかかった商店街の軒先。
    「願い事を曞いおください」ず曞かれた案内を芋぀け、吞い寄せられる。
    短冊を手に取り、ペンを走らせた。

    『母の腫瘍が、絶察に悪性ではありたせんように』

    それだけでは足りない気がしお、翌日、䌚瀟の゚ントランスに食られた立掟な笹の葉にも、同じ願いを吊るした。

    週末、母を元気づけようず連れお行ったレストラン。その片隅に芋぀けた䞃倕食りにも、私は祈るようにペンを走らせた。

    芋かけるたびに、曞いた。
    曞かずにはいられなかった。

    そうしなければ、自分を保おなかったのだ。
    心がざわざわずしお、仕事䞭も頭の䞭にあるのは母のこずばかりだった。
    メヌルを打぀手は止たり、曞類の文字は滑っお頭に入っおこない。

    これだけ祈ったのだ。
    圊星でも織姫でも、誰でもいいから、䞀枚くらいは芋぀けおくれるだろう。
    最悪の結果が頭をよぎるたび、私はどこかの街角に吊るした䜕枚もの短冊の文字を思い浮かべお、必死に恐怖を打ち消そうずした。

    二週間が経った。
    医垫から告げられた蚀葉は、非情だった。
    「怜査の結果ですが、悪性でした。」
    頭を匷く殎られたような衝撃の埌、䞖界が急激に色を倱っおいくのが分かった。
    隣にいる母の肩は、小さく震えおいた。
    病院を出た瞬間、涙よりも先に激しい怒りが蟌み䞊げおきた。

    䞃倕なんお、倧嫌いだ。
    願い事を曞けば叶うなんお、党郚倧人の嘘じゃないか。
    無心に祈っおきた時間を返しお欲しかった。
    母の䜓を蝕む病に、䜕も届かなかった祈りの時間に、激しい怒りを芚えた。

    でも、怒りをぶ぀ける盞手はどこにもいない。
    医垫を責めるのはお門違いだし、誰にもあたれない。行き堎のない怒りず䞍安を胞に抱えたたた、私はただ、拳を匷く握りしめるこずしかできなかった。

    そんな絶望のどん底にいた日、倫がすぐに駆け぀けおくれた。倫の顔を芋た瞬間、匵り詰めおいた糞が切れそうになったが、隣にはもっず䞍安なはずの母がいる。私は必死で涙をこらえた。
    母がぜ぀りず呟いた。

    「  蓮の花が、芋たいねぇ」
    それは、唐突な願いだった。
    けれど倫は、䜕も聞かずに「いいずころを知っおいたす。今から行きたしょう」ず、静かに車を走らせおくれた。
    着いたのは、倕暮れ時の池だった。
    蓮の花は、朝に咲いお昌には閉じおしたう。
    池にぜ぀ぜ぀ず䜇む蓮の花は、どれも固く蕟を閉じ、倕闇に沈んでいた。

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    「暗くおあんたり芋えないね」
    私はスマホのカメラを向けた。
    画面の明るさを最倧にし、少しでも綺麗に芋えるように、楜しそうな思い出になるように、䜕床も䜕床もシャッタヌを切った。

    私の撮った写真を芋぀めながら、母は蚊の鳎くような声で蚀った。
    「死んだらごめんね。  蓮の花だけに  」
    冗談めかそうずしお、隠しきれない本音が挏れ出たような呟きだった。
    「䜕蚀っおるの、死なんよ」
    私は怒ったような声を出し、笑っおみせた。
    それしか、その堎に満ちおいる死の気配を远い払う方法が分からなかった。

    感傷に浞る猶予すら、
    病魔は䞎えおくれなかった。

    母の病状は進行が早く、手術は早急に行われるこずになった。
    手術を目前に控え、医垫は厳しい衚情のたた、私たちにさらなる珟実を突き぀けた。

    「手術は長時間になりたす。幎霢的なこずも含め、術埌の回埩は遅く、埌遺症が残る可胜性が高いです。以前ず党く同じ生掻に戻るこずは難しい、ず芚悟しおおいおください。」

    目の前が真っ暗になった。
    私たちは䞀歩も身動きが取れないたた、
    手術の日を迎えるこずずなった。

    手術宀の扉が閉たっおから、時蚈の針は信じられないほど遅く進んだ。
    䞀分が、䞀時間のように感じられる。
    手術を埅぀控宀の、あの独特の静けさず空気の重さ。匵り詰めた神経のせいで、ずっず耳の奥で䞍快な耳鳎りが響いおいる。
    時折、廊䞋の向こうから聞こえおくる誰かの笑い声に、猛烈な苛立ちが蟌み䞊げおきた。
    䞖界䞭で自分たちだけが奈萜の底に突き萜ずされた孀独感の䞭で、他人の平穏な日垞がどうしおも蚱せなかった。

    どれほど埅っただろうか。
    手術宀から医垫が出おきた。

    「手術は無事に終わりたした。」
    その蚀葉を聞いた瞬間、凍り぀いおいた私の䞖界に、䞀気に血が巡るような感芚がした。

    麻酔から芚めた母の元ぞ向かう。ベッドの䞊の母は、ただがんやりずしおいお、焊点の合わない目で私を芋぀めおいた。
    けれど、あの日、倕暮れの蓮の池で「死んだらごめんね」ず呟いた母が、今、確かに目の前で息をしおいる。
    それだけで十分だった。



    あれから、䞀幎が経った。
    「ちょっず、芋およ薬のせいで髪が薄くなっちゃっお。犿げた気がする」
    倧真面目な顔で母が文句を蚀っおいる。

    お母さん、それは薬のせいじゃなくお、もずから髪の毛は薄かったよ  

    そんな蚀葉が喉たで出かかったけど、ぐっず飲み蟌んで、「そうやね、お医者さんにクレヌムせやんな」ず笑っお合わせた。
    そんな他愛のない軜口を叩き合えるこずが、どれほどの奇跡か、私は知っおいる。

    今幎もたた、䞃倕の季節がやっおきた。
    䞀幎前、私はあれほど䞃倕を呪い、短冊なんお二床ず曞くものか、願い事なんおただのたやかしだず、激しい怒りをぶ぀けおいた。

    けれど、手術を終えお少しず぀回埩しおいく母の姿を芋ながら、ふず思い出したのは、あの日あちこちの街角に吊るしおきた、あの䞍栌奜な短冊たちだった。
    あんなにも必死に、誰かを想っお祈り続けたあの時間があったからこそ、私は今日たで歩いおこられたのかもしれない。
    あの無数の短冊は、絶望の底で私が自分自身を繋ぎ止めるための、呜綱だったのだ。

    今、私の手には䞀枚の短冊がある。
    私はペンを取り、䞀文字ず぀䞁寧に曞き蚘した。

    『母が健康でありたすように。』

    隣には、元気な母がいる。
    今を、䞀緒に生きおいる。
    あんなに嫌いだった䞃倕の、色鮮やかな短冊が、今は少しだけ愛おしく芋えた。
    さらさらず颚に揺れる笹の葉音を聞きながら、
    私は心からの祈りを䞃倕の空ぞず捧げた。

     
     
    ブラック䌁業を枡り歩き、専業䞻婊になるも、たたブラック䌁業に舞い戻った女。

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