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私はまだ人生をあきらめない⑨ 最終章・石作の小さな美術館


    霞は再びサンモリッツへ来ていた。

    バドラットパレスホテルのラウンジから見える雪山は、
    あの日と変わらず静かだった。

    けれど・・・

    景色を見つめる霞の心は、あの頃とはもう違っていた。

    「戻ってきたんだ……私」

    誰かに依存するためではない。
    逃げるためでもない。

    自分の人生を、自分で選び直すために。

    日本を発つ前、霞はある決断をしていた。

    自社ビルを建てる。

    もちろん簡単なことではない。

    不安もある。
    責任もある。

    けれど今の霞には分かっていた。

    人生は、“覚悟を決めた人”から動き出すのだと。

    小さなことも変えた。

    長年通っていた美容室を変え、メイクも少し変えてみた。

    ほんの少しなのに、鏡の中の自分が別人のように見えた。

    不思議だった。

    人は、「変わろう」と決めた瞬間から、本当に変わり始めるのかもしれない。

    このバドラットパレスへ来ると、いつも何かが動き出す。

    運命の歯車が、静かに回り始めるような気がするのだ。

    翌朝。

    霞はウォーキングを兼ねて、小さな石造りの美術館へ向かった。

    静かな林道の途中に・・・ひっそりとたたずむ。

    そこは観光客も少ない、霞の大好きな場所だった。

    古い石畳。
    木の扉。
    雪の匂い。

    そのすべてが、遠い記憶を呼び起こしていく。

    絵の前に立つと、時間の流れがゆっくりになる。

    人生に疲れた時も、迷った時も、ここへ来ると心が整った。

    一枚の絵を見つめていた時だった。

    「このアルプスの絵がお気に入りですか?」

    突然、後ろから声がした。

    霞はゆっくり振り返る。

    そこに立っていたのは、上品なグレーのジャケットを着た男性だった。

    どこか懐かしい声。

    初めて会ったはずなのに、なぜか胸がざわめく。

    男性は穏やかに微笑み、あいさつをした。
    この美術館の館長なのだそうだ。

    心臓が静かに波打った。

    「どこかでお会いしましたか?」

    霞は思わずそう聞いていた。

    男性は少しだけ微笑み、静かに首を傾げた。

    「僕も、あなたにそっくりな人と出会ったことがあるような気がしていました……」

    低く穏やかな声だった。

    霞の胸が、小さく揺れる。

    男性は窓の外の雪景色へ視線を移した。

    その横顔には、
    どこか遠い時間を見つめるような静けさがあった。

    霞は言葉を失う。

    なぜだろう。

    初めて会った人なのに、懐かしさが込み上げてくる。

    まるで長い旅の途中で、ようやく再会できた誰かのように。

    美術館の静かな空気の中で、
    時間だけがゆっくり流れていく。

    遠くで誰かの足音が響き、窓の外ではアルプスの雪が静かに降り始めていた。

    「人は……」

    男性がぽつりと言った。

    「人生の中で、何度か“同じ魂”に出会うのかもしれませんね」

    霞は小さく息をのむ。

    同じ魂・・・

    その言葉が、胸の奥へ静かに落ちていく。

    説明などできない。

    けれど人生には時々、理屈を超えて心が反応する瞬間がある。

    男性は再び霞を見つめ、優しく微笑んだ。

    「サンモリッツは、不思議な場所です。人生を変える再会が、時々起こる」

    その瞬間、霞の中で何かが静かにほどけていった。

    過去でもない。
    未来でもない。

    “今ここにいる自分”を、ようやく愛せる気がした。

    「そうだ、あなたに小さな絵を差し上げたい」

    男性はそう言うと、奥の部屋から小さな包みを持ってきた。

    丁寧に包まれた薄い紙を開くと、そこには小さな木の額に収められた絵が入っていた。

    霞は静かに息をのむ。

    その瞬間・・・

    涙があふれた。

    止まらなかった。

    そこに描かれていたのは、サンモリッツの湖を見下ろす、小さな家。

    白い雪。
    暖炉の煙。
    窓辺に差し込む冬の光。

    そして、あの坂道。

    霞は震える指で額を抱きしめた。

    「どうして……」

    声にならない。

    あの家だった。

    レオンと二人で過ごした、
    あの家。

    夢だったのか。
    幻想だったのか。
    もう自分でも分からなくなっていた、
    あの時間。

    けれど今、
    確かにここに存在している。

    男性は静かに霞を見つめていた。

    「不思議ですね」

    その声は、どこか懐かしく優しかった。

    「なぜか、その絵はあなたに渡さなければいけない気がしていたんです」

    霞は涙をぬぐいながら、もう一度絵を見る。

    胸の奥で、忘れていた何かが静かに目を覚ましていく。

    人生には、説明できないことがある。

    理屈では追いつけない再会。
    時間を超えて残る想い。
    消えたはずなのに、消えなかった記憶。

    霞は、はっとして顔を上げた。

    「……レオン?」

    けれど――

    さっきまでそこに立っていたはずの男性の姿は、どこにもなかった。

    静かな美術館。

    遠くで小さく足音が響いている。

    窓の外では、白い雪がゆっくりと舞い落ちていた。

    まるで最初から、誰もいなかったかのように。

    霞はしばらく立ち尽くしていた。

    胸の奥が不思議に温かい。

    手の中には、小さな木の額に入った絵。

    サンモリッツの湖を見下ろす、あの家・・・。

    霞はそっと額を抱きしめた。

    またサンモリッツで、宝物をいただけた。

    人生は不思議だ。

    失ったと思っていたものが、違う形で戻ってくることがある。

    終わったと思っていた場所から、新しい扉が開くこともある。

    雪景色の向こうで、アルプスの光が静かに揺れていた。

    霞はゆっくりと歩き出す。

    もう、下を向いて歩く必要はない。

    女性は・・・
    何歳になっても美しい。

    素敵な人生に祝杯を・・・

     
     
    中小企業の経営者を中心に、一般の方まで幅広くご相談をお受けしています。単発の鑑定から、顧問・定期鑑定での継続的なサポートまで対応。調布FM「開運への招待状」パーソナリティ、『方位学手帳』著者。ライオンズクラブ、慶應義塾大学三田会、NPO法人などでセミナー登壇。