
「おばちゃん。私も、焼いてみたよ」
あなたには、もう二度と味わえない「忘れられない味」があるだろうか。
実家に帰省し、家族でお墓参りに行くと、決まって同じ話になる。
「おばちゃんのパウンドケーキ、おいしかったなぁ」
それは、小学生の頃の私が、世界で一番好きだったパウンドケーキだ。
子どもの頃、祖母の家に行くと、私はいつも、「おばちゃんの家にも行きたい!」とお願いした。その人を、私たちは「おばちゃん」と呼んでいた。祖母の妹で、旦那さんと2人暮らし。自分の子どもはいなかったけれど、近所の子を我が子のように預かって育てる、面倒見がよく、どこか茶目っ気のある人だった。家ではセキセイインコをたくさん飼っていた。
突然押しかけても、おばちゃんはいつも、「あら、よくきたね。入って、入って」と、本当に嬉しそうに迎えてくれた。台所で何かをちゃちゃっと支度してくれるあいだ、私と妹は、指にとまる手乗りインコと飽きずに遊んでいた。小さな体の重みと、鳴き声、首を傾げる仕草。きちんと片づいた家には、いつも生きものの気配と、甘い焼き菓子の匂いと、おばちゃんのご機嫌な笑い声があった。
帰り際には、決まってパウンドケーキを持たせてくれた。ナッツとレーズンが入っていて、しっとりと重く、噛むほどに味が深まる。素朴で、毎日でも食べたくなる味だった。「申し訳ないね」と言いながら、いつも嬉しそうに包みを抱えて帰ったものだ。
1度だけ、「ごめんね、今日はパウンドケーキないわ」と言われた日があった。突然押しかけても必ずあるのが当たり前になっていたから、あの日のがっかりは、今でもはっきり覚えている。そのくらい、私はあのケーキが好きだった。冷蔵庫にパウンドケーキがあると、毎日それだけでわくわくして、母に断らず、こっそり1人でつまんだこともある。
好きだったのは、私だけではない。父も、私に負けないくらいあのパウンドケーキに目がなくて、最後のひと切れを取り合って、けんかになったことさえあった。
今日のは胡桃がたっぷりで、うれしいな。今日のは、いつもよりしっとりしている。今日のは、レーズンがいっぱいで、ぜいたくだ。——何が入っているんだろう。どうやって作るんだろう。ひと切れずつ味わいながら、私はいつも、心のなかでそんなことを考えていた。
私が中学生になったある日、おばちゃんが母に言った。
「ひろちゃんに、パウンドケーキの作り方を教えてあげるから、おいで」
けれど当時の私は、土日は部活でくたびれきっていて、そのうえ人見知りだった。1人でおばちゃんの台所に立つ、というたったそれだけのことが、どうしても踏み出せない。ためらっているうちに、季節だけが過ぎていった。
また今度でいい。高校生になったら行けるかもしれない。そう思っていた。
そしておばちゃんはいつも、とても元気でご機嫌だった。健康にも気を遣う人で、同じ年頃の祖母がほとんど台所に立たなくなってからも、食べるものを何でも手作りしていた。だから、この人は誰より長生きするだろうと、家族の誰もが思っていた。
だけど——。
ある日、膵臓がんが見つかった。あれほど元気だったのに、わずか1ヶ月で逝ってしまった。
レシピは、とうとう教われないまま。あの味は、二度とこの世に存在しないものになった。
それからの私は、ずっと、あの味を探していたのだと思う。
デパートの地下で、旅先のちいさな菓子店で、パウンドケーキを見かけるたびに、つい期待してしまう。ナッツとレーズン、しっとりとした生地。似たものなら、世の中にいくらでもあった。けれど、ひと口含むたびに、胸のなかで小さく首を振る。違う。これじゃない。
あれは、世界中のどこを探しても二度と出会えない、おばちゃんだけのレシピだった。
おばちゃんのお墓の前で家族と「おいしかったよね」と言い合うたびに、私の胸には、決まって同じ後悔がよぎった。
——あの日、ほんの少しだけ勇気を出して、行っていれば。
——あの日、強がらずに、「1人じゃ行けないから、一緒に来て」と母に言えていれば。
やがて私は結婚し、4人の子の母になった。サッカーに打ち込む息子たちのために、凍らせたスムージーや、米粉のチョコバナナパウンドケーキを焼いては、補食に持たせる。
とはいえ、お菓子作りが好きだったわけではない。当時の私は小麦粉をなるべく使わないようにしていたし、その場の勘で進められる料理と違って、お菓子は分量どおりにレシピを守らないとうまくいかない。きっちり計って手順を踏む作業は、どうにも性に合わなかった。それでも、子どものために必要に迫られて、補食として子ども向けのパウンドケーキは焼いた。
そんな私に、ある日、父が言った。
「あのおばちゃんのパウンドケーキ、ひろみ、作ってくれんかなぁ」
ケーキを焼いている娘を見て、ダメ元で言ってみた、感じがした。父の胸の奥にも、長いあいだ「もう一度、あの味を」という願いが、しまわれていたのだと思う。
それは私も同じだった。だから、応えたかった。パウンドケーキの型も買った。それなのに、焼けなかった。
忙しさのせいにしていたけれど、本当の理由は、もっと言葉にしにくいところにあった。
もし焼いてみて、おいしくなかったら。
家族に「おばちゃんのとは、違うね」と言われたら。
それは、ほかのお菓子をけなされるのとは、まるで違うことのように思えた。失敗した焼き菓子なら、また作り直せばいい。けれどこれは、思い出に、傷をつけてしまうことになる。
レシピを教われなかった後悔と、それでも思い出を汚したくないという怖さ。なかなか作る気にはなれなかった。
それでも、どこかで思っていた。そのうち作れるかもしれない。また、あの味に会えるかもしれない、と。作らずにいるかぎり、その「かもしれない」は消えずに残る。けれど1度焼いてしまえば、その淡い期待まで、消えてしまう。——だから私は、そのことにそっと蓋をした。諦めと一緒に、いつのまにか少し頑なになっていたのだと思う。
パウンドケーキの型は、キッチンの吊り戸棚の、一番上の、一番奥にしまわれたまま、何年も眠っていた。
その封印は、思いがけない手から解かれた。
今年の4月、小学5年生になった娘が、お菓子作りに夢中になった。誕生日に「どこへ行きたい?」と訊くと、返ってきたのは「お菓子作りの道具がほしい」。
すでに娘は欲しいものをメモしている。それも大量に。本気のようだ。
そんな娘と一緒に、半日デート。まずは製菓道具の専門店へ。
一緒に道具を選んでいるうちに、ふいに、こんな言葉が口をついて出た。
「ママがね、昔一番好きだった、おばちゃんが、よく作ってくれたパウンドケーキがあるの。——作ってみたいんだけど、手伝ってくれる?」
娘は、あっけらかんと「いいよ」と言った。
不思議だった。1人ではあれほど気が進まなかったのに、「娘と一緒なら」と思った途端、するりと作ってみるか、と思えた。うまくできなくてもいい。完璧でなくてもいい。娘と一緒に並んで台所に立つ、その時間を楽しもう。そう思えた瞬間、長い恐れが、すっと軽くなっていた。
レーズンをラム酒に漬け、焼く日を決めた。その日の朝、母からLINEが届いた。
「今日、おばちゃんの命日だから、お墓参りに行ってくるね」
何年も焼けなかったパウンドケーキを、よりによって、おばちゃんの命日に。
「おばちゃん、焼いていい?」
焼き上がりを、ひと切れ味見する。記憶のなかのおばちゃんのには、まだほど遠い。あのしっとりとした重みも、素朴な深みも、足りない。それでも私は、心を無にして、クール便でそれを実家の父へ送った。
けれど、感想は聞けなかった。「おばちゃんのには、程遠いけどね」と添えることすら、できない。正直なところ、味のことは、聞くのがこわかったのだと思う。
父からは「おいしかったーーーーーーーーーーーー」とメッセージが届いた。絵文字を使えない父が、初めてこんなーーー記号を使ったことに、心の奥がふっと軽くなるのを感じた。
ただ、おばちゃんの命日に焼けた。そのことだけで、ささやかな供養になっていればいい。おばちゃん、気持ちは伝わったかな。これで良かったのかも、と思った。
その翌月、父の日の前日、父に電話で「何がほしい?」と訊くと、
「まあ、パウンドケーキが、一番食べたいけどな」
——そうなんだ。いつものように、デパートで父の好きなバームクーヘンを買って贈るつもりでいた私は、少し意外だった。まだまだあの味には程遠い、と思っていたのに、父はもう一度、食べたいと言った。
外は土砂降りで、予定もない。「よし、作るか」。
私はまた、娘を誘った。
ちょうど前日、梅ジュースが出来上がり、残った梅を甘く煮たところだった。これを入れたら、おいしいかもしれない。ひらめいて、刻んで水気を切り、砂糖は控えめに。前回は強すぎたアーモンドプードルを少し減らしてみる。やはり、レシピ通りには作れない私。失敗するんじゃない?
卵を常温に戻す時間をたっぷりとったおかげで、今度は生地が分離する気配もない。順調。
バターを混ぜ、砂糖を加え、はちみつを落とし、溶き卵を少しずつ。一番力のいるその工程を、娘が鼻歌交じりで、うれしそうに引き受けてくれる。ナッツもレーズンもたっぷり。梅がいい仕事をしてくれるといいな。焼きはじめて15分、ふくらみはじめた生地のまんなかに、包丁で1本、すっと筋を入れる。表面が焦げそうになると、天板の向きを変える。
焼き上がったちいさなパウンドケーキが3本。ひと切れつまむと、生地はまだ落ち着いていないけれど、前より、いい。ブランデーを刷毛で塗り、あたたかいうちにラップで包む。慣れない手つきでラッピングをして、隙間にドリップコーヒーを忍ばせて、紙袋に詰める。父母と、夫の実家へ。両方の親に、その日のうちにクール便で送った。
翌日、父からメッセージが届いた。
「立派なパウンドケーキ、ありがとう。いろんなものがいっぱい入っていて、おいしかったです」
私にとって、一番忘れられない父の日になった。
おばちゃんのレシピを、私は今も知らない。あの味には、まだ届いていない。これから先も、ぴたりと同じには、たどり着けないのかもしれない。
それでも、と思う。
子どもの頃の「おいしかったなぁ」も、あの時の私の「後悔」も、「もう一度食べたい」という父の願いも、「焼きたいのに焼けない」という私の長いためらいも——そのすべてが、娘の「いいよ」の一言で、スルスルと解けた。
あの日、台所で手を動かしていたおばちゃんも、きっと、同じ気持ちだったのだろう。来てくれて、うれしい。誰かが来たら、持たせて、あげたい。おばちゃんから学んだのは、レシピそのものではなく、誰かを想って台所に立つ、その時間や想いのほうなのかもしれない。
次のお墓参りでは、いつもの「おいしかったなぁ」に、ひとことだけ、添えられる気がする。
「おばちゃん。私も、焼いてみたよ。——やっぱり、おばちゃんのパウンドケーキ、食べたいなぁ。」
あなたにも、もう二度と味わえない「忘れられない味」が、ありますか。