
何以為人
あらすじ
主人公の山田太郎は過労で倒れて目覚めると雑草になっていた。毎日踏まれながら過ごす日々でひょんなことから、完璧人間と名高い、山田が想いを寄せていた花園美麗に、雑草であることに気づかれてしまう。会話をしていく中で、人間の本質に迫る。驚き桃の木山椒の木なファンタジーの世界へ。
本編↓
「痛っ。」
俺は久々にたいそう尊大なやつに踏まれた。俺は雑草だ。正確に言うと、雑草になってしまったのだ。しかも会社を出てすぐそこの雑草になってしまった。さらに悪いことに、最近は人間としての意識が薄れつつある。理由は後々話すとして、実は、踏まれて痛い人にはある共通点があるのだ。それは態度がでかいことである。雑草になって、多くの知人に踏まれてきたからこそ分析できたが、最初は戸惑ったものだ。物理的な重さは関係なかった。肥えている中年男性は総じて痛い傾向にある。その相関は気になるところだが、冒頭の場面に戻ろう。
帰宅ラッシュの中、俺は今日も今日とて踏まれていた。その時、思わず声を出してしまった。その時足を止めた人がいた。花園美麗。それは人間離れした美貌を持ち、誰に対しても優しく平等で、正義感と責任感の強い、今風に言うとしごでき女だ。俺は密かに彼女のことを想っていた。恐れ多く、実ることのない気持ちを抱いていた。そんな彼女が少し大きな声で疑問を口にした。
「もしかして、山田くんなの?どこにいるの?」
「あっ!僕はここに…!」
まずい。思わず口に出してしまった。人間の頃も雑草になってからも空気のようで気づかれない俺は一瞬期待してしまった。
「嘘、草が喋っているの?」
「えっと、違うんです。僕なんです。」
花園さんに見つかった挙句、返事までしてしまった。きっと恐れられる。そして噂されてこれまで以上に踏まれるようになるだろう。
「本当に?それは大変だわ。でも、どうして?」
「あの!僕のことが怖くないんですか?」
「不思議だし、どうしてあげたらいいかはわからないけど、怖いはずないわ。だって山田くんでしょ?その場の空気を読むのに長けていて、気遣いができる優しい人だもの。」
「じ、自分は別にそんなことは!ただ影が薄いだけです!きっとそのせいで雑草になってしまったんでしょうし。」
「どういうこと?」
俺は迷った。俺なんかのために花園さんの時間を割いてもいいのだろうか。それに俺がこれからするのは情けない話だ。想い人の前では格好をつけたいというのが男の性であろう。しかし、やはり、話を聞いてもらいたいという欲には勝てなかった。
「話すと長くなるのですが…」
俺はそう前置きをした。花園さんは快く頷いた。
「僕は生まれてこの方目立ったことがないんです。いてもいなくてもいいような、ただそこに存在するだけの人間なんです。それでも、一度だけは目立ってみたい、その思いが自分を諦めが悪く大抵のことではへこたれないつ無駄に粘り強い男にしたんです。」
花園さんは眉を少し下げて言った。
「そんなことないわ!山田くんはいつも責任感を持って最後まで物事に取り組んでいるじゃない。それはあなたの美点よ、そんなふうに卑下しないで。」
「ははっ、花園さんは僕みたいなのにもいつも優しく接してくれます。」
だから惚れた、だなんて口が裂けても言えなかった。
「とにかく、目立たない空気のような存在で、でも、根を張ってそこに囚われたようにへばりつく、そんな雑草みたいなところが僕を雑草にしたんです。」
「それは違うと思うわ。でもそれならあなたの体はどこに行ったの?」
「ああ、言っていませんでしたね。実は出社しなくなった前の日、会社を出てすぐのところで倒れたんです。たぶん、過労死だったんだと思います。」
花園さんは目を見開いて言った。
「そんな!うちの会社はそんな…!もしかして、仕事を押し付けられていたの?」
「ええ、まあ、課長は僕のことが気に入らないみたいで、なにかと、雑用とかもさせられていたことは。」
「ひどいわ!訴えましょう。だって、課長は山田くんが来なくなってからすぐの時、 『これだからあいつは、きっと大量のミスをそのまま俺に押し付けるつもりだったんだろう。教育のためにせっかく分け与えていた仕事のな。恩を仇で返すとはな!』って、責任転嫁のようなことを大声で悪態をつきながら言っていたわ!」
花園さんは俺のために憤慨した。ああ、俺なんかのために。
「いいんです、僕は。花園さんにそんな風に言っていもらっただけで十分です。実は花園さんに憧れていたのでもう思い残すことはないです。強いて言うなら、花園さんがまた会いに来てくれたら、なんて、烏滸がましいことを、すみません。」
花園さんは目を逸らして、「ごめんなさい。」と言った。俺が謝る必要なんてないのにと言おうとしたとき、
「実はさっきあなたのことを踏んだのは私なの。」
衝撃を受ける間もなく、花園さんは口早に続けた。
「いい?よく聞きなさい。あんたのそれは憧れや恋みたいな純粋なものじゃないわ。ドロドロな劣情を孕んだ、ネチネチしたおぞましい視線を向けてたのに自分で気づいてないわけ?ずっとお前が視界に入るたび悪寒と鳥肌で気分が悪くなってたの。本能ってやつかしら。」
「そんな、はずは、」
息が詰まって視界が暗くなってきた。そんなはずはない。わけがわからない。もうほとんど雑草になりかけている。意思とは関係なく周りの植物の栄養を吸収してしまう。花園さんはお構いなしに喋っている。
「ピンヒールだから痛かったでしょ?もう〜、社長のせいだわ、脚が綺麗に見えるから履いてほしいって。でも、安いもんよね、そうやって機嫌取ればすーぐ私の言うこと聞いてくれるんだから。私社長のお気に入りなの。」
人間としての意識が消えていく。自分は何をして何を思って…
「どうしたの黙り込んじゃって?やだ〜、もしかして知らなかったの?女の子たちの間では男に媚び売ってる図太くて高慢な女扱いよ?まあ、その通りだから別にいいんだけど。」
俺の心は冷え切っていた。
「勝手に期待されて勝手に幻滅されてもね。お前のその臆病な執着心ほど虫唾が走るものはないわよ。でもなーんにも知らなかった山田くんに言っちゃったからな〜。お口チャックできないでしょ?そういうところはほんと使えないのよ。そうね、もう心残りないんでしょ?じゃあ私が決めてあげる。」
すぐさま「えいっ。」と言う声が聞こえて俺は声にならない悲鳴をあげている間に側溝の冷たい水の中にいた。心も体も、もう血が通うことはないだろう。
「ふふっ。他人の決定権を握るってなんて素敵なことなの。」
うっそりとそう言った後、あっけらかんとこう言い放った。
「こういうところよね、私が人間になったのは。」
終
この物語は「山月記」の翻案小説です。
翻案小説を翻案小説してみました。
国語の授業で書いたものをブラッシュアップしました。