メインコンテンツへスキップ

【エッセイ】嫌いな食べ物がある自分を変えようとした話①

    私は幼い頃からどうしても苦手な物がある


    元々そんなに苦手品目が多いわけではないが
    ある時期から
    苦手な食べ物がある自分自身がとても嫌になった

    当時は「直感的に、
    苦手な食べ物を無くしたいと思った!!」
    と
    周りに話していたが改めて考えると
    食べ物を食べるシチュエーションで
    必ず「配慮」が私のためだけに発動するのが
    どことなく苦痛だったからだと思う

    加えて
    苦手でもその食べ物のビジュアルは嫌いじゃなかった
    美味しいと言いながら食べる人たちが
    羨ましいとさえ思っていた

    家族や親戚、幼い頃に出会った人たちは
    目立って好き嫌いをする人がいなかったことも
    大きかった
    皆が「好きじゃないけど別に食べられなくはないよ」の
    程度だった


    私の苦手なものは
    ①香るだけで臭く感じ、その食べ物が香る部屋は過ごすのも苦痛だったもの
    ②香りはほぼ無くとも口に入れると必ずえずくもの
    だった


    つまり「別に食べられなくはないよ〜〜」
    なんて言っていられない
    苦手どころではなく、本気の大嫌いな状況だった


    一大決心した私は嫌いなものを克服しよう大作戦を
    高校生の頃スタートさせた

    協力者は、我が家の料理長の祖母
    祖母は和食洋食中華その他なんでも美味しく作ってくれる最高の協力者だった


    祖母の担当は
    嫌いな子でもまだ食べやすそうなメニューを考えて調理をする

    私の担当は「嫌いというのは先入観であり、
    本当はこれは美味しいのだ!」
    と自己暗示を掛け、
    しっかりと該当の食べ物の味を感じながら食べる  だった

    この作戦を実行するに当たり祖母に依頼した料理の条件は
    「見た目で嫌いな食べ物だとハッキリと認識できる料理」のみ

    子供の苦手克服レシピの多くは
    対象の存在がわからなくなるまで細かく切ったりペーストして
    他のものに混ぜて料理していた
    おそらく、子供は知らないうちに食べていたことを知り
    自信が出来て食べれるようになるという流れなのだろう

    しかし、当時私は高校生
    そんな無邪気に自分の才能に気づき喜び
    そのまま食べれるようになるほどの
    純粋さはもうなくなっていた

    そして、当時高校生の私はこうも考えていた

    「もし、少量が練り込まれたものを完食出来たとしても
    世の中にあるそれらを使った料理は
    素材を堂々と使った料理しかないから食べられるようにはならないだろう
    だから私は、嫌いな食べ物を目でしっかりと認識しながら
    食べて克服しなければならない」

    完全に自分を煽り奮い立たせていた
    なぜ1発目からハードモード設定にしたのかは謎である
    克服するまでは嫌いな訳だから嫌いな中で食べる期間を短めに、、、
    という謎な理論だったような気もする
    とにかく早めの実用的な克服を求めていたのだろう

    一刻も早く
    そのブツたちが入った食べ物を囲って
    みんなで「美味しいね♪」と言い合う団欒
    少し得意げに美味しく食べる自分の姿
    そんな景色を見たかったのだろう
    その想像した架空の景色をいまだに覚えている


    私をここまで奮い立たせた食べ物は大きくまとめて2つ

    「椎茸」と「乳製品」

    日本人が公立の学校で給食を食べるとなると
    毎日のように登場するものだ


    椎茸編



    初めに着手したのは椎茸だった
    鼻から抜ける香りと風味がとてつもなく臭く感じた

    煮込んだりなんかしたら
    料理全体を椎茸味にするパワーを持っている

    しかも、当時の給食には
    毎日のように使われていて
    煮物などではぶつ切りのとても大きいサイズで
    入っていた

    給食で残す勇気がなかった私は
    「丸呑み」を習得してなんとか凌いでいた
    それでもかなりのダメージを毎回喰らっていた

    ちなみに、この丸呑み技術は大人になった今
    かなり役立っている
    義務教育の9年間ぶつ切り椎茸を丸呑みし続けた結果
    どデカい薬や一度に飲む量が多いサプリでも
    一口で服薬が完了する
    (粉だけは丸呑みが役立たない為苦手)


    乳製品と比べ、椎茸は
    難易度は元々低めだった

    口に入れることは可能
    飲み込むこともできる
    しかし、咀嚼して味わう事ができない

    そこで、祖母が作った料理は
    椎茸のアヒージョだった

    見た目は、オリーブオイルが沸々していて
    椎茸がテカっていた

    地獄で椎茸が釜茹でされている感じに見えた
    悪い気はしなかった

    匂いは、
    ニンニクとオリーブオイルの香りが混ざりつつも
    しっかり椎茸だった

    一瞬怯んだが、自己暗示を再びかけ一口食べた

    …おや?意外に咀嚼してもいける…?

    とても美味しかったのだ

    もしかしたら油でコーティングされて
    咀嚼時にくるはずのニオイと味が
    そこまで襲って来なかったのかも知れない
    だからアヒージョにしてくれたのか!?

    本当にその日の椎茸は美味しかった
    祖母に大感謝し
    すぐに克服を宣言した
    (今思うと宣言が早すぎる)

    椎茸克服宣言後から
    祖母は椎茸を使った副菜を作るようになったが

    案の定、私は食べられなかった

    椎茸への拒否反応
    いつも通り「うぅ…」となってしまった 

    ただ、変化はあった
    しいたけの出汁がついた他のおかずなら
    食べれるようになったのだ

    そして
    私の中で一つの答えが出た

    周辺のおかずが食べれるなら
    椎茸本体は丸呑みだ

    これでいいんだ…!

    私なら笑顔で丸呑みして
    みんなと楽しい時間を過ごせる!
    笑顔で丸呑みする技術を磨けばいい!


    椎茸との戦いは妥協で終わった


    椎茸編 完


    私は苦手な食べ物に関して
    両親含め周りから「食べなさい!」と
    強要や圧をかけられたこともなく、
    ゆとり教育下で学校給食も残そうと思えば
    残せる緩い環境でスクスク育った

    今思うと
    克服を押し付けてくる大人があの時いたら
    私はこの大作戦をしようと思ったのだろうか…
    違う世界線を見れるならどうなっていたか覗きたい
    しかし、そんなこと奇跡あって一度だろう
    克服を強要させられている自分を見るために
    その奇跡を使うことは
    絶対にないと書きながら思った


    つづく→



    次の投稿は、多くの乳製品との戦い
    10年以上経ち新たに判明した答え合わせのような話
    その後の人生で好き嫌いの激しい人々と出会った話


    画像

    Bye-bye

    読んでくれてあんがとね


    あなたへのおすすめ