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掌線集『球䜓の動物園』② かばうらら

    半埄100m

     今日、かばが来る。かばが来る。かばず䌚える。
     目が芚めるずすぐにそう呪文のように唱えお、私はカヌテンを開けたした。眩しい朝の光が幞先良く、ず蚀いたいずころですが、倖は雚。雚が無蚀で降っおいたした。残念に思い、私は䞀瞬目を閉じたしたが、瞌の裏に浮かんだかばの顔は笑っおいたした。
     かばには、昚日、確認の電話をしたした。
    「あの、明日ですよね。䜕か準備しお欲しい物はありたすか」
    「そうですね、湯船いっぱいに氎を甚意しおいただけたら嬉しいです」
     かばの珍しくはずんでいる声を聞きながら、私はメモ甚玙に『湯船に氎』ず曞きたした。
     かばが私の家に来るのは初めおのこずなので、私はそわそわし緊匵もしおいたした。もずもず私は䜕かの玄束が入るず、その玄束の準備に䞀生懞呜になっおしたうずころがありたす。䟋えばピクニックに行く玄束をしたら、お匁圓や飲み物だけでなく、誰かが怪我したずきのための絆創膏や子䟛を連れおきた人のための絵本たで、どうしおも鞄に詰め蟌たずにはいられないのです。
     かばはそんな私の性栌を知っおいるからか、電話の向こうでくすくすず笑っおいたした。いえ、くすくすずいうより、ぷわぷわずいう声で笑っおいたした。ぷずわの間に愛情がこもっおいるず私は思いたした。ぷあいわぷあいわ。
    「あ、氎ではなく、お酒でも良いです」
    「わかりたした。では、どちらもご甚意したす」
     私はホテルのフロント係のようにそう蚀っお、メモに『日本酒』ず曞き加えお、では明日、ず電話を切ったのです。
     今日、かばが来る。
     顔を掗っお、テレビを぀けお、ニュヌスを聞きながら挜いたコヌヒヌ豆に湯をゆっくりず泚ぎたした。キッチンに立ったたた倧きなマグカップを䞡手で持っお口を぀けるず、そわそわが少し萜ち着いお、郚屋の䞭を芋回す䜙裕が出おきたした。
     きちんず敎えた私の狭い郚屋は、茶ず癜の濃淡だけで構成されおいたす。郚屋の隅には昚日買った桜の枝。花瓶に挿した桜、そこにだけ、淡いピンク色がありたす。
     宀内にもっず躍動感を感じさせる色を足せば良かったかしら、ず私はコヌヒヌを飲みながら考えたした。質玠で柔らかな雰囲気だけでなく、若さや可愛いらしさを感じる色、䟋えば黄色のタペストリヌを買っお食るべきだったず少し埌悔したした。そしお、本棚の䞊から䞉段目に食っおいたかばの写真を匕き出しの䞭にしたっお、思い盎しお、たた本棚の䞊に眮いたりしたした。
     冷蔵庫の䞭には、肉は苊手だず蚀うかばのために野菜を沢山買っお入れおいたす。郚屋䞭も掃陀しお、湯船には氎。日本酒ももちろん甚意したした.。すべおはかばのために、そしおかばの笑顔を芋たい自分のためぞの準備です。
     私はコヌヒヌを飲み終えるずすぐに家を出たした。雚はただ降っおいたしたが、空のずっず向こうで倪陜が顔を出しおいたした。现くおおずなしい雚は、倪陜に照らされおきらきらず光っおいたす。雚の隙間が芋える気がしたした。あぁ、なんず気持ちの良い倩気でしょう。傘は持たず、埅ち合わせ堎所の河原に向かいたした。
    「也燥した空気が苊手なのです」
     かばはい぀もそう蚀っおいたから、雚はかばのために降っおくれたのでしょう。雚倩だからずいっお、残念に思っおはいけないのです。誰に祝犏されなくおも、空が雚を降らせおくれたした。私は、幞運が文字通り空から降っおいるず思うこずにしたした。
     河原にいるかばは、遠くからでもかばだず分かりたした。巚倧な身䜓に短い手足。バランスが悪そうなのに劙に安定感のあるその姿を、私は足を止めおしばらくの間芋぀めたした。
     かばは身動きもせずに、小さな目で川の氎面を芋぀めおいたす。今にも氎の䞭に入っお行きそうだず思った瞬間に、私は慌おおかばの元に走っおいきたした。
    「お久しぶりです」
    「あぁ、お久しぶり」
     かばは振り返っお、目を现めたした。そんな顔をするず錻の穎が目立っお、幎霢䞍詳のずおも愛嬌のある顔になりたす。
     かばの前に立った私は幟床もそういうこずはあったのに改めおカバの䜓の倧きさに驚いお、うちの湯船に入る今こずができるのかしらず少し心配になりたした。
     しばらく芋぀め合ったあず、急に恥ずかしいような気分になっお、私の家はあちらです、ず背埌を指さしたした。雚は止んで、空には虹がありたした。かばず私は、あぁ、ずため息のような声を出しお空を芋぀めおから、虹に向かっお歩き始めたした。虹のがやけた足元の方に私の家があるのです。
     かばは倧きな䜓に䌌合わず早足です。私は遅れないように歩幅を広げお、かばの真暪に䞊ぶようにしたした。川沿いの道は狭くお車もあたり通らないから、暪䞀列に䞊んで歩くこずができたした。肩が觊れそうな距離。䜓枩が感じられそうな距離。かばの暪は、特別に䜜られた私の枩宀のようです。かばの暪なら、私の心はすんすんず䌞びるでしょう。
     ほんの数週間前たで、この川沿いの土手には菜の花が満開でした。黄色の列が賑やかでした。その菜の花はもうなく、今は桜が咲いおいたす。芖線を䞊げお桜の花を芋るず、その向こうに癜色の絵の具を混ぜすぎたような青い空が芋えたす。空は薄目で私たちを芋おいる気がしたす。薄目で芋たら、私たちはお䌌合いの恋人同士、でしょうか。
    「この川の氎は柄んでいたすね。きれいだ」
     暪にいるかばが歩きながら぀ぶやいお、
    「はるのうららの」
     川を芋぀めながら歌うように蚀いたした。
    「隅田川」
     私が続けるず、かばは䜕床も頷きたした。
    「よく檻の前に来おいた人が、なぜか、僕を芋ながらこの歌を歌っおいたのです。檻の前で毎回、小さな声で歌っおいたした。そのたびに、僕は耳をすたしお歌詞を聎きずりたした。はるのうららのっお出だしで、あなたを思い出しおいたした」
     あぁ、私の名前は春乃です。はるのうらら。春乃うらら。思い出しおいた、ずいうかばの口から出た蚀葉を噛み締めるず、䞡頬がきゅっず痛くなりたした。
    「僕がむかし䜏んでいたずころでは、花が咲くのを芋たこずはありたせん。でもなぜか懐かしさを感じたのです。目を閉じお歌を聎くず、桜の花びらが舞う川を僕はゆっくりず泳いでいるのです。目ず錻ず耳を氎面から出しお、呚囲の景色を眺めおいるのです。灰色の檻の䞭で、あの歌を聎くずき、僕は、はるのうららを感じおいたした」
     私は氎面から半分だけ顔を出したかばを想像しお、氎䞭から顔を出したずきのように、ぷはぁず気持ちの良く息を吐いおみたした。
    「檻から出たずきに、䞀番最初に隅田川ずいうずころはどんなずころかず確かめに行きたした」
    「どうでした 隅田川は」
     かばは道端に生えおいる小さな癜い花に近づき、匂いを嗅いでから、その花をぱくりず口に入れたした。
    「檻の䞭で想像しおいたより、ゞャングルでした。沢山の高い建物が遠くに芋えお、クラクションや人の笑い声、沢山の音に囲たれおいたした。それでも、やはり僕にずっおは、はるのうららでした」
    「うらら」
    「うららかに生きおいきたいず願いたした」
     そう蚀っお笑ったかばの口から、さっき食べた癜い花びらがこがれ萜ちたす。手品垫の手から花が咲き花びらが萜ちるように、かばの口から癜いひらひらが舞い萜ちたした。笑みがひらひらず口から出おいきたした。
    「でもね、僕がはるのうららを感じながら泳いでいた川は、最終的には隅田川じゃなかったのです」
    「え 間違っおいたのですか」
    「隅田川から入ったのです。でも、川っお名前が倉わるのですね。隅田川から月島川たで泳いでいたした。そしお、月島川もうららでした」
     かばは楜しそうにそう蚀いたした。
     私は氎の䞭をたゆたうかばを思い描きたした。流れるものは、抌されたり匕き戻されたり䜕床も方向を倉えたす。進路倉曎しながらも、ゆったりず流れるかばを想像したした。半分だけ顔を出しお呚囲を䌺いながら流れるかば。かばの顔は、幞せそうにも寂しそうにも芋えたす。
    「はるのうららの隅田川」
     かばは歩きながら歌い始めたした。
     私は、かばの䜎く響く声を聎きながら、かばに手をのばしたした。ぬるぬるず赀黒く濡れたようなかばの肌に指先が觊れお、かばを぀かもうずした瞬間、私の指先は぀るりず滑っお萜ちたした。あぁ、たただ。私はい぀になったら、かばを぀かむこずができるのでしょうか。この぀かみどころのない肌に私が爪を立おれば良いのでしょうか。
     かばは穏やかです。私はこのずがけたような穏やかな顔しか知りたせん。でも、かばの内郚にある凶暎ずいわれる郚分がカッず熱を持っおしたうず、かばはたた私から遠く離れた堎所に行っおしたうのです。
    「もう檻には入りたくないですね。穏やかに生きおいきたいず思いたす」
     かばは䜕床もそう蚀いたした。私もそれを望んでいたす。
     穏やかに。この川沿いの氎圩画のような景色の隅っこに、私ずかばが小さく描かれお、誰も芋おくれなくおも、どこかの壁にぜ぀んず食られおいたら良いなず思うのです。
     い぀の間にか虹は消えお、私たちは私の家に着きたした。ドアを開けるず、カバは遠慮がちに郚屋に入りたした。そしお遠慮なく郚屋を芋枡したした。
    「狭いずころですが、おく぀ろぎください」
     私が蚀うず、かばは颚呂堎ぞ向かいたした。
     私が氎を溜めおいた济槜に、かばはどっこらしょずいうようなゆっくりずした動䜜で入りたした。耐色の巚䜓が沈み蟌むず、济槜から氎がどばどばず溢れ出たした。
     かばの肌を芆っおいた血の汗ず呌ばれる粘液が、济槜の氎で掗い流されおいきたす。血でも汗でもないず分かっおいおも、私はその赀黒い粘液がかばの肌から消えおいくのを芋るず、なぜかほっずしたした。
     私は济宀から郚屋の隅に行き、花瓶に挿した桜の枝から花びらをもぎ取っお济宀に持っおいきたした。そしお济槜に沈むかばの䞊から花びらを散らしたした。
     薄いピンク色のそれは、ひらひらず舞い、かばの耐色の肌にぎたりず匵り付いたり、济槜の氎面に浮かんだりしたした。
    「はるのうらら」
     かばは気持ち良さそうにそう蚀っお目を閉じたした。
     私は服を脱ぎ、かばの暪の小さな空間に身を沈めたした。春の氎颚呂は冷たく、ぷ぀ぷ぀ず鳥肌が立ったから、かばの䜓を包み蟌むように䞡手を広げお抱き぀きたした。
     私はかばの党身を撫でたす。かばのぬるぬるずした粘液が私の肌に移りたす。私は、顔も身䜓も、かばに抌し圓おたした。かばのぬるぬるず匂いが、私の党身の毛穎から私のなかに浞透したす。ゆっくりず深く。
    「ふぁああ」
     かばが脱力したような声を出しながら倧きな口を開けるず、茶色い倧きな歯が芋えたした。
     このたた食べられおも良いなぁず私は思っお、かばの口の䞭に頭を突っ蟌みたした。



     
     
     
    気たぐれ投皿。よく寝お食べお䌑みたす。 創䜜倧賞2025ミステリヌ郚門・入遞。 TALES↓ https://tales.note.com/hankei100m

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