
琴線に触れた音の琴線に身体で触れたい
(約1100字)
ひょんな流れで、ギターを始めることになった。
父から譲り受けたアコースティックギターは、1960年代のYAMAHA Dynamic Guitar No.2 だ。
父曰く、二十代だった頃、当時のブームに押されひと月分の給料をつぎ込み手に入れたが、ほんの数回爪弾いたきり全くモノにできなかったそうだ。以来ずっと実家にお蔵入りしていた。
二十年以上前、夢を叶えるため上京した。父のアコギも持っていった。ズブの素人で全く弾けないのに、一人暮らしのアパートに置いておくだけで、都会生活に箔がつくような気がしたのだ。音楽を志す若者に自分をなぞらえて、ストイックでノスタルジックな気分を上げたかったのかもしれない。
アコギは部屋のインテリアと化した。
当時付き合っていたインドネシア人の彼がうちにやってきた時、おもむろに抱えて爪弾いた。見た目古ぼけているけどちゃんと音階が鳴る。飾りじゃなくて本来の楽器としての役割を果たしている時のアコギは、誇らしげに輝いていた。
せっかく都会にまで持っていったのなら、片手間にギター教室に通えばよかったのだけれど、その機会も余裕もなかった。当時はインドネシア語の通訳で身を立てようとしゃかりきになっていたし、音楽は色々聴いてはいたものの演奏する側になってみようという興味や意欲自体が乏しかったのだろう。
6年後、夢に挫折した。東京のアパートを引き払い地元にUターンし、医療系の道に進んだ。PTの資格を取るまで勉強、実習、テストの日々になり、資格を取るや否や病院に就職し仕事漬けの日々が続く。大病を患い休職し、復帰後あれよあれよと結婚する運びになり、息つく暇もなく子どもが生まれ育児家事に明け暮れ職場復帰した。この間じっくりと楽器を奏でる余裕などなかった。
冒頭に書いた「ひょんな流れ」は、話すと長くなるので今回は割愛する。
とにかく3つの曲を無性にギターで弾けるようになりたくて仕方なくなったのだ。これらの曲は今まで生きてきてさまざまな音楽に触れる中で、とりわけ深く心を動かされたものである。
ギターだけでなくピアノでも弾けるようになりたい。ピアノは子どもの頃習っていたのである程度勝手がわかる。あわよくば弾きながら歌えれば最高だ。眼鏡をかけてウェーブのロングヘアでジーンズもしくはマキシ丈の巻きスカートをはき、異国のジプシーかヒッピー風の流しのミュージシャンみたいに、国籍を問わず老若男女が行き交い行商が往来する猥雑な街角で、ギターとピアノの弾き語りをしたい。
