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Photo byaromaki

出し惜しみの不安

     最近、香水にハマっている。
     ハマっているというか、助けられている。と言える。

     がくんと倒れるように訪れた不調に、強い力で抱きしめられていた。長いこと。わたしは家からしばりつけになって、コンビニまで、駅前まで歩くこともできない日々が続いた。
     もうそうしたら家の中で過ごすしかなくて、それは、大きな幸福も不幸も訪れない、不安をやり過ごすような日々だった。
     不安や不幸っていうのは、大きな幸福で上書きするのが常套手段だと思うのだけれど、家の中では何もない。病欠っていうのは、休日と違う。何かを生み出す能力が、とっても低くて嫌になる。

     メイクボックスに刺さっていた、サンプルの香水を手に取った理由を、いまでも思い出せないのだけれど、たしかにそうした。
     友達からもらった、バラの匂いがするやつと、ミスディオール、メゾンマルジェラのレプリカ。
     手の甲に乗せると、香りが自分に向かってくる。というのを見て、シュッと吹き付ける。ふわあっと香りが広がって、からだの中から自分が、すうっと離れていくような。それは、自分がどれだけ「ゴキゲンで過ごそう」とか、「何もしないことを許そう」とか念じるのとは別の次元で、「良い匂いだからそれでヨシ」と、肩を叩かれているような感覚。

     今月はそんなふうにして、いい匂いのアイテムを積極的に使っている。
     籠城するソファーには、ジョーマローンのオレンジコロンを常備して
     ベッドには、サボンのファブリックミスト。
     本棚に置いてあった、SHIROのボディーコロンを、日常的に振り掛ける。
     そう、日常的に。
     今までは少し、非日常を演出したくて、特別なときに使っていたそれらを、振りまく。大盤振る舞いみたいに。大切じゃないときにも。いつでも、守ってもらう。

     お気に入りのものとの付き合い方は、いつも悩む。
     お気に入りのワンピースも、「休みの日にいつも着る」っていうのと、「特別なお出かけのときに着る」っていうのは意味も存在も異なる。
     わたしはいつも後者の、特別なお出かけのときに、ってやつとの付き合い方が難しいと思う。大切なものは、使えば使うほど擦り切れて、わたしはいつも不安になる。香水は使うことよりも、「ある」ことが大切なような気がしていた。

     今日は、友達が置いていってくれた香水を使っている。彼女が自身でブレンドしたもので、「何かテンションが〜ってときには、”振り掛けて”使ってね」と言っていた。
     振り掛けて、というのがいい。水浴びをした大型犬みたいに、首をばさばさと振りながら「こんな感じで」と実演付きで。


     家中の香水がなくなってしまったらどうしよう。と、今でも少し思う。
    「きみは、不安なんだね」と友だちが言う。
     そんなことはないと思っていたけれど、たぶん、性分として。持っておきたいんだと思う。未使用の有給、ガチャを引ける無料の石、未読の本、積んでおきたい。いつかのために。そのときが訪れて、わたしが動揺しないために。さみしくないために。
    「きみは、不安を前借りしている」と、先生は言った。そうかもしれない、と今では思う。

     取り急ぎ、いまの不安を蹴飛ばしながら、お気に入りの匂いをシュッとまとう。願わくば、未来の不安なんかは、未来のわたしが蹴飛ばしていますように。そんな勇敢な未来に繋いでゆくため、いまあるすべてを出し惜しみしないで暮らしていけますように。




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