
300点の向こう側
300点満点で生きてきた人の、その後
今の私は、もう点数では生きていません。でも、300点満点で生きていた私を、少し離れたところから眺めている自分は、まだいる…。
当時の私は、100点では足りないと思っていました。
200点を取っても、なぜか落ち着かなくて。
ちゃんとしている。
迷惑もかけていない。
それなりにできている。
それでも、
「まだ足りない気がする」という感覚だけが消えませんでした。
だから自然と、もっとやる方向に進んでいって。頼まれたら断らない。
期待には応える。ちゃんとした人でいようとする。
今思えば、あれは向上心というより、減点されることへの怖さだった気がします。300点を取りたい、というより、0点になるのが怖かったのかもしれません。
休むのは減点。断るのは減点。弱音を吐くのは減点。立ち止まるのは、もっと減点。だから私は、点数を足し続けました。加点していれば、0点にはならないと信じていたからかもしれません。
不思議なことに、300点を取り続けていくほど、自分に厳しくなっていきました。
100点は「普通」。
200点は「まだ足りない」。
300点で、ようやくスタートライン。
点数だけが、静かにインフレしていって。
でも、今振り返ったとしても。あの生き方が、全部間違っていたとは思っていません。あの時の私は、ああするしかなかったのだと思うし、あそこまでやったから、今ここに立っている気もする。
ただ一つ、確かなのは、当時の私は「自分が何点で幸せなのか」を知らなかったのです。今はもう、満点を取らなきゃ、という発想は出てこないけど。
それは、強くなったわけでも、悟ったわけでもなくて。300点満点の世界を、一度やりきってしまっただけなのだと思います。点数を取り続けた先に、私の欲しかったものは、なかった。
だから私は今、点数表を見ない。今日は何点か、を考えない。
減点されたかどうかも、あまり気にしない。300点満点で生きてきた人の末路は、意外と静か。
燃え尽きるわけでも、壊れるわけでもなく、ただ、採点をやめる。そして気づく。幸せは、満点の向こう側にはなかった。最初から、点数の外にあった。
でも、これって人それぞれ。私の感覚が正解ではない。
だからこそ。私たちは今、自分自身が思う道を全力で進むことがとってもとっても大切なんだと改めて感じました。みなさんは、今どんなことに全力で向き合ってますか?
今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。いつもスキ・コメント等嬉しいです。今日も出会いに感謝を。
はんぶんこ。