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パンツは、人生でいちばん信用できる服かもしれない。


朝、服を選ぶ。

今日は人に会うから、これ。

今日はちょっとちゃんとした用事があるから、これ。

今日は家にいるだけだから、まあこれでいい。

服には、それなりに気を遣う。

ところがパンツになると、急に判断が雑になる。

「まあ、見えないし。」

この一言で、すべてが許される。

ゴムが伸びていてもいい。

ちょっと色あせていてもいい。

いつ買ったのか思い出せなくてもいい。

なんなら、ウエスト部分に謎の毛玉があっても、

「まあ、履ける。」

で終わる。

パンツに対する私の基準は、異常に低い。


でも、ふと思った。

これってパンツだけじゃない。

人間は「誰にも見られないところ」に対して、ものすごく正直だ。

誰かに会う日は、髪を整える。

出かける日は、服を選ぶ。

写真を撮る日は、顔をつくる。

SNSに載せるなら、何枚も撮って一番いいものを選ぶ。

なのに、誰にも見られないパンツは、

「これでいい。」

である。

もしかするとパンツは、

他人の目から完全に解放された、唯一の衣類なのではないか。


だから私は、たまに新しいパンツを履くと妙に気分がいい。

誰にも見えない。

誰にも褒められない。

もちろん、

「そのパンツ、素敵ですね」

なんて言われることもない。

それなのに、ちょっとだけ気分がいい。

背筋まで伸びる。

今日の私、なんかいい。

パンツ一枚で。

これはつまり、

自分をご機嫌にするためのものは、必ずしも誰かに見せる必要がない

ということなのではないか。


そう考えると、パンツはなかなか奥が深い。

誰にも見せないからこそ、
自分の扱いがそのまま出る。

「今日はどうでもいいから、これでいい。」

の日もある。

「誰にも会わないけど、今日はこれ。」

の日もある。

たった一枚のパンツで、

自分を雑に扱っている日と、
ちょっと大事にしている日が、
なんとなく分かる。


そして今日。

朝、私は新品のパンツを履いた。

特に予定はない。

誰にも会わない。

でも、なんとなく気分がいい。

鏡の前で服を着る。

髪を整える。

そして思う。

誰にも見えないところくらい、

自分が「これ、好き」と思えるものでいいじゃないか。

……まあ、

そのパンツを見せる相手は誰もいないんだけど。



この記事はたかっちさんの#600note祭りに参加用に書いたものです。
なんだか書きなれないこと書いたせいで、テンション変だけど😅

最初はね。600にまつわるお題で考えていたんです。
でも、おもいつかない~💦と悩んでいたら
今朝お題がひとつ増えていた😂

いや、実は初日からあったけど、3日目にして正式に?お題として認められたあれが…。



たかっちさん、いつもありがとうございます!


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