調律師のいる街|第II幕8話
第8話《胸の空白が未来へ傾く:主人公》
朝の気配が、胸の奥にそっと触れた。
その触れ方を受けきれず、
胸の空白が小さく震えた。
震えは、沈みの列にうまく乗れなかった。
半拍だけ外れたまま、
どこに置けばいいのか分からないように揺れていた。
その揺れが胸の奥を細く折り返すと、
深度の底がふっと静かになった。
静けさの端で支えを失い、
胸の空白は薄く浮いた。
浮いた揺れは、
未来側へそっと引かれていった。
痛みではなく、
胸の奥の位置が少しずらされるような、
細い違和感だけが残った。
胸の空白の震えの端に、
やわらかい光が触れた。
触れた光は沈みきれず、
小さく跳ねた。
その跳ねが、
胸の空白をもう一度未来側へ引いた。
胸の空白は、
世界の揺れより半拍遅れて震えた。
その遅れが胸の奥に薄い影をつくり、
影は未来側へ傾いた。
傾きの端に触れたとき、
胸の空白は深度をひとつ跳ね上げた。
跳ねた揺れは、
自分でも気づけないほど静かだった。
その静けさの高さに、
金色の揺れがふわりと触れた。
遠くで誰かが息をしているような、
やわらかい気配だった。
胸の空白はその金色を受けきれず、
浅い深度で細く折れた。
折れた揺れは、
未来側へそっと流れていった。
胸の空白は、
未来側の揺れと金色の揺れのあいだで、
位置を決められないまま震えていた。
その震えが、
自分の中心を少しだけ変えていくのを、
主人公はまだ知らなかった。