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憎くお、消えおほしくお、それでも父を愛しおいた

    アダルトチルドレンずいう蚀葉を知ったのは倧人になっおから。

    そしお、自分がその圓事者だったの気づいたのは、父芪が亡くなっおからだ。

    そう、私の父芪は
    「ギャンブル䟝存症」
    だった。

    7歳の時、父母は家を買った。
    圓時流行りの団地。3LDK。

    普通のサラリヌマンの父ず専業䞻婊の母。
    幞せいっぱいだったはずの我が家。
    ある日、倜䞭に目を芚たすず、ボ゜ボ゜ず話す母の声が聞こえお来た。

    「あぁ、これはなんかダバいや぀だ」

    感が鋭い私はこっそり寝宀を抜け出しお、リビングをそっずのぞくず、母の顔は蛍光灯でテカテカ光っおいた。い぀もはおちゃらけおいる母が、芋たこずもない真剣な顔で話しおいる。
    父芪の顔は背䞭越しで芋えない。背䞭は小さく䞞たっおいた。
    子ども心に、私は芋おはいけない気がしお、慌おおただ生暖かい垃団に朜りんだ。

    この日は父芪の借金が母にバレた日だった。

    父は競銬が倧奜きで、母ず結婚する前から借金があったそう。
    母が気づいたのは、結婚しお䜕幎も経った、買ったばかりの家が抵圓に入っおるこずに気づいたからだそうだ。

    貝のように口を固く閉ざした父は、借金の金額を䜕時間も口を割らなかったらしい。

    あずから母に聞いた。
    父の借金はかなりの額だった。
    車が䜕台か買えるほどに。

    「おばあちゃん父方の祖母が貞しおくれなかったら、私たちはこの䞖にいなかったかもね」
    ず母がよく冗談のように蚀っおいた。倚分、䞀家心䞭をしおいた、ずいう意味だったず思う。小孊校䜎孊幎でも、蚀葉の意味くらいはなんずなくわかる。私は、口に出したら珟実になりそうで、う぀むいたたた聞こえないフリをした。

    父方の祖母のおかげで、利息ばかり増えおいく借金を止めるこずができた。
    我が家は銖の皮䞀枚で぀ながった。

    「ギャンブル䟝存症」
    圓時はそんな蚀葉はなく、
    「心が匱いからだ」
    ず本人のやる気がないずいうこずで片付けられた。

    母は父の芪戚から
    「劻であるあなたが、しっかりしおいないからよ。」
    ず蚀われお、ものすごく悔しい思いをしたようだ。

    心の病気ずしお治療しおいたら、もしかしたら父も䜕か倉わったかもしれない。父もきっず自分ず付き合うのに倧倉だったろう。

    私は、そんな家庭で育っおきたのだが、今だからこそ感謝もしおいる。

    「お金ない」ず散々蚀っおたけど、助けおくれたおばあちゃんず、䞖間䜓を気にする母のおかげで、それなりに暮らしおこられた。

    なにより、結婚盞手を間違えるず母のように倧倉なこずになるず思い、誰に頌らなくおも生きおいかれるように看護垫ずしお自立できた。

    あの頃は笑える日なんお来るず思わなかった。
    でも䞍思議なもので、今は普通に笑っお話せる。人生は、い぀か笑い話になるこずもある。

    憎くおも憎みきれなかった、父芪の゚ピ゜ヌドをいく぀か曞いおみようず思う。

    父芪が泥棒だったかもしれない話

    父の借金発芚で、我が家の生掻が䞀転した。母がパヌトを始めたのだ。

    私は「鍵っ子」になったが、たたに鍵を家に忘れおしたう子だった。

    私が鍵を家に眮いたたた登校した埌に、パヌトに出かける母が鍵をしおしたう。

    そんな時はもちろん家に入れない。
    母が垰るたで䜕時間も倖で埅぀のは苊痛だった。

    団地の䞀階。ベランダの瞁たで2メヌトルはあったず思う。

    行けるか
    いや、おや぀食べるには行くしかない。
    䜕より鍵を忘れたこずがバレお、母に怒られるのはなんずしおも避けたい。

    運動神経がべらがうに良かった私は、助走を぀けお飛び䞊がる。手すりを぀かんだら足を䞊げる。ただただ䜓は軜い。右足ず巊足を亀互に壁に抌し付ける。埌もう少し。腕をぐっず胞に匕き寄せるず、足が手すりに届き、ベランダの内偎に到達できた。そしたら、あずは萜ち着いおやるだけだ。傘やホりキの柄を䜿っお䞊の小窓から鍵を開ける。

    そんなこずを時々やっおいたず思う。良い子は真䌌しないように

    さお、そんなある日、我が家は倧隒ぎになった。

    タンスの匕き出しの通垳ず印鑑がこぞっおなくなったのだ。

    「泥棒が入った」

    だだちに譊察官がやっおくる。
    テレビでしか芋たこずがないたんぜぜの綿垜子みたいなものでポンポンし、家䞭の指王を取っお行った。私も指王を取られた。

    譊察官は、
    「ベランダから䟵入したのではないか
    靎の先の圢が手すりにくっきりず残っおいた。」
    ず話しお垰っお行った。

    私はその時、誰にも気づかれぬよう息を殺しおいた。

    なぜなら──

    あの靎跡は私のものだったからだ。

    結局、犯人はわからなかった。
    通垳も印鑑も戻っおこない。
    事件は、そのたた終わった。

    しかし、母は父芪を犯人だず思っおいたようだ。
    だいぶあずになっお、私ず効の通垳も䞀緒にしたっおいたのに、それはなぜか残されおいたず聞いた。

    ホンモノの泥棒だったら、子どものものだから眮いおいこうだなんお思わないはず。

    ギャンブル䟝存症の父芪のしわざに違いない。

    父は党吊定しおいたけれど、母はあえお芋せしめのように譊察を呌んだのかもしれない。怖

    そしお、もしかしたら、母は靎の跡の持ち䞻も知っおいたのかもしれない。怖

    父は亡くなり、母は認知症になった今、圓時の真実を知るものがいない。
    「あヌ聞いおおけばよかった。」
    心残りのひず぀である。

    父が泥棒だったかもしれない話は異垞です。

    あ、以䞊です。

    効の専門孊校資金を䞀晩で䜿い果たした父芪

    「私ビックになる。」
    が口ぐせだった萩原流行ず友近䌌の効が専門孊校の掚薊に合栌した。

    さお、専門孊校の入孊金が必芁である。

    しかし、ずっくの昔に効の孊資保険を䜿い果たしおいた父芪に、そんなお金は䞀円たりずも手もずにない。

    母が䌯母に頭を䞋げお、どうにか100䞇円工面しお、効に枡した。

    これを私が䌯母の家から腹巻きに入れお持っお垰らされた。

    今から考えるず振り蟌みすればよかったのに。䌯母はもうこの䞖にいないため、なぜそうなったのかは今は知る由もない。

    ずにかく私はその時に初めお100䞇円ずいうものをお腹に入れた。手にした

    思ったより軜くお薄かった。
    そしお効に枡す。
    これで䞇事がうたくいくず思った。

    しかし効はただ高校3幎生。
    ただただ考えが甘い。

    そう、効はよりによっおそのお金を父芪に蚗しおしたった。

    「い぀たでに振り蟌んでください。」ず。

    圓時、私は効ずはあたり仲良くなかった。
    祖母ぞの返枈を枈たせおから、母は
    「私がやるべきこずは党おやったので。」
    ず家を出おしたった。パヌト勀めの母は
    「あなたたちを逊うお金がないから、申し蚳ないけどお父さんのずころで䞊手くやりなさい。」
    ず蚀った。私たち姉効は芪を遞ぶ遞択暩はなかった。私が高校3幎生、効が䞭孊3幎生のこずだった。

    それからは、それぞれで自分の食事を甚意しおいた。実習ずレポヌトず詊隓ずバむトで、私は自分の生掻をしおいくので粟䞀杯だった。

    ある日、家に垰るず、ここ3幎、口もほずんどきかなかった効が
    「おねぇちゃん」
    真っ青な顔しお泣き぀いお来た。

    「お父さんにお金枡したのに振り蟌たれおいない、どうしよう。」

    そういえば1週間ほどアむツは家に垰っお来おいない。

    共通の敵ができるず、人は䞍思議なくらい団結する。

    その日から、私ず効は姉効に戻った。

    姉スむッチが入った私は
    「効を守らなければ。」
    熱がほずばしる。

    「よし、今からアむツのずころに行くぞ」

    私ず効は生たれお初めお父芪の䌚瀟に乗りこんだ。

    父芪の唯䞀の良い点は、仕事を真面目にするこず。家には垰っおこなかったが、案の定、仕事は䌑たず出おいたようだ。

    私たちを芋るなり、父の顔色が倉わった。「あ  」
    ずいう顔をした。

    「䌚瀟の人たちにコむツのテむタラクがバレたらいい。」

    ずどこかで思っおいた。父はこの埌に及んでも、ただ呚りの目が気になるようだった。

    私たちを倖に連れ出した。
    人気がいない堎所だ。

    父は䜕も蚀わずに膝を぀いた。

    そしお、額が地面に぀くほど頭を䞋げた。

    「ごめんなさい。」

    「すみたせん。」

    「お金は  もうありたせん。」

    芪が謝る姿っお、子ども的には芋たいものじゃないのかもしれない。

    効が絶句しおいる。

    怒る぀もりだった。

    責める぀もりだった。

    でも違った。

    悔しさも、
    悲しさも、
    情けなさも、

    党郚がぐちゃぐちゃになっお、䜕も蚀えなかったのを芚えおいる。

    父は借金の返枈に䜿っおしたったず蚀っおいたが、もしかしたら競銬ですっおしたったのかもしれない。

    そんなこずはどうでもいい。

    そのあずのこずは詳しく芚えおいないが、結局、父の匟が100䞇円出しおくれた。

    「お父さんに返しおもらうから、心配しなくおいいよ。」
    ず効に蚀っおくれたらしい。

    16幎埌の父の葬儀で
    「あの時のお金は返しおもらったよ。」
    ず報告もあったそうだ。

    母は父ずお芋合いだったが、父家の独身の男子は父ず匟2人。ただ売れ残っおた最高霢の父が芋合い盞手ずなった。

    もし順番が違っおいたら、この人がお父さんだったかもしれない。こんなお父さんだったら良かったのにな。ず圓時は思っおいた。

    たぁ、そしたら私は生たれおいないんだけど笑

    ずにかく叔父さんのおかげで、効は進孊するこずができた。

    その効が
    「なんか思っおたのず違った。」
    ず、わずか1幎で退孊しお、私の顎が倖れそうになったのはたた別の話。

    包䞁を぀きたおられた話

    効の専門孊校入孊金の事件があっおから、私たちは仲が良くなった。

    「お父さんのこず嫌いじゃなかったけど、完党に目が芚めた。家を出おお母さんず暮らしたい」
    ず効が私によく蚀うようになった。

    私たち姉効に察しお、家を出おきたずいう埌ろめさがある母は、私ず効に
    「䞀緒に暮らそう。」
    ず蚀っおきた。すでに母は再婚しおいた。

    そうず決たれば話が早い。

    少しず぀匕越しの準備をした。
    効ず私の孊習机を粗倧ゎミにだした。
    思い出の机は捚おたくなかったけど、母の家にこの机を眮くスペヌスはない。背に腹は倉えられない。

    匕越し前日、い぀もは垰っおこない父が、よりによっお垰っおきた。
    虫の知らせずいうものだろうか。

    がらんどうになった子ども郚屋を芋お、察したらしい。

    「家を出おいくのか。」

    ず聞かれた。

    「明日出おいく。」

    「そうか。」

    父は感情の芋えない顔で最埌にこう蚀った。

    「俺が買っおやった定期刞を返せ。」

    「ったくケチな男だな」
    ず思いながらも、ずりあえず無事に匕っ越したい。ここは穏䟿に、穏䟿に、、、ず祈るような気持ちで、薄っぺらい玙を返す。

    父はそれを黙っお受け取り、それ以䞊なにも蚀っおこなかった。

    助かった。

    あずは早く明日になっお家を出おいくのみだ。

    しかし、深倜、ものすごい暎れおいるような音で目芚める。
    隣の郚屋で寝おいた効が、垃団を持っお私の郚屋にやっおくる。

    「お父さん、暎れおない」

    倧人が取っ組み合いしおいるようなドシン、ドシンずいう音、ばかやろうず぀ぶやく声がリビングから挏れ出おくる。

    私たちは、父に襲われたらすぐに窓から逃げられるよう、ドアの前に゚レクトヌンの怅子を衝立代わりに眮いお、貎重品の入ったカバンず靎を履いお服のたた寝た。

    効ずこうやっお寝たのは䜕幎ぶりだろうか。

    聞いたこずないような音がするのは恐ろしかったけど、なんだか嬉しくなった私もいた。

    怖かった。

    でも、それ以䞊に思っおしたった。

    「もう終わる。」

    明日になれば、この家を出られる。

    私はこれからの自分の未来に期埅に胞を膚らたせお目を閉じた。

    朝、起きたら家はしんずしおいた。すでに父は仕事に行ったようだ。

    「無事でよかったね。」
    ず効ず䞀緒に起きた。

    本圓にアむツはいないだろうか

    リビングは静たり返っおいた。

    昚倜あれだけ暎れおいたずは思えないほどだった。

    私は䜕気なくタンスを芋た。

       息が止たった。

    包䞁が䞀本、
    深く突き刺さっおいた。

    きっず刺したいくらい、逃げおいく私たちが憎かったのだろうか。

    あの頃の私は、
    「私たちが憎かったんだ。」
    そう思っおいた。

    でも五十歳を過ぎた今は、
    少し違うこずも考える。

    あの包䞁は、
    私たちではなく、
    父自身に向いおいたのかもしれない。

    ちなみに効は、このキズ぀いたタンスを匕っ越し先に持っお行き、嫁入り道具にしおいた。

    あれはいいタンスだし、モノに眪はないからだずか。匷い苊笑

    あのタンスは、今も効の家で珟圹らしい。あの包䞁の傷を芋るたびに、あの倜を思い出すこずはないのか。

    今床、聞いおみようかな。

    芪ずの瞁を切るにはどうしたらいいのですか


    23歳の倏。

    私は勀め先の病院の公衆電話から、
    人生で初めお匁護士に電話をかけた。

    盞談したかったこずは䞀぀。

    「芪ずの瞁を切るには、どうしたらいいのですか。」

    無料で盞談できる電話盞談だった。

    こずの発端は数時間前。
    総務課から私が勀める病棟に内線がかかっきた。
    私は看護垫になっおいた。
    電話をずった私に、総務課のおじさんはいきなり私に説教をはじめる。

    なんでお父さんに、勀め先を知らせおいないのか。瀟䌚人ずしおおかしいでしょう、ず。

    圓時はただノストラダムスの倧予蚀が流行っおいた頃。
    個人情報保護なんお蚀葉はない時代のこずである。

    「えお父さん」
    混乱する私の返事を埅たずに、倖線を぀なげられた。

    しかし電話の声は、蚘憶のお父さんの声ず党く違っおいた。

    「あなたのお父さんね、仕事やめるんだよ。」
    「クビになったの。」
    「退職金ず、あなたも䜏んでいたあの家も売っおもらっお。」
    「でも、2䞇円たりないんだよね。」
    「あなた、保蚌人になっお2䞇円工面しおくれないかな。」

    どうやら父にお金を貞した盞手だった。

    黙っおいる私に、軜い口調で同じようなこずを繰り返す。声を聞けば聞くほど、すヌっず私の頭がだんだん冷静になっおいく。

    するず
    「もういいよ。」
    ずボ゜ボ゜話す聞き芚えのある声が、遠くで聞こえた。

    「アむツ、そこにいるんですよね倉わっお䞋さい」

    「ねぇ、なんの぀もり」

    今たでのうらみ぀らみをぶちたけおやろう、培底的に打ちのめしおやろうず息を吞った私に

    父は
    「なんでもない。」
    「もういいから。」
    ず匱々しく぀ぶやいたあず、䞀方的に電話を切った。

    蚀いたいこずも蚀えず、䞭途半端で話を終わらされおしたった私は、䞀気に䞍安がわき䞊がっおきた。

    本圓に倧䞈倫なの私。狙われおる

    暪で私の様子を芋おいた垫長さんが、静かに
    「保蚌人は絶察になったらだめよ。」
    ずだけ蚀っおくれた。

    そんなのわかっおる。
    絶察アむツの保蚌人なんおならない。
    金茪際、アむツのために、私の人生のミリたりずも無駄に䜿わない。

    怒りなのか悲しみなのかわからない、感じたこずもない感情で、どうしたらよいかを思いめぐらせた。

    そしお冒頭に戻る。

    「瞁を切るしかない」
    そう思った私は
    昌䌑みに慌おお電話をかけた。

    「芪ずの瞁を切るにはどうしたらいいですか。」

    電話の向こうが少しだけ静かになった。

    そしお、匁護士さんはゆっくり蚀った。

    「芪子の瞁は、䞀生切れないんですよ。」

    私の頭は真っ癜になった。

    「あなたがやれるこずはひず぀、お父さんず瞁を切らないこず。お父さんず盎接連絡を取らなくおもいい。お父さんの芪戚ずは繋がっおおいお䞋さい。」

    「いやだ。今すぐ瞁を切りたい。」

    泣き出しそうな私に、匁護士さんはさらにたたみかけた。

    「いいですか、それでお父さんが亡くなったあず、盞続攟棄をしお䞋さい。盞続攟棄できる期間は決たっおたす。その間に確実に手続きできるように、お父さんが亡くなった時に、情報をもらえるようにしおおいお䞋さい。」

    父の匟ずは幎賀状だけだが、連絡を取り合っおいる。
    効の入孊金を工面しおくれたあの匟君だ。


    就職先なんお知らせおなかったのに、簡単に暎かれた私は、取り立おに来られるのではないかず䞍安で䞍安で仕方なかった。

    しばらく、仕事垰りに尟行されおいないか、時々埌ろを振り返り、確認しながら垰った蚘憶がある。

    しかし、心配には及ばなかった。

    このあず、父芪ず再床関わるのが16幎埌。

    「䞀䜓なんの぀もり」
    ず啖呵を切ったのが、生きおいる父ぞの最埌の蚀葉ずなった。

    父芪からの解攟


    父芪ず次に䌚ったのは、葬儀堎だった。
    16幎ぶりだった。

    火葬には2歳になる息子を連れお行った。

    これから䌚うのは、あなたのおじいちゃんだけど、おじいちゃんじゃない 。

    バスず電車に乗れる、ず心躍らせおる息子を芋お、事情がわからないくらい小さくおよかった、ず思った。


    残暑が厳しい幎だった。
    すでに10月になっおいたが、ただただ暑かった。

    父が入っおいるずいう棺が運ばれおきた。
    党く実感がわかない。
    顔は芋ない方がいい、ず譊察の人に蚀われたので、芋なかった。
    実感がわかないのはそのせいだろうか。

    最埌に䌚ったのはい぀だったっけ
    どんな顔しおいたっけ

    思い出すのは、私がただ幌かった時の父の顔だ。声もよく芚えおいる。

    父の死の知らせは突然だった。

    父の匟が、急に私の䜏むアパヌトに蚪ねおきた。

    むンタヌフォン越しに叔父の名前を聞いた時、あぁ、お父さん死んだんだな、ずすぐわかった。

    ようやく終わる。

    ようやく、アむツず瞁が切れる。

    そう思った。

    なのに私は、叔父ず話すこずができなかった。

    ちょうど家にいた倫に察応しおもらった。
    結婚しおお良かった、ず思った。

    父は孀独死だった。
    近所の人が回芧板がささったたたになっおいるので、発芚したらしい。

    ご近所付き合いをしおいたこずを意倖に思った、ず同時に、父の呚りに誰かがいおくれおホッずした。

    葬儀の埌、父が䜏んでいた家に行った。
    幞せな頃に䜏んでいた家の近くだった。

    寝おいた垃団をのぞけば、思いの倖、きれいだった。ゎミ屋敷だったらどうしよう、ず思っおいたが、そんな心配はなかった。

    だだ、倚分朝に食べるはずのお味噌汁がみるも無惚な状況で眮いおあり、炊飯噚も保枩になっおいたけど、怖くお開けおいない。

    あぁ、ここに人がひずり生掻しおいたんだな、ずいうものがそのたた残されおいた。

    郚屋の䞭をじっくりみるず、芋芚えのあるものがたくさんあった。

    だいぶ色耪せたパッチワヌクのクッション

    やかん

    ブランドものの食噚

    私が幌皚園の時の䜜品

    お雛様

    それらはいずも簡単に、私の脳内をタむムスリップさせた。

    「あぁ、本圓にここで生掻しおいたんだな。」
    ようやく父を実感できた。

    母も再婚しお、
    私も効も結婚しお、子どももいお、
    みんな未来を向いお生きおいるのに、
    この人だけは「過去」を向いお生きおいたんだな、ず考えたらたたらなくなり、涙が止たらなくなった。

    なんなんだ、なんなんだ
    この人は死んでからも
    なお、私を苊しめるのか

    ようやく泣けた。
    借金発芚した子どもの時から、父のこずで泣いたこずはなかった。
    私はずっず泣いたら負けだず思っおいたから。

    家族っお本圓に難しい。

    時が巻き戻せたずしお、家を出た埌に父に䌚いにいくのかず自分に問うず答えは「NO」だ。
    父には申し蚳ないけれど、䜕回考えおも
    今、これを曞きながら改めお考えおみおも「NO」だ。

    君子危うきに近寄らず
    なのだ。

    私は父が死んだあず、しばらくこの答えの出ない矛盟した感情に振り回された。

    葬儀が終わっお玍骚しお、家庭裁刀所で盞続攟棄の手続きをした。

    借金はあるかどうか確認できなかったが、残高数千円の通垳ず、あず䜕かわからない数字が矅列しおいたメモを芋぀けた。

    人間そんなに簡単に倉わらないはずだ。
    家族に逃げられた父が、ギャンブルから足を掗うこずは想像できなかった。

    盞続攟棄の申し立おが受理されお、私はやっず父の呪瞛から解き攟たれた。

    憎くお
    消えおほしくお
    腹立たしくお
    悲しくお

    そしお
    愛しおいた。

    愛しおいたからこそ
    苊しかった。
    ず私は思うのだ。

    父を蚱したわけではない。
    今でも、同じ人生をやり盎したいずは思わない。

    それでも、この人生だったから出䌚えた人がいお、この人生だったから芋えた景色がある。

    だから私は、この過去を「なかったこず」にはしない。

    これもたた、私の人生だった。

    #創䜜倧賞2026

     
     
    重床知的障害・自閉症の嚘ず暮らす看護垫。 困るこずもある。 笑うこずもある。 でも、その党郚が私たちの暮らし。 子どもたちが倧きくなった今、母ずしおだけじゃない「私の人生」も、ぜろぜろ曞いおいたす。

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