なぜ、正しいことを知っていても、できないのか?
夜の十一時。「明日こそ六時に起きよう」と決めて、アラームをセットします。
布団に入ったところでスマホを開く。ニュースを一つ、動画を一つ。氣づけば日付が変わっています。
翌朝、アラームが鳴る。止める。あと五分のつもりが、目が覚めたのは七時半でした。
寝る前のスマホが眠りを浅くすることは、知っています。
早く寝たほうがいいことも、わかっています。
知識は足りているのです。それでも、できない。
こういうとき、つい「自分は意志が弱いのだ」と考えてしまいませんか。
でも今日は、その結論に行く前に、少しだけ立ち止まってみたいのです。
「わかっている」と「できる」は、別の場所にある
日中の激務を乗り越えた後、アフター5に「運動したほうがいい」と考えるのは、頭の中の話です。
一方、実際に動くのは、夜に疲れた身体のほうです。
さらに、手の届くところにあるふかふかのソファ、その日の氣分、時計の針。
さまざまなものが、行動に影響します。
「知っている」と「動く」は、別の部屋にあって、長い廊下でつながっているようなものです。
廊下が長いほど、途中で誰かに声をかけられて、寄り道しやすくなります。
2,400年前にも、同じ問いがあった
古代ギリシャのアリストテレスも、「よいことを知っているのに、なぜそれをしないのか」という問いを考えていたと言われています。
ただ、その解釈は研究者のあいだでも分かれていて、私が断定できることではありません。
それでも、2,400年前の人が同じところでつまずいていた、という事実は残ります。
この問いは、「今の私の怠け」だけの話ではなさそうです。
行動を決めるのは、意志だけではない
朝起きられない人の部屋を、想像してみてください。
スマホは枕元、カーテンは閉まっていて、部屋は暗い。
この配置は、「もう少し寝る」を選びやすくします。
反対に、スマホが部屋の反対側にあって、カーテンが少し開いていたら、起きる方向へ少し傾きます。
同じ人でも、置かれた場所、決まった時間、その日の疲れ具合で、できることは変わります。
意志は、その場の条件に、思ったより左右されているのかもしれません。
問いを、一つだけ変えてみる
「なぜ私は、できないのか」は、自分を責める問いになりやすいです。
一方で、
「何があれば、動きやすくなるのか」は、行動しやすい条件を探す問いです。
同じ出来事でも、問い方が変わると、見えるものが変わります。
今日の小さな実験
一つだけ、環境を変えてみましょう。
たとえば、寝る前のスマホの充電場所を、布団から手が届かない場所に移す。
五分でできます。
明日の朝、何が変わったか、あるいは変わらなかったかを、そのまま観察してみてください。
変わらなくても、失敗ではありません。
それも一つのデータです。
読者のみなさんへの問い
あなたにとって「わかっているのに、できない」ことは、何でしょう。
そしてそれは、どんな場所、どんな時間、どんな道具のそばで起きているでしょうか。
🎃
おまけ
ハロウィン連結トレインに乗ってきました。
ここからは、ちょっと寄り道です。
LaLaLaさん主催の企画、 #ハロウィン連結トレイン に参加します。

遊園地の乗り物では、必ずこう言われますよね。
「乗り物の外に、手を出さないでください」。
もちろん知っています。
頭では、完璧にわかっています。
でも、線路のわきにギャラリーがずらりと並んで、こちらに手を振ってくれている。
ランタンが光って、観覧車が回って、満月まで出ている。
氣づいたら、身を乗り出して、大きく手を振り返していました。
……。今日の記事の、これ以上ない実例です。
頭では「危ない」とわかっていても、目の前の楽しさに心が動くことがあります。
そして、その場にいる人たちも影響します。
誰かが手を振る。
すると、こちらも手を振りたくなる。
後ろの車両では、ワンワンもニャンニャンもピョンピョンも楽しそうに手を振っています。
一人の行動が、次の人の行動を誘う。
一緒にいる仲間も、環境の一部なのかもしれません。
本物の遊園地では、ちゃんと座って、手は車内に入れておきましょう。
今回は、画像の中だけで楽しみます。
〜 開運シェルパ / 運命デザインラボ 〜
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